第百二十八話 総力戦
『サンドシザーズ』の一体一体もまた、レベル6――『アラクネメイジ』と同じレベルだ。それを十六体も出現させる理不尽を眼にしても、俺は動揺はしなかった。
まだ、打つ手は残っている。俺たちはまだ全ての攻撃手段を使ったわけではない。
「――メリッサ、シオン、よくやってくれた! 包囲を抜けて距離を取るんだ!」
「……私は、まだ……っ」
「ワォンッ……!」
メリッサはまだ、即死攻撃を狙おうとしている――しかしもう一度狙われたとき、エリーティアが何度も止められるわけではない。それを、シオンの方が良く分かっていた。
『葬送者』はエリーティアを脅威と見なしながら、殺気を全方位に向けている。空中にいるデミハーピィたちが怯えてこれ以上の接近はできそうにないが、いざというときの腹は括っている。
――そして、エリーティアと『葬送者』が切り結ぶ前に。
「士気解放、『ソウルブリンク』!」
「……っ!」
◆現在の状況◆
・『キョウカ』が『ソウルブリンク』を発動 → パーティ全員に『戦霊』が付加
・『テレジア』が『トリプルスティール』を発動 →パーティ全員に『三奪』効果が付加
デミハーピィまでは戦霊が付加されないが、メンバー数の都合で第二パーティに入っているシオンを除き、五十嵐さんとテレジアの技能で強化される。
――それは、『レッドアイ』で飛躍的に能力を増したエリーティアが、二人分の攻撃力を持つということでもあった。
「――はぁぁぁっ!」
エリーティアが戦いの口火を切る。金の髪を持つ剣士の、二つの残影が魔人に肉薄する――。
「俺たちも行くぞ……スズナ、『角笛』を頼む! ミサキはまだいけるか!?」
「な、なんとかなりそうですけどっ……足止めくらいならっ……!」
ミサキが答える間に、スズナが角笛を取り出す。大きな角から切り出された笛は、フルートのような横笛の形状をしていた――二人の巫女が、同時に笛を構える。
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容『ダークネスバレット』
・『エリーティア』と戦霊が『ブロッサムブレード』を発動
・『無慈悲なる葬送者』が『ブロッキング』を発動
初手から最大の技を繰り出す――『ベルセルク』で16段に達していた斬撃は、その限界値を超えている。しかし信じ難いことに、敵は両腕に備えた刃でエリーティアの猛攻を正面から受け止める。
「――削れろ……っ!」
猛烈な切り合いのさなか、スズナの笛が光を放つ――動き始めた『サンドシザーズ』たちは、彼女の笛の音が始まった途端に静止する。
そして俺は、すでに魔法銃の引き金を引いていた――スズナによる『音の攻撃』を、もう一つの弾丸で支援するために。
◆現在の状況◆
・『スズナ』が『言霊』を発動 →『スズナ』の武器に神聖属性を付加
・『スズナ』と戦霊が『★牧神の角笛』による範囲攻撃 →『サンドシザーズ』10体に命中 『★無慈悲なる葬送者』が無効化
・『支援攻撃2』が発動 →『サンドシザーズ』10体に命中
・戦霊の追加攻撃に対して『支援攻撃2』が発動 →『サンドシザーズ』10体に命中
・『サンドシザーズ』を10体討伐
・『アリヒト』『スズナ』の体力、魔力が回復 8体からドロップ奪取成功
神聖属性を付加した音波が『サンドシザーズ』に打撃を与えて足止めし、さらに『闇弾石』の弾丸による黒い雷が追い打ちをかける――『支援攻撃2』は戦霊がいても二倍攻撃とはいかないが、『スズナの戦霊』には支援が適用され、黒い雷は二度に渡って『サンドシザーズ』たちに浴びせられた。
「す、すごっ……すごすぎませんか、そのコンビネーションッ……!?」
俺もここまで上手く行くとは思わなかった――『無慈悲なる葬送者』には音に対する耐性があって通らなかったが、十体の蟹たちが砂に戻り、何体かは魔石らしきものを残した。
そして、地上にいる五十嵐さんたちも、自分たちを狙ってくる『サンドシザーズ』に反撃し、戦霊を含めた『ライトニングレイジ』と『ダブルスロー』、そして俺の支援を重ねることで、瞬時に召喚された蟹たち全てが砂に戻る。
しかし、エリーティアと『葬送者』の壮絶な打ち合いはまだ続いていた。『葬送者』はエリーティアと戦霊による二度の『ブロッサムブレード』を凌ぎ切っていた――危惧していた事態が、三度目の技をエリーティアが繰り出そうとしたときに起きてしまう。
「っ……ぁ……」
ガクン、とエリーティアの身体から力が抜ける。『レッドアイ』を発動させた状態では消耗が激しすぎた――彼女の魔力が枯渇しているのだ。
「エリーティアさんっ……!」
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者』が『リベンジブレード』を発動 →防御した回数だけ攻撃力上昇
(――間に合えっ……!)
