第百三十二話 亜人の痕
テレジアを人間に戻す方法がある。それが容易な方法なら、亜人であるというライカートンさんの奥さんも、長い間探索者として活動を続ける必要はないはずだ。
しかしどれだけ困難でも、方法を知る前から諦めることはない。テレジアを見やると、彼女もこちらを見返す――その感情の浮かばないマスクから覗く顔を見て、決意はさらに強さを増す。
「……こんな答えは、クーゼルカさんの意図に沿わないかもしれませんが。俺は、テレジアの声を聞きたいんです」
クーゼルカさんの表情は動かない。この感情の起伏の少なさに、既視感を覚える。
しかし今はそれよりも、俺の考えを伝えることだ。テレジアを人間に戻したい、その気持ちが決して揺らぐことはないことを。
「初めて彼女が傭兵としてパーティに入ってくれて、話すことができないと知ったときは、亜人とはそういうものなのかと思いました。でも、彼女たちは人間です。心がないと言われていますが、ちゃんと残っていることを俺たちは知っています」
「…………」
テレジアが俺の横に立つ。後ろに控えているのではなく、俺を守ろうとしてくれているようだった。
その姿を見たクーゼルカさんが視線を落とす。何を思っているのか――俺には、その表情から読み取ることはできない。
「……大神殿は、元は迷宮国の王家とともに、国の統治を担う組織でした。王家が衰退した今も、大神殿の最高司祭はその権力を削がれたとはいえ、ギルドと対等の権勢を維持しています」
「そう……なんですか。俺は、そういった政情というのか、そういう話には疎くて。すみません、自分が来た国のことくらい勉強すべきだと思うんですが」
こういうときこそ奇数の区にあるという資料館を利用するべきなのだろうが、探索者として絶えず活動していると足を運ぶのは難しい。
「いえ、この辺りの区の探索者たちは、ほとんどそういった話を聞くことはないでしょう。大神殿の存在すら知らない人も多いと思います……医療所で治療できないほどの重傷を負ってしまったときに、大神殿から治癒師が派遣されることがありますので、それで知ることもあるかもしれませんが」
「……亜人を人間に戻すのは、治癒師の力では無理なんでしょうか」
「迷宮の魔物が時間を経て再び出現する原理については、私達もまだ解明していません。しかし、人間の命が失われた場合も、迷宮は魔物を再度出現させる場合と同じような現象を起こすのではないかと言われています。亜人は、人間が迷宮によって再生された姿……つまり、『治癒』はなされているのです」
――魔物は言葉を話さない。亜人は、魔物と同じ原理で蘇生した存在。
それでも、魔物とは違う。魔物と同じならば、探索者に敵意を示すはずだ。テレジアも、タクマも、街で見かける傭兵として雇われた亜人も、みんな指示を聞いている。
「そして……大神殿の課す『分離儀礼』を終えても、亜人には亜人であったという証が残り続けます。かつて、私がそうであったように」
「っ……!」
クーゼルカさんの言葉を理解するのが一瞬遅れる。その間に、彼女は席を立つ。
「な、何を……」
「……お目汚しにはなりますが。これが、私が亜人であった証です」
止めなければならない――そう思っても、彼女が自分の意志でしていることを、今から止めることは難しかった。
俺に背中を向けたままで軍服をはだけると、クーゼルカさんは俺に背中を見せる。それほど強くない明かりの下でも輝いて見えるほどの白い肌に、刺青のように狼のような魔物の紋様が描かれていた。
「……クーゼルカさんも……亜人から、人間に戻ることができた一人……」
「……私が人間に戻るためには、多くの犠牲を必要としました。アトベ殿、あなた方がそれほどの危険を冒すことを、テレジア殿は望んでいるでしょうか」
「それは……」
どんな危険を冒しても決意が変わらないというのは、仲間たちの意見を聞かずに言うべきことじゃない。例えどれだけ、皆が俺と同じ思いを共有してくれると思っていても。
「大神殿に行き、テレジア殿を人間に戻す方法が見つかったとして。それがとても危険な方法であったとき、あなたは諦めるという選択をすることができますか? 現状のパーティでも、テレジア殿と探索を行うことはできています。それでも……」
