第九話 信頼度
迷宮を出たあと、ギルドに戻る途中で傭兵斡旋所にテレジアを送り届けると、副所長のレイラさんが迎えてくれた。
「まだ一時間ほどしか経っていないが、交戦して戻ってくるとは勇敢だな。テレジア、使用した武器は職人に預けておけ、血糊を落として手入れをしなければな」
テレジアはこくりと頷く。そして彼女はその場を動かず、俺をじっと見ていた。
「……む? 普段なら、何も言わずとも自分で戻っていくのだがな。テレジア、何か伝えたいことでもあるのか」
「…………」
「と言っても、話せなければ分かりようがないか。私も『以心伝心』の技能を持てればよかったのだが」
今日一日一緒に行動して、協力して戦い、強敵を倒した。テレジアには守ってもらったし、俺も少なからず彼女とあっさり別れるのが心残りではある。
しかし、チケットがあればテレジアを雇うことはできる。残り枚数は二枚だが、さらに調達する方法はあるのだろうか。
「レイラさん、明日もテレジアを雇いたいと思ってるんですが……チケットが残り二枚しかないので、購入することってできますか?」
「まず一つ目だが、傭兵は予約することはできない。全ての探索者が平等に雇用の機会を得られるように、訪問時に雇う傭兵を決定することになっている。チケットはギルドで購入することができるが、ひと月あたり購入制限は十枚だ。これも、傭兵に頼り切りになって探索者が向上心を無くさぬようにとの措置だが、それでも依存する者は出てくる」
(ということは……せっかくテレジアと連携ができてきたのに、固定メンバーとして考えることはできないのか)
テレジアはずっとこちらを見ていたが、話の途中で、斡旋所の中に入っていってしまった。
レイラさんは眼帯に隠れていない方の瞳で、俺を興味深そうに見る。その口元には、かすかに微笑みが浮かんでいた。
「ふむ。稀にあることだが、おまえはよほどあのリザードマンに気に入られたようだな」
「えっ……そ、そうなんですか?」
「本来なら魔物使いなどの職でしか、亜人に気に入られることはないのだがな。実を言うと我々にとっても、亜人の精神構造については謎が多い。時には魔物使いでもなく、『以心伝心』の技能もないのに、亜人に好かれる者がいるのだ」
なぜ気に入られたのかということには一つ心当たりがある。先ほど、ライセンスに表示されていた『信頼度が上がった』という部分だ。
『支援防御1』『支援攻撃1』によってテレジアを支援したことが理由なのか、パーティを組んだことが理由なのか。特定するために、ルイーザさんに貢献度について聞くときに、信頼度について質問しようと思っていた。
「まあ、お前の場合は気に入られたというくらいだろうがな。そうであれば話は別だ。それなりの代価は払ってもらうが、テレジアの隷属印を、お前を主人とするように変更することができる。その場合、雇用に必要なチケット百枚を代価として設定している」
(百枚……百回テレジアを雇用できる分の料金。それで彼女を永続的に仲間にできるなら、高いとは感じない)
だが、一ヶ月ごとに購入制限が十枚までなら、十ヶ月待たなければならない上に、その間はテレジアを雇うことができない。何か抜け道がないか、ルイーザさんに聞いてみるしかなさそうだ。
「だが傭兵を買い取るということは、衣食住の世話も全てするということだ。まだ探索者になったばかりで、そんな資金も用意できまい。探索者として経験を積み、それでも彼女を雇いたいと思ったのなら、もう一度申し出てほしい。焦ることはない、他の雇用者を気に入って買われる可能性は、私の経験上はほとんど無い」
――ほとんど。『信頼度』を上げる方法が難しかったり、人によって相性があるならば、レイラさんの言葉通りなのだろう。
しかしできるだけ早く、銅のチケット百枚を用意したい。パーティは前衛と中衛、後衛で構成されているのだから、俺を含めて各二名ずつは集めたい――それに、たった一度の探索なのに、テレジア無しで探索を進めることを考えられなくなるほど、彼女との連携は俺にとって完璧なものだった。
「分かりました。なるべく早くチケット百枚を用意します」
「いいだろう。明日も大丈夫だとは思うが、ここは朝八時から開いているから早めに来るといい」
レイラさんに頭を下げ、俺は傭兵斡旋所を離れる。魔物解体屋が目に入ったが、まず賞金首と表示されていたレッドフェイスを、ルイーザさんに見せたい。討伐した証拠として素材を持ち帰ればいいのかもしれないが。
◆◇◆
ギルドに着くと、中からリヴァルさんのパーティが出て来るところだった。治癒師のところまで課長を運んでくれたあと、再び迷宮の入り口へと引き上げるのだろう。
「おう、アリヒト。あの女探索者は治癒師に預けてきた。あとで病室に移るだろうから、そこで話をしてやれ」
「ありがとうございます、リヴァルさん。本当にお世話になりました」
