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悩める古道具屋 -香霖堂のお片付け-

作者: 與七

「さて、始めるとしよう」

今日の香霖堂は臨時休業だ。扉には、ちゃんと「休業中」の札が掛けてある。・・・もっとも、こんな意思表示をしていても、そんな事はお構いなしと言わんばかりに平気で店に入る者も少なくは無いのだが。とりあえず、今日はそんな者が来ないことを祈るばかりだ。


今の僕の目の前には、大量の品物が置かれている。大まかに分けると、店の商品、商品扱いは出来ないガラクタ・欠陥品、僕の大切なコレクション、この三つである。更に細かく分類は出来るのだが、まずはこの三つに分けて整理するのが一番いい。とりあえず、どうやっても動かせそうにない大物は放っておいて、片付けられそうなものから順番に片付けていくとしよう。さて、まずはコレクションを一まとめにするとしよう。


無縁塚をはじめ、幻想郷の各地で拾う道具の中には、非常に珍しい品物や、過去に宝物として扱われてきた物が混ざっていることがある。とはいえ、それはあくまでも僕自身が独断と偏見で判断しているに過ぎない。ちゃんと能力を使い、まさしく宝物であると判断したものを除いて、あとは好き勝手に僕が適当に決めているからだ。見て触って、これはいいものだと僕が思った時点で、コレクションの仲間入りだ。他人から見れば、「ただのガラクタじゃないか」と思われても仕方ない代物でも、僕にとっては大事な大事な物になることは多い。そもそも、本当に宝物と判断された品物であっても、他者から見ればただのゴミ、といったものはたくさん存在している。


「さてと、とりあえずはこんなものかな」

コレクションと決めた品は、店内にインテリアとして飾るようなものがほとんどであるが、そうではないものもいくつかある。直射日光に当たると傷むようなものであったり、他人に本当に触られたくないような一品については、ひとまず倉庫に入れておくとしよう。これらの品は、たまに取り出してゆっくりと眺めるに限る。もちろん、迷惑なお客さんが訪れてない時に、だ。

僕は倉庫に入れる商品を丁寧に梱包すると、大きめの箱に大きさや形を考えて入れていく。こういうのはきちんとやらないと後で後悔する。こういう時ばかりは、商人―いや、コレクターと言うべきか。―としての腕の見せ所かもしれない。よく考えれば、普段お客さんの品を梱包する際は、相手の意向もあるとはいえ、結構ぞんざいにやってる気がしないでもない。・・・前に魔理沙の買った茶碗が真っ二つ、という出来事があったが、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。


倉庫に仕舞うコレクションを詰め終えると、今度は店内に飾る予定のコレクションの品物に目を向ける。このへんはすっきり片付いてからゆっくり考えるとしよう。店内が綺麗になってから、どこに何を置くか考えたほうがいい。

「さて、こっちは・・・」

次に僕は、商品失格のガラクタの山に目を向けた。これらの引き取り先はほぼ決まっているようなものだ。そのほとんどは、河童がよだれを垂らしそうな壊れた機械の残骸や、部品の一部分だからだ。前ににとりに一気に買い取って貰った時は、相当な値打ちが付いたっけ。もっとも、その河童たちでも見向きもしないような品物もいくつかあるにはあるのだが・・・それは完全なゴミとして扱うほかないだろう。ただ、中には知らず知らずの内に周囲に危害を与えるような品物も混ざっていることがあるため、そういうものはやむを得ない、最終手段として紫に頼んで処分してもらうしかない。

「ガラクタの整理はこんなもの、か」

僕は呟くと、整理した品々をもう一度見回した。やはり見る人が見れば、どれもガラクタにしか見えないだろう。でも、僕にとっては、大事な品物であり、河童にとっては、貴重な発明の礎になるものである。さて、まだまだこれからだぞ。


僕はとりあえず、コレクションを仕舞うべく、倉庫の扉を開けた。埃っぽく、黴臭い嫌な匂いが立ち込めている。おそらくは紅魔館の大図書館よりも酷いものであろう。魔法使いの彼女の咳が止まらなくなりそうな位に、だ。