「……クーゼルカさんが、思うところがあって警告してくれているのは分かります。その背中にある紋様が、亜人から人間になった人の身体に残るものだというのも、本当のことを言ってくれてるんだと思います……それでも、あなたのようにテレジアが話せるようになるだけでも、俺は十分に報われる。逆に、希望をもらうことができました」
「……私のように、というのは買いかぶりです」
クーゼルカさんはそう言って、軍服を元通りに着直す。そして振り返ると、やはり表情は変わらないままだった。
「私は……人間に戻った者の務めを、まだ果たしきれてはいません。こうして、貴方にギルドセイバーとして言うべきではないことも口にしている。貴方の功績は目覚ましいもの……それをこれからも奨励するため、ここに来ていただいたというのに」
「人間に戻った者の務め……それが何を指すか、俺にはわからないですが。パーティの誰かが果たさなければならない目的があるなら、俺はそれを達成する方法を考えます。エリーティアのことも、テレジアのことも、同じように大事な目的です。それに付随して探索者として功績を認められているのは、思ってもみない光栄なことです」
彼女が忠告してきたときは、俺たちの目的をギルドセイバーが快く思っていないということも考えた。しかし、そうではないと話しているうちに分かってきた。
テレジアを人間に戻すには、大神殿に辿り着けばいいだけではない。俺の想像を超えるような、苛烈な試練が待っている――『多くの犠牲を必要とした』というクーゼルカさんの言葉は、俺を思いとどまらせるための嘘とは思えなかった。
「探索者として功績を上げること……それは、貴方がたにとっては、目的を達するために必要な過程なのですね……」
「は、はい。迷宮国に来た時のことを考えると、探索者としての活動が第一であるべきなのかもしれませんが」
「……あの方が、アトベ殿を特別視する理由が、少し分かったような気がします。あなたの視点は、他の多くの探索者とは異なっている。転生前にどのような経験をすれば、あなたのような精神性が身につくのでしょう」
「俺はしがないサラリーマンですよ。ただ、仕事に関しては任せられたことは全部やるという気持ちはありました。今は自分でやりたいと思うことをやっています」
『あの方』が誰なのか分からないが、それもまだ教えてはもらえないことだろう。そしてサラリーマンなんて言っても、クーゼルカさんに通じるのかは微妙なところだったが――。
彼女が、かすかに笑った。その表情がほころぶことがあるのかと、俺は目を見張らずにはいられなかった。
「自分のことをしがないと言う人が、迷宮国の新星と呼ばれるようなことをするのですから、わからないものですね」
「新星……何度か言われたことがありますが、それは冗談程度だと受け取っていました。まさか、ギルドセイバーの上層部まで……」
「いえ、一部の方しかそういった言葉は用いていません。どなたかがということは、あの方がここで伝えることを望まれないでしょう」
これまで出会った何人かが、俺たちのことを『新星』と表現していた。その中で、ギルドセイバーと関わりを持っている可能性があるのは――俺たちを迷宮国に案内した、ユカリがまず考えられる。
「……少し言葉が過ぎたようです。私が背中の『魔痕』を見せたことは、どうか口外せずにおいていただけますか」
「はい、それは勿論……覚悟をして見せてくれたものだと思いますから」
簡単に口外することはない。それは当然のことだ――そう思ったのだが。
「……朴訥な人物という印象は、訂正する必要があるでしょうか」
「っ……す、すみません、見せてくれたという言い方も変でしたね……しかしどう言えばいいのか……」
クーゼルカさんの頬が少し赤くなっている。ちょっとやそっとでは動じることがないように思っていたが、それもまた俺の思い込みだったようだ。
「私の『魔痕』に、見せてくれたと言うほどの価値はないと思います。アトベ殿、テレジア殿を人間に戻せたとき、彼女の背中にも現れるかもしれないのですよ」
やはり、そうだった――クーゼルカさんは俺たちのしようとしていることを愚行だと言うつもりはなかった。
難しいことだというのは良く分かった。それでも俺は、必ずテレジアを人間に戻す。
