第百十九話 白い探索者
『落陽の浜辺』を出て、迷宮前広場に出る。すると、ロランドさんとダニエラさんが運ばれていくのを見た他のパーティが、気の毒そうに話す声が聞こえてくる。
「『同盟』のリーダーがやられたって、例のあの人だろ?」
「ああ、部隊ごとこっちに来て、一人だけ七番区に置いていかれたっていう……」
「どこまでもついてない人間ってのはいるもんだ。置き土産まで残してくれて、こっちはいい迷惑だぜ」
部隊――それはロランドさんが転生する前に、『空挺師団』という職業が示す通り、軍隊か何かにいたということだろうか。
『同盟』に対して反感を持っている探索者が多いのは無理もない。あの砂浜を通らなければ二階層に降りることもできないらしく、『名前つき』が倒されるまでは、事実上『落陽の浜辺』に入ることはできなくなった。
残った『同盟』のメンバーが遅れて迷宮から出てくるが、誰も言葉を発する気力すらないようだった。トーマスという人は俺たちを見ると頭を下げるが、話しかけてくることはなく、足早に上位ギルドの方に向かう――そちらの方角にある医療所に向かうのだろう。
(……ん?)
他のパーティでも、ギルドセイバーでもない――迷宮国では珍しい、サングラスのようなものを着けた、白い髪の人物がこちらを見ている。
白いマントを身に着けたその姿を見て、エリーティアが足を止める。呆然と立ち尽くす彼女に声をかけようとしたとき、エリーティアはじり、と後ずさり、小さく声を出した。
「……白夜旅団の……なぜ、ここにいるの……?」
「あの人が、そうだっていうのか?」
「ふぇぇっ……こ、こっち来ちゃいますよっ……スズちゃん、後ろに隠れてもいい?」
「そ、そんな、私も心の準備が……っ」
体型の隠れる白いマントで分かりにくかったが、近づいてきたその人物は女性だった。マントの下にはレザー系の防具を身につけているが、今まで俺たちが手に入れたようなものとはまるで質が違って見える。
エリーティアの前までやってくると、彼女はおどけるように手を上げた。
「や、お久しぶりだね、エリー。元気にやってるみたいで良かった」
その容姿から只者ではないという印象を受けたが、想像だにもしないほど、彼女は人懐っこくエリーティアに挨拶をした。
「ここで何をしてるの? あなたがなぜ、こんなところに……」
「団長に、下の区に降りるお使いを頼まれてね。その途中で、面白そうなことになってるって聞いたから」
「……面白い状況なんかじゃない。人が一人……」
「魂を抜いてくるような魔物は、この区だと珍しいよね。対策しろっていうのも酷な話だし……出てきた時点で逃げれば良かったのにね」
何が起きたのか、状況を把握している――どこから見ていたのか、それとも運ばれるロランドさんたちを見て察したのか。
「……言いたいことはそれだけ?」
「うん、今はね。それにしても、もう少しマシな連中を集めた方がいいんじゃない? イロモノみたいな職業の子もいるし、そのうち足を引っ張るだけになるよ。『巫女』なんて中途半端だし、そっちのスーツの人なんて、『サラリーマン』なんて書いたりしたんじゃないの? 長い目で見たら、何の役にも……」
「私のことは、何を言ってくれてもいい。でも、仲間のことは言わないで。もう一度言ったら、あなたを許せなくなるから」
エリーティアに制されると、白い髪の女性は口をつぐんだ。そして、驚くほど素直に頭を下げる。
「今のは言いすぎだった、謝る。でもエリーは勘違いしてるよ。私たちは、何もあの子を見捨てたわけじゃない。あの子だって、覚悟はしてたはず。自分が足を引っ張るときがきたら、その時は……」
「……もう、名前も思い出せないくせに。私は忘れない……絶対に……!」
それほど、仲間だった人に対して無情になれるものなのか。白い髪の女性は、エリーティアが助けたいと願っている友人の名前を、本当に覚えていないようだった。
しかし悪びれる様子もなく、白い髪の女性は手を叩き始める――心底楽しそうに。
「あははは……はぁ。私は心から、エリーのそういうところを尊敬してるの。レベルは低くたって戦いになれば勇敢だし、誰よりも深く踏み込んで、傷ついても文句も言わない。私にはそんなこと、とても真似できないな。役立たずの名前をいちいち覚えてるなんてことも、とてもできない」
「……ルウリィは、役立たずなんかじゃない……っ!」