「うーん、ここもか・・・」

思わず僕は呟いていた。店の中もそうだが、この倉庫の中も整理しなければならない。倉庫の中にはすぐに処分しなければならないものはあまりないものの、こちらも物品が溜まり出している。いい加減、古くなったものは大特価か何かで売りさばくもの一つの手かもしれない。実際、何年も前に仕舞いこんで、そのまま放置してある品物もあるからだ。・・・というか、普段動かしてない場所には、正直何を置いたのか覚えていない。どれ、試しに見て見るとしよう。

「えーっと・・・」

埃を被り変色しきった箱を開けてみる。中に入っていたのは、皿や器などの食器類だった。それらはそれぞれ色が異なっているのだが、年数のためか光沢は冴えないものになってしまっていた。

「うーん、なんでこれをコレクションにしようと思ったんだろう・・・」

食器を見ながら僕はそんなことを考えていたが、いや、もしかしたら―とも思った。年数によって変わってしまったのは、食器の光沢では無く、僕の考え、物の価値観や美的感覚なのかもしれない、と。その時は良いと思ったものでも、年数が経てば、考えなどコロコロ変わってしまうものだ。それは、人間でも妖怪でも同じ事である。数年前は宝物に等しく思えたものが、今ではそんな事は微塵も感じさせないものに見えてしまう。そう、今さっきコレクションにすると決めたものであっても、数年後にはどうしてこんなものを―と考えるようになってしまうかもしれない。まあ、とりあえず、だ。

「よし、これは商品として売るとしよう」

それほど歴史がある品物では無く、デザイン自体も普通の食器である。ただ、色が鮮やか―とはいえ、大分褪せてしまっているようではあるが―というだけではあるが、そこそこ人気は出るような気がする。いや、有無を言わさず紅魔館の主人の吸血鬼が買い占めていきそうな、そんな予感がするのだ。そうと決まれば、これは商品の場所に配置転換だ。

(うーん、でもそうなるとなぁ・・・)

僕は少々、不安に感じていた。この食器のように、コレクションから商品に配置換えになるものがゴロゴロ出てくる可能性は高い。いや、それどころか、商品にすらならないガラクタも多数出て来そうだ。倉庫の中も相当整理してなかったからな。全部終わるまで、相当時間が掛かりそうだ。

「まあいいや、次は―」

悩んでいても仕方ない。ちゃっちゃと倉庫の中を片付けるとしよう。次に片付けるのはどれにしようか。

「ん?」

ふいにある箱が目に止まった。棚の端に置いてある小さな箱である。表面に何か文字が書いてあるようだが、埃が溜まっていてよくわからなかった。

「これは―」

埃を叩くと、僅かにうっすらと文字が浮かんでいた。そこに書いてあったのは「Album」の文字である。これはアルバムが入っている箱だったのか。

「アルバムか・・・」

僕は思わずその箱を手に取ると、箱を開けて中を見た。アルバムが並べて詰められている。ただ、その裏表紙には何も書かれていなかった。これは、ちゃんと順番どおりになっているかも怪しい。まあ、それは仕方のない事かもしれない。百年を超えて生きていると、いつに何々があったかというのは、余程印象的な事でもない限り、記憶の片隅に追いやられてしまうからである。これもまた、半妖としての宿命か。


「どれどれ・・・」

僕はまず、一番右のアルバムを開いてみた。これらの写真は多分、その多くが文によって撮影されたものであろう。まあ、はたてや迅六によるものもいくつかはあるだろう。何年も前は当たり前であった、「あの時の日常」だ。今よりも店内の品物が少ない頃の香霖堂の姿が、そこにはあった。お茶を飲みながら読書をしているかつての僕。・・・正直、今の僕とほとんど変わりのない姿ではある。だが、二枚目以降はそうではない。そして、今では見ることのできない、撮影することのできない写真がいくつもあった。