「エリーティア殿のご友人についても、私の方で情報を集めておきます。私は『奨励探索者』としてのあなた方の管理官のようなものです。私から連絡することもありますが、セラフィナ中尉を介しても情報交換ができればと思っています」
「……『中尉』は、『二等竜尉』ではないんですよね。少し特殊な階級の付け方だと思うんですが」
「通常のギルドセイバー隊員は、『大尉』までしか昇格することができません。『竜』の意味については答えられませんが、特殊な義務を持っているとお考えください。セラフィナ中尉が『竜階級』に変わる際は、私と同じ三等竜尉からとなるでしょう」
「なるほど……セラフィナさんはあの若さで、かなり高い階級にあるんですね」
「彼女はリーダーの資質があるため、昇進も早かったようです。その彼女がアトベ殿の指揮下に入るということは、個人的には驚くべきことと思っています」
レベル11のセラフィナさんの大盾は、本来七番区では得られない防御力を備えている。俺たちからしても改めて僥倖と思うべきことだ。
「それでは、私からの話は、今のところは以上となります。ギルド職員の方にもよろしくお伝えください」
「色々教えてくださって、ありがとうございます。改めて気が引き締まりました」
「……私もです。あなた方が六番区に上がられてからも、変わらぬご活躍を期待します。それとも、もう少し七番区ですることがあるでしょうか」
「どうするか、仲間と相談して決めたいと思います。では、失礼します」
俺は席を立って部屋を辞する。扉を閉める前に頭を下げると、クーゼルカさんもこちらに向けてお辞儀をしている姿が見えた。
◆◇◆
そのまま俺はルイーザさんに面談を申し込み、前にも使った『緑の館』一階奥の部屋で待った。
「テレジア、亜人から人間に戻れた人がいた。ただの噂なんかじゃなかったんだ」
「…………」
クーゼルカさんの存在は俺たちにとって希望にもなったが、同時に彼女から警告も受けた。
彼女が人間に戻るために犠牲が出た――その意味は重く、楽観視はできない。
「俺たちは全員が無事で、テレジアを元に戻す。エリーティアの仲間も助けてみせる。それを誰にも甘い考えとは言わせない」
テレジアは俺に歩み寄ると、すっと手を伸ばしてくる――そして、俺の胸に触れた。
落ち着かせるように撫でると、テレジアは何も言わずに俺を見上げる。
「……すまない。テレジアに言うことで、自分を安心させてるみたいだな……」
テレジアはいったん手を引く。そして今度は、俺の頭に手を伸ばそうとする――少し身を屈めると、テレジアは背伸びをして俺の頭を撫でた。
「…………」
――やはり、亜人に心が無いわけじゃない。俺の技能でだけ信頼度が上げられるというだけじゃなくて、タクマにも姉のシオリさんが感じ取れる意思があった。
そのとき扉がノックされて、テレジアが手を引っ込める。部屋に入ってきたルイーザさんは、俺たちの姿を見るなり微笑んだ。
「アトベ様……お話は伺いました。ロランドさんの救助に、見事に成功されたと」
「はい、かなり手強い魔物でしたが、全員で力を合わせました。支援者の人たちも助けに来てくれたので、最後にはかなりの大人数になりましたが」
「まあ……そうでしたか。私も戦う力があれば駆けつけたかったのですが。ギルド職員がそんなことを言ってはいけないでしょうか……」
「気持ちだけでも嬉しいですよ。レベル6以上の魔物となると、かなり危険ですから」
ルイーザさんは俺と同じ後方支援向きの職業だと思うので、戦闘中に使える技能は限られてくるだろう。レベルを上げることができるのなら、ルイーザさんの職業が持つ可能性に興味はあるが――と、技能のことを考えるとそういう方向に行きがちなので抑制したい。
「その危険な魔物と、皆さんは一緒に戦っているんですから……一緒に区を上がっていくのなら、私も技能で何かの貢献ができればと思っています」
「マドカの新しい技能が習得できないままというのも懸案事項ですから、マドカのレベルを上げるときに、ルイーザさんも同行してみるとか……もちろん安全は確保します」
「ギルドが指定する『修練迷宮』というものがあるので、そこを利用するという方法はあります。ギルドセイバーや守備隊のレベル維持に使われているものなので、職員の私以外は、特殊な称号がないと入れないのですが」
