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第百十五話 溟海より来る者

「アトベ殿、皆さん、申し訳ありません……部外者の立場でありながら、戦いの際に口を挟むなど……」

「いやいや、とんでもないです。俺たちの様子を見ていてくれて、ありがとうございます」

「い、いえ……そのような言葉を頂くことはしていません。あれから砂浜の方を視察したいと『同盟』の方々に再度申し入れたのですが、やはり現状で私たちにできることは、狩場の独占行為に対する勧告にとどまり……」

「今日は『同盟』にとって大事な日だからって、また門前払いされちゃったんですよね。本当にもう、ギルドセイバーも形無しというか」


 後からやってきたアデリーヌさんは肩をすくめる。俺たちが行っても同じようなことにはなるのだろうが、このまま迷宮から出ては意味がない。


「……あっ、この蜘蛛はとどめを刺さないんですか?」

「はい、できれば捕獲したいと思ってるんですが……いったん迷宮の外に出るか、考えてたところです」

「『捕獲ロープ』を使えば、安全に拘束しておくことはできますよ。使うには技能が必要なんですけど」

「あ……いや、持ってないですね。普通のロープでハーピィを捕まえたことはあるんですが。不勉強ですみません」

「普通のロープで、ハーピィを……大人しそうな顔をして、アトベさんにはそういう趣味が……」

「アデリーヌ、任務中の雑談は慎め。アトベ殿、『捕獲ロープ』を使用して『アラクネメイジ』を拘束してもよろしいですか。数時間は気絶しているでしょうが、徐々に再生してしまいますから」

「そうしてもらえると助かります、すみません」

「了解しました、セラフィナ隊長。ちゃんとやりますから、そんなに怒らないでくださいね」


 先輩ではなく、かしこまったときは隊長と呼ぶらしい。アデリーヌさんはポーチ型のインベントリーからロープを取り出すと、あれよと言う間に蜘蛛を拘束してしまった――『ロープバインド』という技能を使ったようだ。


「『蜘蛛』はなるべく早く回収するとして、これからどうするか……」

「アリヒト、何とかして砂浜の側に行ってみる? 『同盟』に気づかれないように、抜け道を探してみるとか……」

「それなんだけど、どんな方法を使ってもいいなら……デミハーピィに空から連れていってもらうとかはどうかしら?」


 五十嵐さんが空を指差す。ちょうど俺も、デミハーピィのことを考えたときに思い当たっていた――岩壁がどれくらい高いのか下からでは見えないが、翼のあるハーピィなら飛び越えられるのではないだろうか。


 『蜘蛛』も壁を登ったりするのはお手のものなので、もし調教できれば乗せてもらって垂直に近い壁を登ることもできるかもしれない。今は他の方法を使うか、『同盟』と交渉して通るかしかないわけだが。


「申し訳ありません、私にもう少し交渉能力があれば……」

「いえ、『同盟』は規則に違反してるわけじゃないのでそれは仕方ありません。でも、『蟹』を狩るだけがこの迷宮に来る意味じゃない。『蜘蛛』を倒して、少なからず手応えはつかめたと思ってます。その過程を踏んだからこそ、魔物を決まった型に嵌めて倒すことに対して、多少は反証できるんじゃないかと思っているんですが……」


 俺たちが上手く行ったからといって、こんな説得を聞き入れてもらえるとも思えないのだが。俺たちも『蟹』を狩りたいというだけだと思われては話がしづらい。


「そこまで考えて、『蜘蛛』を……アトベ殿は、道理を何より重視される方なのですね」

「い、いやまあ……正直を言うと後付けの理由ではあるんですが」

「お兄ちゃんが照れ隠ししてる……そういうところも可愛いよね、スズちゃん」

「えっ……そ、そんな、可愛いっていうのは、大人の男の人に言うことじゃ……」

「バウッ」


 ミサキの無茶振りに慌てるスズナをよそに、シオンが機嫌良さそうに吠える。ミサキに同意しているのだろうか――というのは考えすぎか。


「セラフィナ先輩、私たちもこのまま『同盟』と睨めっこだけして帰るわけにはいかないですよ。私の技能で、向こうの様子を調べてみませんか」

「しかし、探索者の方々の行動に、過度に干渉するのは……」

「基本的にはそうです。でも、例外があるじゃないですか。今回のケースは、それを適用してもいいと思います。もし見当違いだったとしても、ギルドセイバーの基本原則は『危機を未然に防ぐために、あらゆる可能性を想定する』ですよ」


