第十話 探索の報酬
ギルドカウンターのある広間を通り過ぎ、俺はルイーザさんに個室へと案内された。
パーティの規模によって面談に使う部屋は広さが違うらしく、四角いテーブルと四つの椅子だけが置いてある小さな部屋だ。先に座っていいと言われたが、室内を見回して、おそらく収穫物を置くための場所だろう、秤などの置かれた台を見つける。
(かなり驚いてたから、いきなりレッドフェイスを出しておくのはまずいな……しかし何も考えずに袋に入れたが、保存性はどうなんだろう)
少し心配になってきたが、この袋で運べと言われたので今さら考えても仕様がない。割り切って席に着くと、ルイーザさんがドアをノックしたあと、グラスの載ったトレイを持って部屋に入ってきた。
「お茶をどうぞ。ハーブティはお好きですか?」
「ああ、特に選り好みはしないので大丈夫です。ありがとうございます」
俺は飲み物の中では炭酸水が最も好きかもしれない。残業で目を覚ますにも炭酸水はコーヒーと違い、飲みすぎて肝臓を壊したりすることは無さそうだからだ――と、社畜時代のことは少しずつ忘れよう。
ハーブティはすっきりとした香りで、ほどよく冷えていた。文明の程度からしてぬるい飲み物しかないかと思っていたので地味に感激する。
「では、早速ですが……まず、ライセンスの探索記録を確認させていただけますか?」
「はい。今回は色々あって、こんな感じでした」
どんな反応をされるか楽しみなようで、少し緊張もする。人間、評価を下される時は誰でもそうなるものだろう。
ルイーザさんは俺が提示したライセンスのページを見て、口に手を当てる。思わず声を出しそうになってそれを抑えたようだ。
「っ……けほっ、けほっ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ご、ご心配には及びません……に、280……どうやったらこんな数字を……あっ、本当に賞金首を倒してる……!」
もはやギルドの担当官ではなく、素の彼女になってしまっている。彼女は頬を紅潮させ、まるでスターでも見るかのような目で俺を見た。
「すごい……すごすぎます、アトベ様。私が現役のときの最高貢献度が105で、レベルが2に上がったのは探索者になってから1ヶ月後だったんですよ……?」
「そ、そうなんですか。やっぱりレッドフェイスを倒したのが良かったんですかね」
「そうだと思います。賞金首の経験値は、同系列の基本種より遥かに多いですから。ちなみに、レベル1から2に上がるまでにはワタダマを50体狩らなければいけないと言われています」
つまりレッドフェイスの経験値は、ワタダマのだいたい50倍なのか。レベル3のパーティでも壊滅させる実力らしいから、妥当なところだろう。
「……で、ではっ。狩ったレッドフェイスか、証拠品を、そちらの台に置いていただけますか」
「はい。えーと、そのまま革袋に入れてきたんですが……ここで出しても大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。これでも私は担当官になって五年になりますから、数多くの魔物を見ていますし……あぁっ……!」
意を決して革袋に手を入れ、レッドフェイスを台に置く。あまり良い感触ではないので、賞金がもらえたら手袋を調達して装備したい。
「こいつなんですが……うわっ、ど、どうしたんですかルイーザさん」
「……本当に倒してきたんですね……あぁ……まさかここまで素質のある人だったなんて。私、完全に見誤っていました……」
ルイーザさんは顔を赤らめ、頬に手を当ててうっとりしている。女性にそんなふうに見られたことがないので、免疫のなさが露呈しそうになってしまう。
「え、えーと、ライセンスに表示されてる通りです。俺と、傭兵のテレジアと、さっき運ばれてきたキョウカという人の三人で倒しました」
「いえ……少し失礼な言い方にはなりますが、レベル3のローグとレベル1のヴァルキリーでは、レッドフェイスとの戦闘ではまともに貢献できないでしょう。全てはアトベ様の、未知の職業の力なのだと確信しています。すごい……本当にすごいわ……」
「ル、ルイーザさん、俺も一応男なんで、そんなにすごいすごい言ってたら勘違いしますよ。もっと自分を大事にしてですね……」
このチャンスを逃さず、自分を売り込むべきなのかもしれない。しかし悲しいかな、ここで踏み込めないのが、魔法使い候補者の悲しいところだ。
「……あっ。も、申し訳ありません、私、つい感激してしまって……こんなに素質のある方を担当したのは、担当官になって初めてなんです。貢献度280、これは文句なく、今回同時に転生された方の中では首位ですよ。おめでとうございます」