「――あぁぁぁぁぁっ!!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アシストチャージ』を発動 →『エリーティア』の魔力が回復
・『エリーティア』と戦霊が『ライジングザッパー』を発動 →『★無慈悲なる葬送者』が『ブロッキング』で無効化 クリティカル
・『エリーティア』の『ユニコーンリボン』の特殊効果が発動 →クリティカル時にダメージ貫通
・『エリーティア』と戦霊の追加攻撃が発動 →『★無慈悲なる葬送者』に命中
・『支援攻撃2』が4回発生 →『★無慈悲なる葬送者』に命中
・『エリーティア』『アリヒト』の体力、魔力が回復 ドロップ奪取失敗
「――!!!」
声にならないような声を上げて、斬撃と黒い雷を浴びた『葬送者』がたたらを踏む。
エリーティアと戦霊の放った技は、手数の少ない『ライジングザッパー』だった――しかし、『アシストチャージ』で回復した魔力で繰り出したその技が、完璧な防御を見せていた『葬送者』の体勢を崩した。
全身から煙を上げながら、それでも『葬送者』は倒れない。『トリプルスティール』の効果で大きく回復したエリーティアは、さらに追い打ちをかけようとする――しかし。
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者』が『ジェットスローター』を発動 →対象:『キョウカ』『テレジア』
(なっ……!?)
眼前のエリーティアではなく、片方の腕を五十嵐さんに、もう片方の腕をテレジアに向け、刃を備えた腕甲を撃ち出す。
一人でも道連れにしようとする、その執念。レベル9の『名前つき』が放つ一撃は、俺たちの誰にとっても致命の一撃になりかねない――しかし。
『彼女』は、その攻撃をまるで読んでいたかのように、大盾を構えてそこにいてくれた。
『信仰者よ、今こそ盟友に力を与えよう。盾を強化する星機神の装甲を呼ぶがいい』
アリアドネの声が聞こえる――そうだ、彼女が言っていた。
合計レベルが20を越えたとき、『ガードヴァリアント』を使うことができると。
「――支援を頼む、アリアドネ!』」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『アリアドネ』に一時支援要請
・『アリアドネ』が『ガードヴァリアント』を発動 →対象:『セラフィナ』『セラフィナの戦霊』
『ガードアーム』ではない、新たなアリアドネの加護――それは、盾を持つメンバーを強化するものだった。
セラフィナさんは目の前で自分の盾に起きた変化を、ありのままに受け入れてくれていた。
◆現在の状況◆
・『セラフィナ』が『オーラシールド』を発動
・『セラフィナの戦霊』が『オーラシールド』を半減発動
・『鏡甲の大盾』の特殊効果が発動 →『セラフィナ』の魔法防御力が大きく上昇
・『セラフィナ』が『ボディガード』を発動 →対象:テレジア
・『セラフィナの戦霊』が『ボディガード』を発動 →対象:キョウカ
・『ジェットスローター』が『セラフィナ』と戦霊に命中 →『ガードヴァリアント』の特殊効果発動 物理攻撃反射
・『★無慈悲なる葬送者』に反射攻撃が2段命中
「――ガッ……ァ……!!」
『葬送者』が撃ち出した二つの腕甲が、大盾で弾き飛ばされる――いや、そのままの勢いで反射する。
「守るだけではない……この盾は……っ」
セラフィナさんが感嘆する――敵の物理攻撃をそのまま返せる盾。それが『葬送者』にとって脅威であることは、腕甲の衝突でえぐれた装甲を見れば分かった。
戦霊は、まだ消えていない。召喚した魔物は全て倒された――そして装甲も完全ではなくなった状況で、それでも『葬送者』はエリーティアと対峙する。
「……終わらせる……っ!」
◆現在の状況◆
・『エリーティア』と戦霊が『ブロッサムブレード』を発動
・『★無慈悲なる葬送者』が『死中の活』を発動 →攻撃力、防御力、速度上昇
・『★無慈悲なる葬送者』が『ブロッキング』を発動
エリーティアと戦霊が残す赤い斬撃の軌跡は、まるで狂おしく咲き乱れる花のようだった――それを敵は正面から受け止め、捌き続けている。