「そう、ルウリィ。あの子にも似合いの装備が見つかってれば、もう少し生き延びられたかもしれないのにね。すごく残念に思ってる」
「っ……」
エリーティアはまだ、親友――ルウリィが生きていると思っている。それを否定されても、すぐに反論することができないでいた。
希望がいつでも存在するわけじゃない。長く探索を続けるほど、そうやって割り切らなければやっていけないのかもしれない――それでも。
「それ以上は、止めてもらえないか。あなたは今、俺の仲間を傷つけようとしてる……それを、見過ごすわけにはいかない」
「……アリヒト……」
前に出て向き合うだけで、プレッシャーに圧倒される――エリーティアはこんな相手と一緒の組織にいて、そして今も対峙していたのか。
「……また言い過ぎたみたい。それに、ただの『サラリーマン』でもないみたい……犬の目じゃなくて、鷹みたいな目をしてる」
「っ……アリヒトには何もしないで! シロネ……っ!」
シロネ――それが彼女の名前なのか。俺に近づき、顔を見上げるようにすると、再び離れていく。
「生き延びられて次に会えたら、あなたを『テスト』してもいい?」
「……いや。その『テスト』が何であれ、遠慮しておくよ」
「そう。面白そうなのに……まあ、本当に欲しくなるようなら、どうやってでも獲りに……」
彼女が言い終える前に、横から二人が割って入ってくる。五十嵐さんと、そしてテレジアだ。
「リーダーをヘッドハンティングするなんて、そんなふうに仲間を集めてるの? あいにくだけど、後部くんは私たちのパーティには欠かせない人なの。他をあたってもらえるかしら」
「…………」
五十嵐さんはぴしゃりと言い切り、テレジアは両手を広げて立つ。二人の気持ちは嬉しいが、女性二人に守ってもらうという状況は、何とも言えず落ち着かないものがある――と、そんなことを思っている場合でもない。
「いい探索者は、自分に合ったパーティに移るもの。私たちじゃなくても、有名になればスカウトがかかることだってある……当然でしょ? 遊びじゃないんだもの」
「俺たちはこのまま先に進みます。遊んでいるつもりもありません」
「そう。じゃあ、今のところは挨拶だけね」
白い髪の女性――シロネは、それ以上は食い下がらなかった。彼女は俺たちに背を向けて歩いていき、一度振り返って手を振るが、エリーティアはそれには応えなかった。
「エリーさん、大変なパーティにいたんですねー。あんな人がいたら、いつも緊張感が凄いっていうか、肩がこりそうっていうか」
「私……もっと頑張らないと駄目ですね。あんなふうに言われないようにしなきゃ……」
「スズナは何も気に病まなくていいの、『巫女』はすごい職業だから。あの人は、自分たちが最高のパーティだと思っているから……自分のパーティメンバー以外を褒めることなんて滅多にないわ」
「かなり強いみたいだが、時間がかかっても、いずれはあのレベルに追いつきたいところだな。そうすれば何も文句は言わせない」
あれだけ好き勝手に言われて何も思わないということもない。しかし怒っても仕方がないので、そのエネルギーを別のことに向けるべきだろう。
「エリーティアさん、あの人のレベルはどれくらいなの?」
「私が『旅団』を抜けたときが12だったから、今はもう少し上がってるかもしれないわ」
「12……っていうことは、徐々にレベルは上がりにくくなっていくのか。5番区でもそのレベルなら、そういうことになるよな」
「自分より強い敵を倒すことができれば、それほど経験の上がるペースは落ちないわ。でも、そう簡単にはいかない……旅団のレベルでも、メンバーが重傷を負ってしまうことはあるし、そうなると経験を維持するための立ち回りが必要になるのよ」
探索を休んだりすると経験は下がる。俺たちも、長く休むことになるような重傷は避けなくてはならない――『支援回復』で傷が塞がるのだから、そういう事態にはなりにくいとは思うが。
話も一段落したところで、俺たちは上位ギルドに向かうことにした。『落陽の浜辺』で起きたことを報告し、貢献度の算定も一度行っておく必要がある。
「あっ……アトベさん! 良かった、まだここに居てくれて!」
アデリーヌさんが俺たちを見つけて走ってくる。彼女は俺の契約している魔物牧場に『アラクネメイジ』を預けてきたと報告してくれた。
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