「っッ・・・!?」

―思わず僕は息を呑んだ。笑顔で語らう博麗の巫女と、妖怪の賢者。いつも見慣れていたはずの光景ではある。何年も前の話ではあるが。だが、現在ではこうして写真の中でしか見ることができない光景だ。赤いリボンを頭に着け、同じく赤い巫女装束を着た少女であるが、それは霊夢でない。長い艶やかなロングヘアに、霊夢よりも若干大人びた印象を受ける顔立ち。紛れもない、先代の博麗の巫女である。彼女もまた、お客人では無いお客人として、ここによく訪れていたっけ。ツケを何回も溜め込んでいて、それを意にも介していない―そんな所まで、今の霊夢とほぼ一緒だった。だが、そんな彼女と過ごした日々はこの写真を再び見るまで、ほぼ忘れかけていた。そうだ、そうだった・・・

「紫も、か・・・」

写真に写る笑顔の紫の顔を見て、僕は思わず呟いていた。先代の博麗の巫女とも、紫は親しくしていたっけ。お互いなんだかんだいいながらも、仲良く色々やっていたんだった。宴会に悪意ある妖怪の討伐、そして神社や香霖堂での雑談。

「あんまり、今とも変わらないのかな・・・」

人物が違うだけで、「博麗の巫女」に対する「妖怪の賢者」としての態度はそんなものなのかもしれない。いや、それはないか。紫が時たま霊夢に向ける表情。あれは霊夢にしか見せたことは無い。もちろん、先代の博麗の巫女にも似たような表情を向けてはいたが、それとはまた違う。言葉にし難いのだが、信頼・愛情・尊敬・・・挙げればキリがないのだが、そういったものが複雑に絡んだような印象を受けるような、そんな感じだったような―

「うーん・・・まあ、いいや」

深く考えるのはやめておこう。どうせ彼女は、僕に対しては胡散臭い怪しい笑顔しか向けてこないのだから。

『霖之助さん、カッコいいー!』

普通であれば称賛になるであろう、そんな言葉も、僕にとってはお世辞にすらなりはしない。

僕はもう一度、アルバムに目を向けた。写真を見ていくうちに、先代の巫女のみならず、次々に懐かしい面々が目に入ってくる。アルバムを捲る僕の手が時々止まり、思わず名前を呟く。懐かしいあの人が、元気だった頃の彼が、やんちゃだった彼女が―。顔が目に入る度、何度も僕は呟いていた。

当然の話ではあるが、妖怪や神や妖精といった面々は、今とほとんど変わっていない。それなのに、人間だけはどんどん成長し、年老いていく。老いた人物がそれまで写っていた写真から消えてしまった時―。死という逃れられない定め。自然の摂理ではあるものの、やはり悲しさを覚えずにはいられなかった。中には、もう二度と会えない顔もあった。


「阿弥・・・!」

再び僕の手が止まった。写真に僕と一緒に写っていたのは、八代目の阿礼乙女である。どことなく寂しそうな笑顔を浮かべる彼女も、よくこの店に来ていたっけ。幻想郷縁起の編纂には、僕も付き合わされたことが何度かあった。御阿礼の子の転生の話は少し齧った程度でしか知らないが、それに見合わないアグレッシブな面もあったな、彼女。それは次代の阿求も引き継いでいる気がしないでもない。

懐かしい面々を見て感傷に浸っていた僕だが、とあるページの写真を見て思わず吹き出してしまった。そこには、全身を真っ黒に染め大泣きしている幼き日の魔理沙と、茫然と立ちすくむ僕の姿があった。

「なんだったっけな、これ・・・」

よくは覚えていないが、多分店の品物に悪戯した魔理沙が酷い目にあったというところだろう。しかし、今ではいい思い出ではあるものの、当時は相当迷惑だったな。

「まったく、昔からお転婆なところは変わってないな」

やれやれと思いながら僕は溜息を付いた。元気いっぱいで好奇心旺盛で、いつも店に遊びに来ては店内の品物を引っ掻き回している。親父さんの影響か、当時から香霖、香霖と僕のことを何度もそう呼んでいたなあ。