攻撃だけでなく、防御も本来、この区の迷宮に出現する『名前つき』としては頭ひとつ抜けたものだろう。
しかし、俺たちはパーティで、敵はそうではなかった。
前方に幾ら無敵の防御力を発揮したとしても、『後ろ』に対する反応が遅れる――その一瞬が、敵にとっての命取りとなる。
「――待ってた……ずっと……!」
◆現在の状況◆
・『メリッサ』と戦霊が『待ち伏せ』を発動
・『メリッサ』と戦霊が『シオン』に騎乗して『ライドオンウルフ』を使用
・『メリッサ』と戦霊の攻撃
メリッサと戦霊は、このチャンスを待ち続けていた――怖くないはずがないのに、その可能性を狙おうとしてくれた。
「メリッサ……ッ!」
エリーティアが声を上げる。分かっている――その可能性も見越してなお、俺はメリッサの判断を支持する。
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者』に2回命中 クリティカル
・『★フォビドゥーン・サイス』が破損
・『メリッサ』と『シオン』の体力、魔力が回復
「っ……!?」
即死攻撃は必ず成功するわけではない。だからこそ『フォーチュンロール』をかけた後に狙わなければ、戦術として取り入れられなかった。
(だが、何も後悔することはない。その位置は『奴の後ろ』だ……!)
「――ムラクモ、来てくれ!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『メリッサ』
・『アリヒト』と戦霊が『流星突き』を発動 →『★無慈悲なる葬送者』に2段命中
敵の『すぐ後ろ』ではなく、『流星突き』で間合いを瞬時に詰められる距離――そこにメリッサがいてくれたおかげで、『バックスタンド』を使うことができた。
背後、それも左右からの攻撃に、奴は対応しきれずに受ける。それでも表面が削れる程度の甲殻は、凄まじい硬度だとしか言いようがない。
しかし、そこに生じた隙を、エリーティアは逃さずに詰めきる――あの技で。
そして俺も、『後衛』の役割を果たす。最後の一手を支援するために、もう一度最後の魔力を使って技能を発動させた。
「――散りゆけ、紅の華。『ブロッサムブレード』!」
◆現在の状況◆
・『アリヒト』が『バックスタンド』を発動 →対象:『エリーティア』
・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『天地刃』
・『エリーティア』と戦霊が『ブロッサムブレード』を発動
・『スカーレットダンス』の効果により攻撃力上昇 防御力低下
・『★無慈悲なる葬送者』に24段命中 戦霊の付加攻撃
・『エリーティア』と戦霊の追加攻撃が発動 →『★無慈悲なる葬送者』に命中
・『支援攻撃2』の限界到達 『天地刃』が16回発生
・『エリーティア』『アリヒト』の体力、魔力が回復 ドロップ奪取成功
「うぉぉっ……ぉぉ……!!」
赤い斬撃、それは紅の華。舞うように刻まれる一振りごとに、エリーティアは守りを捨て、剣の威力だけを研ぎ澄ませていく。
その一撃ごとにムラクモの斬撃が浴びせられ、合わせた攻撃回数は百に近い。最初の十数段目で空中に打ち上げられた敵は、そのまま斬撃を浴び続ける――甲殻がついに砕けて、砂浜に弾みもせずに落ちると、再び立ち上がってくることはなかった。
◆現在の状況◆
・『★無慈悲なる葬送者』を1体討伐
・『メリッサ』が6レベルにアップ
・『魂牢石』を1つ取得
「はぁっ、はぁっ……」
「やったわね、エリーティアさん……っ、ど、どうしたの……?」
「――五十嵐さん、待ってください! 今のエリーティアは……!」
戦いが終わったあとも、『レッドアイ』が解除されない。それは、無差別に攻撃をしてしまう『ベルセルク』の効果が続いていることも意味していた――しかし。
「エリーティアさん、もう大丈夫です……私たちは、勝てたんです」
恐れることなく、砂浜に降りたスズナはエリーティアを抱きしめる。初めは苦しそうにしていたエリーティアだが、スズナに背中を撫でられると、その身体を包んでいた赤い魔力が静まっていく。