 アデリーヌさんの説得に、セラフィナさんは振り返って岩壁を見やる。そして目を閉じて息をつくと、改めて後輩と向き合った。


「そうだな……分かった。アデリーヌ、『同盟』のリーダーの動向を探査サーチできるか?」

「お安いご用です。それが私の職業、『狩人』の本領ですから。じゃあ、あっちから迂回して、『同盟』から見えないように移動しましょう。少しでも岩壁との直線距離が近い方が良いので」


 アデリーヌさんに先導してもらって移動する――そして彼女はある位置まで移動すると、担いでいたボウガンを、発射方向を岩壁の上方に向けて地面に設置した。


「さてと……ちょっと下がっててくださいね」


 アデリーヌさんはボウガンの柄についているハンドルを回す――すると、弦がキリキリと引っ張られていく。人力ではなかなか難しそうな張力だ。


「我が魔力を込めし矢よ。ひとときの命を得て、従順なる使い魔となれ……!」


 ◆現在の状況◆


 ・『アデリーヌ』が『アローファミリア』を発動 →『使い魔の矢』を1本生成

 ・『アデリーヌ』が『サーチアロー』を発動 →『使い魔の矢』を発射


 アデリーヌさんがボウガンの矢に魔力を込め、空に向けて発射する――ある程度の高さで失速しそうなところを、矢はまるで翼が生えたかのように飛んでいき、さらに上昇する。


「凄い高さの岩壁ですね……何とか超えられましたけど。迷宮の性質なのか、下からだと無限の高さがあるように見えるんですが、実際は五百メートルくらいですね」

「アデリーヌ、『同盟』は現在どうしている? 標的の魔物と……」


 セラフィナさんが尋ねると、アデリーヌさんが口に当てる。


「な、何をしてるんですか、この人たち……ここまでして狩らなくても、他に方法があるはずなのに……っ、せ、先輩っ……!」

「……今までの狩りが非常に安定していて、効率が良かったからだろう。しかし、これは……万一にも、これが『条件』であるとしたら……」

「セラフィナさん、一体何が起きてるんです?」


 尋ねると、アデリーヌさんは自分のライセンスを見せてくれた。そこには、『使い魔の矢』が見た、岩壁の向こうで『同盟』が行っていることが表示されていた。


 ◆使い魔の報告◆


 ・『グレイ』が『魔物の呼符』を使用 →失敗

 ・『グレイ』が『魔物の呼符』を使用 →失敗

 ・『グレイ』が『魔物の呼符』を使用 →成功 『ゴーストシザーズ』が1体出現

 ・『ロランド』のパーティが『ゴーストシザーズ』を1体討伐

 ・『グレイ』が『魔物の呼符』を使用 →失敗

 ・『グレイ』が『魔物の呼符』を使用 →失敗

 ・『グレイ』が『魔物の呼符』を使用 →失敗


「何だ、これは……これじゃ、まるで魔物を……」

「……無理やり引きずり出して、狩り続けている。自然に出現するまで待たずに」

「先輩、この『ゴースト』って……不死系の魔物を対策なしで狩るのは、原則として避けるべきだって教官が……やっぱりこのままじゃまずいですよ……っ!」


 その対策というのが何なのかも気になったが、確かに『ゴースト』なんて名前のついている魔物を何十匹も倒していたら、祟られそうな気はしなくもない。『祟り』が迷宮国に存在するのかは分からないが、『巫女』のように霊に関わる技能を持つ職があるのだから、なくはない話だ。


 パーティの皆もアデリーヌさんのライセンスを見て言葉を無くす。一体だけ出現した『ゴーストシザーズ』――おそらく『蟹』と呼ばれる魔物は即座に倒され、今も『呼符』を使う表示と、時折魔物が出現しては狩られる表示が繰り返されている。