称号といえば、先ほどクーゼルカさんにもらったものがある。それで修練迷宮というものを利用できたりしないだろうか。
「ルイーザさん、先ほどギルドの地下で、クーゼルカ三等竜尉と話したんですが……そのとき、こんな称号をもらったんです」
ライセンスの称号画面を呼び出し、テーブルに置いてルイーザさんに見せる。いつもの片眼鏡を使ってじっと観察したルイーザさんは、ぱちぱちと瞬きをしていた。
「『奨励探索者』……す、すみません、マニュアルで昔見たきりなので、私も詳しく存じていないのですが。この称号はギルドセイバーの承認を受けた、特別なパーティに与えられるものです。修練迷宮についても使用権限が与えられるはずです」
「ああ、それは良かった。まだ少し先になるかもしれませんが、戦闘に参加できないメンバーのレベルを上げるとき、ルイーザさんもぜひ参加してもらえますか」
「っ……は、はい。皆さんがよろしければ……でも、いいのかしら。私、迷宮に入る時が来るなんて、もう生涯ないかもしれないと思っていたのに……あっ、そうだわ。アトベ様、この称号があれば、ギルドの保養地を使うことも可能ですよ。特例が多いので、他の探索者の方にはあまり口外されないようにお願いしますね」
ルイーザさんが唇に人差し指を当てて言う。何ともチャーミングというか、喜んでくれているのが分かる仕草だ。
「では、貢献度の計算をさせていただきますね」
「はい、お願いします」
◆今回の探索による成果◆
・『メリッサ』のレベルが6になった 60ポイント
・『サンドシザーズ』を16体討伐した 960ポイント
・『オーシャンマンティス』を2体討伐した 120ポイント
・『アラクネフィリア』を3体撤退させた 30ポイント
・『ロランド』の『魂牢石』を奪還した 300ポイント
・賞金首『★無慈悲なる断頭台』を1体討伐した 3200ポイント
・『★無慈悲なる葬送者』を1体討伐した 3600ポイント
・サブパーティが『オーシャンマンティス』を1体討伐した 30ポイント
・パーティメンバーの信頼度が上がった 60ポイント
・サブパーティの信頼度が上がった 25ポイント
・合計9人で合同探索を行った 45ポイント
・『セレス』のパーティと共闘した 10ポイント
・『白い宝箱』を1つ持ち帰った 100ポイント
探索者貢献度 ・・・ 8540ポイント
七番区貢献度ランキング 1
立て続けに出現した名前つきは、やはり貢献度の値も相当なものだった。
「おめでとうございます、アトベ様。七番区の序列一位、そして七番区での『名前つき』累計4体討伐もまた最高記録となります」
序列一位だった『同盟』が一時撤退したことで、俺たちが一位になることができた。
一位を取ること自体は六番区への昇格条件に含まれないようだが、『七番区の名前つきを三体討伐する』『一ヶ月でリーダーの貢献度が二万ポイントに達する』の条件を満たすことで、だいたいの場合は一位にもなるということだ。
『無慈悲なる断頭台』にだけ賞金がついているのは、出現と同時に迷宮への立ち入りが禁じられるほどの被害を出したことが理由だった。金貨千六百枚の賞金が出たので、銀行へと送金してもらう。
「現時点で、アトベ様は七番区に入ってからの貢献度が18000弱となっています。この数値に、さらに特別貢献度を加算させていただきます」
「特別貢献度……ロランドさんを救助したことに対して、別途貢献度がつくってことでしょうか?」
「はい、『自由を目指す同盟』から依頼を受けて、それを達成されていますね。依頼の内容によりますが、ギルドでは他者のために貢献することもまた『貢献度』として換算します。八番区においてのスタンピード鎮圧についても、特別功績に含まれます。算定が遅くなり申し訳ありません」
スタンピードを鎮圧したことの貢献度は千ポイントと算定されていたが、迷宮の外での活動については別途計算されるというような話があった。
「街に魔物が出るケースはスタンピード以外では起きてはならないことで、自主的に鎮圧に参加していただいた探索者の方には、いずれの区においても等価値の貢献度が付与されます。アトベ様の近頃上げられた成果を含めて算出しますと……」