◆現在の状況◆
・『エリーティア』の『ベルセルク』『レッドアイ』が解除
・『エリーティア』の能力が一時的に低下
「っ……ス、スズナ……?」
「良かった……エリーティアさん。本当に……」
「……ごめんなさい、身体に力が入らなくて……肩を貸してもらえる?」
「そんなときのために私もいますよー! 爆裂カードする暇もなくて元気が有り余ってるので!」
ミサキとスズナがエリーティアを支える。俺はハーピィに頼んで、巨大蟹の甲羅についていた石を回収してもらう――ロランドさんの魂が入っていると思われるその石があれば、彼は息を吹き返すはずだ。
巨大蟹、そして『葬送者』の素材は、メリッサの貯蔵庫に送ってもらう。『葬送者』を近くで確認したが、甲殻の中に人型の魔物が入っているわけではなかった――巨大蟹の魂だけがこの甲殻の鎧に宿って、動いていたのだと考えられる。
『マスターの剣として、私は性能を活かしきれたとはいえない。マスターの技能を、最大限に引き出せなくては……』
背中の鞘に納めたムラクモが無念そうに訴えてくる。その認識は半分正しく、半分は違うのではないかと俺は思う。
(俺の技能と、剣の性能……二つとも、まだ成長の余地はあるんじゃないか。まだ七番区なんだ、ここで成長が止まっちゃ困るだろう)
ムラクモはしばらく反応しない――何か考えているようだ。それとも、アリアドネと相談でもしているのかもしれない。
『アリヒト……貴方の成長は、目を見張るものがある。しかしこれほどの敵と戦っても、一度でレベルが上がるということはない。レベルごとに取得できる技能が有用であること、そしてエリーティアを主戦力としていることにも一因がある』
(聞いてたのか、アリアドネ……そうだな、レベルは上がらなかったが。次のレベルまで八割の経験値を、数度の戦闘で得られてるっていうのは、なかなか無いことなんじゃないかと思うよ)
エリーティアとのレベル差で、経験が入りづらくなる――それを今まで意識しなかったのは、補正前の経験が多いということなのだろう。
しかし、敵を倒す直前にエリーティアに外れてもらうなんてことはありえない。俺たちのパーティは、この歩みでいいのだと思う。しかし一歩間違えばやられるような相手とは、しばらくは対峙したくはないものだ――時間制限さえなければ、石橋を叩いて渡りたい。
『……アリヒトが望んでいるかどうかは分からない。しかし、私は……私のもとに貴方たちが辿り着いたあの日から、何かのめぐり合わせのように感じている』
アリアドネの言うようなことを、俺も考えはする――『名前つき』や、特殊な状況に出会う頻度が、俺たちはあまりに多すぎる。
そのうちの一つが、『葬送者』の残した、今までに見たことのない外見をした箱だった――黒箱ではなく、表面に何かの紋様が描かれた『白い箱』。
テレジアはそれを俺のところに運んでくる。『黒箱』のトラップの脅威が分かっている以上は、解錠に挑むことはできない――ファルマさんですら開けられるかどうか分からないものが出てきてしまった。
「後部くん、その箱は……」
「黒箱が一番貴重だと思っていただけに、これは反応に困るというか……罠のリスクがあるので、今は開けられないですね。後で一度、ファルマさんに相談してみたいところですが」
「そ、そうね……無理に開けようとして失敗すると、『黒箱』も罠が仕掛けてあると大変なことになるって話だったものね……」
五十嵐さんもファルマさんが言っていたことを思い出したのか、自分の身体を抱くようにする。まだ『換』のルーンで作り出した魔力の鎧は健在だが、彼女の魔力が尽きるとどうなるか――それについては、俺が『アシストチャージ』でフォローできなくなったら考えることにしよう。戦闘中はとても使っていられなかったが、『トリプルスティール』で回復した俺の魔力がまた減ってきたら、マナポーションで回復できる。
そんな話をしていると、セラフィナさんがこちらにやってくる。彼女の盾は『ガードヴァリアント』による強化が解除され、元の形に戻っていた。