「俺たちの得た情報では、彼らが『呼符』を使い始めたのは今日からのはずです。魔物を道具で出現させられるようになったのなら、彼らが狩った数は相当なものに……」

「っ……後部くん、見て! 今までと違う表示が出てる……!」


 ――その時俺は、今まで一度も感じたことのないような、血が凍りつくような悪寒を覚える。


「なんだ、これは……くっ……頭が割れそうだ……」

「――スズちゃんっ!?」


 俺だけでなく、皆が同じ感覚を覚えたのだろう――中でもスズナは感受性が強く、血の気を失って青ざめ、頬にかかる髪が汗で濡れている。


「アリヒトさん……っ、この岩壁の向こうで……何か、禍々しいものが……」

「バウッ、バウッ! グルルル……」

「…………」


 シオンが岩壁に向かって吠え、テレジアも同じ方向を見ている。


 俺はそのとき、テレジアの頬に汗が伝うところを見た。彼女もスズナと同じで、脅威の気配を察しているのだ。


「魔物が……倒された仲間の、復讐をしようとしているっていうの……?」


 エリーティアと五十嵐さんは、アデリーヌさんのライセンスを目を見開いて見つめていた――俺もまた、吐きそうな気分の悪さを振り払い、気力だけでその表示を見た。


 ◆使い魔の報告◆


 ・『ロランド』のパーティが『ゴーストシザーズ』を1体討伐

 ・『ゴーストシザーズ』が『溟海めいかいの怨嗟』を発動

 ・未識別の魔物が出現

 ・『???』が『バブルレーザー』を発動


「くっ……!?」


 アデリーヌさんが声を上げ、彼女のライセンスの表示が自動的に切り替わる。そこには、『アローファミリア』で作った使い魔が破壊された旨が表示されていた。


「一体何が起きてるの……この、嫌な感じは……『未識別の魔物』が出たからなの……?」

「おそらくは……名前つき。『同盟』が『呼符』を使い、過剰に一種類の魔物を倒したことで、出現するための特殊条件を満たしてしまった……」


 五十嵐さんの疑問に、セラフィナさんが答える。不測の事態であることは、ギルドセイバーの二人にとっても変わりはなかった。


「先輩、隊のみんなに連絡を……っ!」

「――現時刻を持って、『自由を目指す同盟』に対する干渉要項を満たしたと判断する。アデリーヌは迷宮から脱出、状況を報告せよ。私は未識別の魔物を確認に向かう」


 アデリーヌさんは何かを言おうとするが、セラフィナさんの表情を見て言葉を飲み込む。


「……了解しました。ですがセラフィナ隊長、単独では……」


 セラフィナさんは俺の方を見やる。彼女の性格上、事前に話していたとはいえ、協力を頼むのは断腸の思いだろう――だが、迷っている場合じゃない。


「俺と、向こうに行っても迅速に離脱できるメンバーが様子を見てきます。道を塞いでる『同盟』のメンバーは、飛び越える手段がありますから」

「……頼みます、アトベ殿」

「迅速に離脱できるメンバー……シオンちゃん、エリーティアさん、テレジアさん……後部くん、私も……」


 デミハーピィの数を考えると、向こうに行けるのは俺を含めて三名。シオンは身体が大きすぎるので待っていてもらうとして、あと二人だ。


「アリヒト、私は自分の技能で何とか抜けられると思うわ。テレジアとキョウカを連れていってあげて」

「ああ、分かった。五十嵐さん、お願いできますか。テレジアも……無理はしなくてもいいからな」

「…………」


 テレジアは首を振る――無理はしていないということか。五十嵐さんもそれを見て微笑み、了承の頷きを返してくれた。


「私とミサキちゃんも、シオンちゃんと一緒に砂浜への通り道に行きます。通れなくても、技能は届くかもしれません」

「なんて言ってる間に、何か『同盟』の人たちが騒ぎになってるような……っ」


 ミサキの言う通り、『同盟』が何かもめている――向こうに行くというダニエラさんを、他のメンバーが止めているようだ。


「離してっ、私も戦えるわ! ロランドが、あの人は戦うつもりなのよ!」

「落ち着いてください、ロランドさんは来るなって……やれる自信があるから、あの人はそう言ってんです!」


 『同盟』の若い男性メンバーが声を荒げる。彼らは俺たちが近づいてきていることに気づかなかった――先行したエリーティアが、道を塞ぐことに意識が向いていない『同盟』の隙を突き、さらに加速する。