トップ――久しく聞いた覚えのない、甘美な響きだ。思わず調子に乗ってしまいそうになるが、増長して呆れられないように自重しなくては。
それに、話を広められては困る。その件も相談しておかなければ。
「あ、ありがとうございます……それでルイーザさん、お願いがあるんです」
「はい、何でしょうか? あっ、同期の方々を集めてお祝いをいたしましょうか」
「その気持ちはありがたく受け取っておきます。でも、皆にはまだ知らせないで欲しいんです。レッドフェイスは他のパーティを狙ってた魔物なんですが、居合わせた俺達が止むを得ず倒しました。でも普通なら、俺達のレベルで勝てる相手じゃない」
俺の言わんとするところを、ルイーザさんは皆まで言わずとも分かってくれた。三つ編みにした緑の髪を撫でつけ、神妙な顔で話を聞いてくれている。
「そう……ですね。アトベ様の実力が広まると、きっと利用しようとする人が現れます。担当官としては、それは本意ではありません。不必要な束縛を受けず、自由に探索していただきたいですから」
「ありがとう、ルイーザさん。そう言っていただけると助かります」
「いえ、討伐者の意志を尊重するのは当然のことですから。では、討伐者は明かしませんが、レッドフェイスが討伐されたことは後日掲示板で公表いたしますね」
ギルドの対応が柔軟で良かった。これで懸念は消えて、肩の荷が降りた気分だ。
「レッドフェイスは、これまで何人もの探索者を再起不能にしたり、怪我を負わせた賞金首です。星一つですから金額は多くありませんが、金貨二十枚を支給しますね」
「金貨二十枚……っていうと、どれくらいの価値ですか?」
「銅貨、銀貨、金貨の順で、価値はそれぞれ十倍になります。ですから金貨二十枚は、銅貨二千枚の価値になりますね。ちなみに八番区の食堂では、昼食が銅貨三枚から食べられます」
二年分くらいの昼飯代を、わずか一時間くらいで稼いでしまった。いくら強敵だったとはいえ、こんなに貰ってしまっていいのだろうか。武具が高かったりすると、必要なものを揃えたらそこまで余裕はないのかもしれないが。
「お支払いはどのような形にいたしましょうか。銀行に振り込みか、手渡しになりますが」
「じゃあ百枚分くらい、銅貨で貰ってもいいですか。あとは振り込みで」
「かしこまりました。レッドフェイスについては足型を取って討伐の証拠としますので、素材にするなどはアトベ様のご判断にお任せいたします。ギルドで買い取りもしていますが、解体屋よりは平均的に安くなってしまいますので」
「素材までもらえるんですか。あ……この革袋に入れてたら、すぐに解体屋に持っていかないとダメになりますよね」
「いえ、この袋ならば一日までは、中に入れたものは劣化しません。もっと性能の高い袋ならば容量も大きく、保存期間も長くなります。リュックタイプのものなど、形も色々ございますよ」
欲しい物が増えていくが、計画的に揃えていきたい。一日大丈夫なら、明日の探索に行く前に解体屋に寄っても大丈夫そうだ。
そして、あと聞きたいことが二つある。『信頼度』と、今回の貢献度で算出されるだろう、俺の序列についてだ。
「ルイーザさん、ここに表示されてる『信頼度』なんですが……」
「ギルドでは、探索者が円滑な人間関係を築いているかどうかも貢献度として評価しているんです。一度探索をすれば、喧嘩をしたりしなければ数ポイントは上昇して……」
ルイーザさんはその数値をよく見ていなかったようで、そこを見て固まった。
そしてゆっくり顔を上げる――また赤面している。考えが顔に出やすいようだ。
「ご、ごじゅう……いったい、この短時間でどれだけ親密になられたんですか? しかも普通は信頼度の上昇しない、傭兵の方が相手ですよね……?」
「あ、あれ? その50って、そのまま信頼度が上昇したってことになるんですか?」
「い、いえ……信頼の数値化など本来ならできないものですが、ライセンスはパーティに所属している方の状態から、ざっくりと評価して数値化するんです。よほどのことがなければ、信頼度の上昇による貢献度は5以下になるはずなんです」
――テレジアの態度が変わったのは気のせいではなかった。レイラさんが言うとおり、普通では考えられないほど、俺たちの関係は良好になっていたのだ。
(『後衛』として力を発揮するために、『前衛』『中衛』との関係を良好にする……つまりみんなを支援してるうちに、常識外れの勢いで好かれていくんだとしたら……や、やばくないか?)