◆パーティの偉業評価◆
・八番区の市街防衛に協力した 1000ポイント
・『グレイ』の捕縛に協力した 500ポイント
・『★無慈悲なる断頭台』の討伐依頼を遂行した 3500ポイント
特別貢献度 5000
名誉値 +5
偉業という表現は仰々しい気もするが、それ以上に――並んでいる数値を見て驚かずにはいられない。
「ロランドさんの『魂牢石』を取り返したことでも三百ポイントと評価してもらいましたが、依頼達成の特別貢献度はその十倍以上……?」
「はい。『自由を目指す同盟』は、『名前つき』の討伐に失敗してしまったとき、二千ポイントの貢献度をペナルティとして失っています。大変重い負担となりますが、『名前つき』はいずれ誰かが倒さなければスタンピードの原因になるため、発見した探索者が討伐するのが原則なのです。アトベ様はダニエラさんから依頼を受けたため、『代行補償』が適用され、二千ポイントに加えて、ロランドさんの救助に対する別途の評価が千五百ポイントとなり、合計がこの値となります」
ロランドさんは自分を助けたことがどれくらい評価されるかわからないと言っていたが、ギルドは想像した以上に、探索者同士の協力を推奨しているし、探索者の命についても価値あるものと考えていた。
次々と転生者が迷宮国に送り込まれてくるのは、探索で命を落とした人たちの代わりを用意するため――そんなブラックな考えが少しだけあったが、今回のことである程度打ち消される。
「全ての探索者を救いたいというのは、ギルドでも成し得ない理想です。だからこそ、私達はアトベ様がたの行為に、心より敬意を抱いています」
「あ、ありがとうございます、ルイーザさん。この特別貢献度を加算して、俺たちは六番区に上がる条件を満たしたと考えても……?」
「はい。これらの貢献度は、大きな問題を起こさない限り取り消されず、上の区でも同じ数値として加算されます。基礎の数値が五千から始まるので、貢献度三万が昇格に必要な場合、二万五千で済むことになります」
つまり『偉業』を果たした数が多いパーティは、それだけ昇格にも有利ということだ。
探索で貢献度を稼ぐ以外にも、できることがあればやっていくというのが、結果的には昇格の近道になることもあるのだろう。
「アトベ様の貢献度は2万を大きく超えています。おめでとうございます、いつでも六番区に上がることができますよ」
ルイーザさんは微笑んで言う――日数にしては短いが、密度の高い時間を過ごしたからか、ようやくという感覚もある。達成感が遅れてこみ上げてきて、俺はルイーザさんと笑い合った。
しかし『無慈悲なる葬送者』が出現し、その力を目の当たりにしたとき、俺はより自分たちを強化してから進まなければ、どこかで足元を掬われそうだと思っていた。
「みんなとは、休日を設けると約束をしています。すぐに進みたいという思いはありますが、パーティの強化できる点を検討して、準備を万全にしてから行きたいと思います」
「かしこまりました……実は、お休みを取られるということでしたので、私もギルドに有給の申請を出しています。アトベ様の専属ということで一般の業務も少なく、受理していただけました」
「それは良かった……ルイーザさんも、一度ゆっくり羽根を伸ばしてください」
「……アトベ様も一緒にお休みを取るようにしていただけると、きっと皆さんも……わ、私も、安心できるのですが……」
転生してもなお、働きすぎを心配される――ルイーザさんは顔を赤らめて遠慮しつつも、俺のことを気遣ってくれた。その気持ちには応えたい、だが。
「どうも、休みの日にも休むというより、街でできる用事を済ませることに時間を使う癖がついてるみたいで……切り替えができないのは良くないとは思っているんですが」
「アトベ様は探索に対して、本当に真摯でいらっしゃいますからね……あっ……そうです、先ほど申し上げたギルドの保養地ですが、そちらを利用するというのはどうでしょう?」
思いがけない提案――入手した素材の確認などを終えたあと、保養地で休養を取る。そのほうが、パーティの皆も喜ぶかもしれない。
テレジアを見やると、保養地というものがどんなものか想像がついていないのか、愛嬌のあるトカゲのマスクを少し傾けていた。