「アトベ殿、申し訳ありません、先行を頼みます! 私も必ず追いつきます!」

「分かりました!」


 セラフィナさんは『同盟』に対して最後の説得を試みるつもりのようだ。俺はエリーティアの後を追って走りながら、召喚石のペンダントを取り出し、握りしめて叫ぶ。


「――来い、デミハーピィ!」


 ◆現在の状況◆


 ・アリヒトが『デミハーピィ』を三体召喚


「っ……お、おまえっ、『スーツの男』のパーティの……!」

「――そのまま立っていなさい。微動だにもせず」


 ◆現在の状況◆


 ・『エリーティア』が『ソニックレイド』を発動


 まさに、一瞬――誰もエリーティアの動きに追随できない。エリーティアは同盟のメンバー七人の間を、目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。


 砂浜に続く道を塞いでいた大柄な男が遅れて反応し、上を向いたときには、エリーティアは両側の岩壁を蹴って三角跳びし、宙返りをしているところだった。


「……えっ?」


 エリーティアの動きを見たことのない七番区の探索者は、知覚すら追いつかない――少々緊張感のない大柄な男の声が聞こえたときには、俺とテレジア、そして五十嵐さんは、デミハーピィに運ばれてエリーティアのさらに上空を通過していた。


「お、お前らっ……!」


 ダニエラさんを止めていた男も声を上げるが、構っている時間はない。俺たちは反り立つ岩壁の隙間を抜ける――潮の匂いは、確かに眼前に広がる砂浜から流れていた。


 だが、それだけではなかった。元は白一色だろう砂浜――まだ距離が遠いが、ロランドさんたちのパーティがいるあたりに、赤い模様がつけられているのが見えた。


「さっきの攻撃で、あの人たちも……っ」

「巻き込まれたのか、狙われたのか……いずれにせよ、もう戦える状態じゃない……!」


 砂浜が二つに割れ、その先にある岩壁に垂直の傷がついている。海にいる何かが、アデリーヌさんの矢を撃墜したときの攻撃――それは『同盟』のメンバーにも、凄惨というほかないほどの被害を与えていた。


「歪んだ方法を選んだりするから、歪みを招くのよ……!」

「――エリーティアッ!」


 デミハーピィが攻撃を受ければ、おそらく一撃で命を落とす。眠りの歌を使ってもらうわけにもいかず、俺は召喚を解除し、テレジアと五十嵐さんに追従してエリーティアの後を追う――『ソニックレイド』を発動したエリーティアの速度でも、まだロランドたちのいるところまでは距離がある。


 ◆現在の状況◆


 ・アリヒトの『鷹の眼』が発動 → 状況把握能力が向上


 この距離でも俺には見える――人間ほどもある大きさの、片方のハサミだけが大きく発達した蟹が十数匹倒されていて、その近くの砂地にぽっかりと穴が空いている。これがおそらく、『同盟』が独占していた魔物の巣穴だろう。


 穴の近くには、軍刀サーベルのようなものを手にしたロランドさんの姿がある。グレイは腰を抜かし、海を見ている――その視線の先を見ると、海面に浮かび上がってくる、他の蟹の数十倍ほどの大きさをした怪物の姿があった。


 ◆遭遇した魔物◆


 ・★無慈悲なる断頭台 レベル8 耐性変動 地形効果:恐怖 ドロップ???


(恐怖の地形効果……出現しただけで、周囲に『恐怖』を与えるっていうことか……それが、この悪寒の原因……!)


「どうして……怖いなんて、そんな場合じゃないのに……っ」

「……っ!」


 エリーティアは『恐怖』に運良くかからなかったが、五十嵐さんとテレジアが影響を受け、戦意を失って失速しそうになる――しかし。


「五十嵐さん、『ブレイブミスト』をお願いします!」


 五十嵐さんは異変の理由に気づき、すぐに気を取り直す。士気を消費して回復する選択もあるが、技能を使って士気は温存できた方がいい。


「テレジアさん、後部くん、私の近くに……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『キョウカ』が『ブレイブミスト』を発動 →『キョウカ』『テレジア』の恐怖状態が解除


 一度『ブレイブミスト』を使えば、『恐怖』に対して抵抗できる状態が持続する。しかし『同盟』のほとんどが動けないでいるということは、『恐怖』耐性を持つ人がほとんど居ない上に、解除方法も持っていないということだ。


 唯一『恐怖』状態にならずにいるロランドさんは、仲間の方を振り返らない。海から姿を現した、巨大な蟹と対峙している――『ゴーストシザーズ』の名前つきだとは思うのだが、姿形はかけ離れている。


 左の鋏が異常に発達しているが、右の鋏は鋏の形をしていない――まるで鎌のような形状をしている。大きすぎる左の鋏で攻撃するときの隙を補うために、右の鋏は違う使い方をする武器として発達したのか。