男性をパーティに入れたら友情が深まるものだと思いたい。信頼と愛情は同じではない、たぶん、いや、おそらく。
だが、あの鬼課長が『支援』するだけであっさりデレるのではないかと想像した俺を、誰が責められるだろう。
「……どういうことなのか、私も一度同行して見てみたいくらいです。アトベ様のことを知るほど、謎が増えていくばかりですね……」
片眼鏡を掲げて微笑むルイーザさん。彼女が同行してくれたら、俺は後ろから常に『支援防御』することになり、その結果パーティとしての絆が深まることだろう。『支援』の付随効果の悪用などしない、決して。この俺がそんなことをするわけがない。
「アトベ様? どうされましたか、嬉しそうなお顔をされて」
「あ、ああいや。俺もよくわかってないんで、信頼度のことはあまり気にしないでください。最後に、序列のことなんですが……馬小屋とか牢で寝るのは、回避できてますよね?」
「はい、もちろんです。アトベ様の序列は全体で137529、八番区のみの序列にしますと、1124です。八番区の探索者は3000名ほどなので、半分より上になりますね。宿舎は八番区内の宿にある、スイートルームになります。あとで空き室をお教えしますね」
(スイート……ホテルの広い部屋ってイメージだけど。異世界だとどんな感じなんだ)
「……あっ。そういえば……先ほど、治癒師のところに運び込まれたキョウカ=イガラシ様ですが。アトベ様は、彼女と一緒に戦われたのですよね?」
「は、はい。偶然居合わせたんですが……」
「残念ですが、イガラシ様はワタダマを一体倒していますが、レッドフェイスによって戦闘不能に陥っていますし、救助も受けています。現時点の貢献度はゼロになりますので、退院後は馬小屋での寝泊まりになります」
――馬小屋。あの、五十嵐課長が。
「……それを伝えるのは俺の仕事ですか?」
「も、申し訳ありません。彼女の担当官がなりたてなもので、とても言えないと……そんなことではこの仕事を続けられませんよと諭したのですが」
それは言いにくいだろう、あのプライドの高い女性に馬小屋で寝ろなどと。
そして俺はスイートルーム。部屋を代われと言われそうだが、そこは断固として、俺の城を守らせていただきたい――などと考えたところで。
「アトベ様、彼女のことがご心配のようですね。お気持ちはわかります」
「あ、いや……心配といえば心配なんですが、そういう意味じゃ……」
「スイートルームにはふたつベッドがございますから、もし病み上がりの彼女がご心配であれば、泊めて差し上げてはいかがですか? アトベ様は紳士でいらっしゃいますし、問題はないと思います」
俺の序列が低すぎて酷いことになったら泊めてくれると言っていたルイーザさんだが、なぜその発想を課長に適用しないのだろう――そんな疑問より何より。
課長の馬小屋暮らしを回避するためとはいえ、俺のスイートに来ませんかなどと、実際に彼女を前にして言える気がしなかった。