「まあ気にするな、俺たちはこれを仕事にしてるわけだからな。済まなかったな、帰還の巻物を使えば一瞬で移動できたんだが、あれは高価な上に、使うと貢献度にマイナスが入っちまうんだ。自分の足で救助しないと100も引かれやがる」
「そんなに……じゃあ、巻物を使ったバドウィックのパーティは……」
「『名前つき』に会うまでの行動次第だが、おそらくマイナスで、序列も落ちてるだろうな。まあ仕方ねえ、命あっての物種だ。やつらも懲りて、案内人の真似事なんぞせずに、地道に探索を始めるだろうさ」
レッドフェイスが出なければ、初心者を案内してくれるという意味では恩恵を受ける人もいるかもしれない。だが、そういうのは強い探索者にやってもらわなければリスクが大きすぎる――俺も今回のことで学ばされた。
「アリヒト、明日も『曙の野原』に来るのか? それとも別の星1迷宮に潜るのか」
「まだ決めてはないんですが、もう一度同じ迷宮に潜るつもりです」
「そうか。じゃあ、あの探索者をできればパーティに誘ってやりな。前衛、後衛に特化してないからか、それとも本人の性格なのか、パーティに所属できなかったようだが……レベル1から単身で潜るのは危険すぎる」
初級探索者は特化した職業を集めた方が強い――それが探索者の常識なら、ヴァルキリーという職もレベルが上がれば強くなるのだろうが、ローグと同じように、レベル1では器用貧乏とみられるのだろう。
だがあの課長が、俺と一緒に来てくれるだろうか。上からの態度で抑えつけられるようなら、迷宮国に転生した意味が薄れてしまう。
(……しかしそういう理屈を吹き飛ばすことをされちまったからな。生死がかかると、人の本性が出るっていうが……)
窮地に追い込まれても課長は逃げず、果敢に挑もうとした。人生において常に上手く立ち回ってきたと自認する彼女が、あえて生命の危険を侵したのだ。
しかし、それだけで全てチャラにするほど俺も簡単ではない。話を聞いてみて、もし互いの利害が一致するならば、その時は探索者らしく組めばいい――と結論を出すと、リヴァルさんが面白そうな顔をして見ていた。
「アレか、前世で関係がまずかったとかそういうことか。まあ転生したら本音で話すようになる奴も多いからな。意外に上手くやっていけたりするんじゃねえか」
「そうだったらいいんですけどね。せめて敵対はしたくないんですが」
「ハハハ……よっぽど苦手意識を持ってんだな。まあオッサンの戯れ言だと思って聞いてくれよ。自分を守ってくれた奴を嫌い続けられる奴は、そうそういないと思うぜ。じゃあな、頑張れよ」
好き放題に言ってリヴァルさんは行ってしまった。俺が課長を守ったことにされているが、あながち否定はできない。
難しいというか、無理だろう。あの課長が俺に好意的になるとか、信頼してパーティを組んでくれるとか、想像もできない。
――しかし頭の片隅に、『キョウカ』の信頼度が上がったというライセンスの表示がしっかりと刻まれている。今ページをめくっても確認できるだろう。
『支援回復』をすると信頼度が上がるというのは何となく想像がつくのだが、それで何が変わるのか。目に見えて態度が変わるなんて、そんな都合のいい話は……。
「アトベ様っ……ああ、良かった。お怪我はありませんね、毒も受けていませんね」
俺の姿を見つけて、泣きそうな顔でルイーザさんが駆け寄ってくる。先に担ぎ込まれた課長が意識を失っていたので、俺も無事かどうか心配してくれたようだ。
「見ての通り、俺は無傷です。ルイーザさんのチケットのおかげですよ」
「そ、そんな……私は、全て傭兵斡旋所の方に丸投げしてしまっただけで、そこまで言っていただくようなことは……」
走ってきたばかりというのもあるが、ルイーザさんは顔を紅潮させながら言う。
これから、もっと彼女を驚かせることになるだろうが、彼女には事情を知っていてもらい、できれば今後も秘密を共有してもらう必要がある。
「ルイーザさん、少し耳を貸してもらっていいですか」
「は、はい……何か、内緒のお話ですか?」
ルイーザさんが耳を貸してくれたので、俺は周りに聞こえないように小声で言った。
「レッドフェイスというのを倒したんですが、見てもらってもいいですか?」
――ルイーザさんの驚きは、やはり大きなものだった。俺が離れると、目を見開き、ふるふると唇を震わせている。
収穫の入った革袋を見せると、ルイーザさんは一瞬意味が分からずにいたが、一拍遅れて理解し、周囲に気を配る。
「か、かしこまりました。では、奥の個室にどうぞ……っ」
できるだけ平静を装ってくれているが、声が震えている。俺はどんな結果になるものだろうと期待半分で、革袋を担いでルイーザさんについていった。
※お読みいただきありがとうございます!
ブクマ、評価、感想などいただきありがとうございます、大変励みになっております。
次回は今夜更新いたします。