 まだ敵は上陸してもいないのに、ロランドさんのパーティは遠距離攻撃の一撃だけで壊滅している。五名が負傷し、グレイともう一人は直撃を受けずに済んだようだが、もはや戦意など残ってはいない。


「お前たちは逃げろ! トーマス、一度仕掛けるだけのチャンスをくれ!」

「――お、お前ら……っ、ふざけるなよ、あんな化物に手を出すなんざ俺はごめんだ!」


 だが、ロランドさんは何かを言い置いて走り出す。グレイが叫んでいるうちに、もう一人軽傷で済んだトーマスというメンバーが、何かの技能を使うのが分かった。


「――うぉぉぉぉぉぉっ!」


 ◆現在の状況◆ 


 ・『トーマス』が『ロイタープレート』を発動 → 弾性床が一定時間出現

 ・『ロランド』が『スカイハイ』を発動


 寒々しいほどに青い空。ロランドさんは砂浜に響き渡る気合いの一声とともに、信じがたいほどの高さまで飛び上がる――それは、彼らにとって必勝のコンビネーションの一つなのだろう。砂地でも関係なく技能で足場を作り、ロランドさんはジャンプ力を強化して飛び上がり、敵の直上から攻撃する。


 空挺師団エアトループ――ルイーザさんから聞いた、ロランドさんの職業。それは迷宮国においても、空からの攻撃を得意とするものだった。


「――待って! その一撃を、もし外したらっ……!」


 エリーティアの叫びは届かない。グレイはエリーティアが近づいてきたことにすら驚き、砂の上をじりじりと後退して、ついには逃げるように走り出した。半狂乱になり、叫び声を上げながら。


「うぁぁぁぁぁっ、あぁぁぁぁぁっ!!」


(あいつ……っ、ロランドさんたちを置いて……!)


 その一撃に、俺は助力をする義理などないはずだった――それでも、自分の数十倍の巨体を持つ魔物に一人で挑む彼を放っておくことはできなかった。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』が『アザーアシスト』を発動 →対象:『ロランド』

 ・『アリヒト』が『支援攻撃2』を発動 →支援内容:『フォースシュート・スタン』

 ・『ロランド』が『ヴェイパーダイブ』を発動


 あの巨体に対して、固定ダメージを通すことも考えた。しかし何よりは、攻撃を入れたあと、ロランドさんが離脱できる可能性を大きくするべきだと思った。


 『鷹の眼』に映る視界の端には、グレイが『帰還の巻物』を使い、倒れている仲間ごと転移する姿が見えていた。残されたトーマスという人物も逃げようとしたが、巻物の範囲から外れていたのか、その試みは成らずに終わる。


「――ちろぉぉぉぉぉっ!」


 青い空に白い飛行機雲のような軌跡を残し、ロランドさんはサーベルを巨大蟹の頭部に突き立てようとする。蟹は直上の攻撃に対応できずにいるように見えた――だが。


 海面から半身までを見せ、まだ波打ち際で白波に動きを制限されているように見えた蟹の巨体が、何の前触れもなく亡霊のように『透けた』。


「――ロランドさんっ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『★無慈悲なる断頭台』が『ファントムドリフト』を発動 →耐性変化:物理無効 速度上昇

 ・『★無慈悲なる断頭台』が『ヴェイパーダイブ』を無効化


 あらゆる予測をあざ笑うように、ロランドさんの攻撃が空を切る。海面に着地したロランドさんの周囲に、バシャン、と高く水柱が立つ。


 心臓が脈を打つ音が、やけに遅く聞こえた。


 エリーティアが、五十嵐さんが、そして俺自身も叫んでいる――声にもならない声で。


 ロランドさんが、背後に回った巨大蟹に向けてサーベルを振り抜こうとする。しかしその刃が届くより早く、蟹の左の鋏ではなく、右の鎌状の部位が閃き、ロランドさんを薙ぎ払った。


 ◆現在の状況◆


 ・『★無慈悲なる断頭台』が『魂をさらう鎌』を発動 →『ロランド』に命中


 声もなく、ロランドさんはその場に崩れ落ちる。血しぶきも何も上がらない――だが、俺には見えていた。


 巨大蟹の振るった鎌は、ロランドさんに物理的な斬撃を与えたのではない。ただ『通り抜けて』、ロランドさんから何かを奪った。


 ライセンスを見て、心臓が凍る思いを味わう。この表示が事実ならば、ロランドさんは――。


 ◆現在の状況◆


 ・『ロランド』が魂を喪失


「……何だこれは……何で、こんな……」

「――後部くんっ、しっかりして! このままじゃ、私たちも……っ!」

「キョウカ、テレジア、今は退いてっ! この魔物は危険すぎる……!」


 エリーティアは引かず、巨大蟹に挑もうとする――いや、魔物から距離を置くことの危険さも理解して、自分に注意を引きつけようとしている。


 それだけじゃない。なぜ逃げないのか、それはエリーティアが、友好的でもなく、ライバル関係にあるようなパーティでも、見捨てることができないからだ。


 ロランドさんはもう助からない――そう割り切って逃げるべきだと、理性的な自分が言う。


 しかし、もしそうでなかったとしたら。


 俺の脳裏によぎった一縷いちるの可能性を裏付けるように、ロランドさんの身体から抜け出た青白い光が、巨大蟹の周囲を浮遊している――しかし。


 ◆現在の状況◆


 ・『★無慈悲なる断頭台』が『ソウルテンタクル』を発動 →『ロランド』の魂を捕縛


 蟹の背中から伸びたイソギンチャクのような触手が、光を捕らえてしまう。探索者の魂を刈り、捕縛する魔物――それはまさに、同族を狩られ続けた復讐をしているようでもあった。


 しかし魂が捕らえられるさまを見たことが、同時に一つの可能性を示唆する――ロランドさんの魂は、失われていない。


「――エリーティア、相手は『物理無効』に耐性が変化してる! 俺の支援でしか打撃は通らないが、何とか引きつけられるか!?」

「持って数分……だけど、蟹なんかに舐められるわけにはいかないのよ……っ!」


 頼もしい返答と共に、エリーティアは『ソニックレイド』を発動する。巨大な鋏を振り下ろす攻撃が空振りして、砂塵が舞い上がる――そして。


「アトベ殿、ここは退いてください! あの魔物は、今の戦力では倒しきれません!」

「お兄ちゃんっ、私にもできることがあったら言ってくださーいっ!」

「アリヒトさん、深追いはだめですっ……その魔物は危険ですっ!」

「ワォォーンッ!」


 『同盟』が動揺したことで説得を成し得たのか、セラフィナさんとみんなもこちらに走ってくる。


「敵には遠距離攻撃もある! 前触れがあったらとにかく横に避けるんだ! ああ見えて動きも速い、距離は取りすぎるくらいで構わない!」

「「「了解っ!」」」


 セラフィナさんが俺たちの前に出て、防御態勢を取る――この隊列なら、巨大蟹に狙われるリスクを軽減しつつ、前衛の皆をサポートすることができる。


「リーダー、返事をしてくれ! リーダー! ……畜生ぉぉぉぉっ!」


 トーマスという人もまた、ロランドさんを置いて逃げることをせず、救出を試みようとしている。魂は捕縛されていても、肉体さえ無事ならば――そう願いはするが、必ず助けられるとは限らない。


 それでも、何もせずに逃げればきっと後悔する。『同盟』が自分で招いた事態であっても、だからといって死ななくてはいけないというのは違う。


「『同盟』の二人を救出して、ここから脱出する……セラフィナさん、それだけに集中しましょう」

「……アトベ殿……貴方という人は、どこまで……」

「自分でも馬鹿なことを言ってると思います。それでも俺は……」

「お兄ちゃんは馬鹿なんかじゃないですよ?」

「ミサキちゃんの言う通りです。アリヒトさん、私たちの気持ちは同じです。みんなで力を合わせれば、きっと無事で帰れます……!」


 二人も怖いはずだ――それでも逃げずにいてくれている。セラフィナさんはそれ以上何も言わず、前を向いて大盾を構えてくれた。


「私が貴方がたを守り抜く……いかなる攻撃も、後ろには通さない……!」


 蟹が再び巨大な鋏を振るう。それをエリーティアが引きつけて回避したところで、テレジアと五十嵐さんが動き出す――今は彼女たちを支援すること、その一点に意識を向けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] こうやってスレスレのところで行動しつつ、おおっぴらにギルドセイバーとも対立する連中ほど、何かあったときに真っ先に組織に頼る。日本における自衛隊の構図と変わらんなあ
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