『私、将来は香霖のお嫁さんになるんだぜ!』

そんなフレーズも何回聞いたことか。まあ、この年代だったら可愛いもんだ。まさか、今でもそんな事を本気で思っているわけじゃあるまいし。

更にページを捲ると、当時はまだ普通の少女だった霊夢の姿があった。彼女も魔理沙程ではないものの、色々やらかしてくれたなあ。

「この子が将来、博麗の巫女になるなんて思ってもみなかったよ」

思わず僕は声に出していた。まあ、魔理沙もだが、人間どうなるかわからないものだ。二人とも、現在の幻想郷には必要不可欠な存在であるからだ。もしかしたら、今この店にたまに訪れる幼い子供たちの中に、将来の幻想郷を背負っていく人物が生まれるかもしれない。全然想像がつかないけど。


僕は再びページを捲り始めた。とあるメンツの写真に目が止まる。

「しかし、変わらないな。この面々は」

僕は写真を見て、もう一度呟いていた。写真に写る妖怪や神や妖精は、今とほぼ変わらない姿のままである。集会後に訪れたのだろうか、鴉天狗と白狼天狗の団体さん、にとりに引き連れられたのであろう、ガラクタ(本人たちはそう思ってないのだろうが)に目を輝かせる河童たち、退屈しのぎかからかいなのか、店内で無邪気に遊ぶ妖精たちなど、今でも全く同じシチュエーションで撮れそうな写真が多数あった。


「こうして見ると、人間の一生というのは、案外あっと言う間なんだな」

僕は思わず溜息を付いていた。こうして写真として残っているものの、それが無ければ過去の思い出と言うのは記憶の端から消えていくことも多い。それに、人間にとっては日常の変化と言うのは微々たるものである。人生というのは、一生というのはその微々たるものの積み重ねで出来ている。意識していても、していなくても、あっという間に月日は過ぎていく。僕は立場上、人の一生を最初から最後まで見る機会は多いが、仮に一人の人間として生きていた場合、あっという間に人生は終わってしまうと感じるだろう。そうなると、多くの人間は大抵不安に思っているだろう。老いと死の恐怖だ。幻想郷では例外的な者もいるが、基本的にこの二つからは逃れる事は不可能だ。中には年を取りたくない、死にたくない、そう思っている者もいるはずである。だが、そんな事を考えてもナンセンスだ、と僕は思う。人間は感覚にしてあっという間、短い間に一生を終える。その中で、どう生きていくか、そしてどう死んでいくか、それが全てではないかと。限られた時間の中で、ある者は何かに夢中になって、ある者はがむしゃらに何かを追いかけ、あるものはただ何となくでも日々楽しくやっていく―それが人の一生なんだろうと。実際、かの八代目・阿礼乙女もそうだった。彼女が僕に見せた最後の顔は、満面の笑顔だった。普通の人間よりも少ない、限られた時間を、彼女は最初から最後まで精一杯、楽しく生ききった。

だが、中には志半ばで逝ってしまったり、不慮の事態でこの世を去る者もいる。そんな者も、何人か僕は見てきた。つくづく運命というのは、残酷であるなとも思う。


「おっと、まずいな」

どの位時間が経ったのかわからないが、思わずアルバムに見入ってしまった。今日は整理が終わるまでそれに集中、とそう決めていたのにこの有様である。大分時間を無駄にしてしまった。

「・・・整理し終わったら、もう一度じっくり見ようかな」

僕はそう呟くと、とりあえずアルバムの入った箱を持ち、店内のテーブルの脇に置いた。


「ふう、終わった・・・」

ようやく、店内のものの整理が終了した。結局、夜遅くまでかかってしまい、今日の香霖堂は一日中休業状態となってしまった。しかしその甲斐あって、店内は大分片付き、すっきりした。あとはある程度品物を裁いて、河童にガラクタを買い取って貰えばいい。それで万事解決だ。

「さて、せっかくだから特価セールにでもしてみようかな」

僕は並べた品物を見ながら、笑顔で呟いた。


翌日、僕は外に『香霖堂 現在大特価セールス中 品物が無くなり次第終了』の看板を立て掛けた。手作りで不格好な看板ではあるが、それはまあ仕方がない。さあ、香霖堂、営業再開である。とはいえ、すぐに客が来るとは限らないので、僕はそれまで先日のアルバムを見て過ごす事に決めた。訪れるお客さんとの話の種にもなりそうだからだ。

「えーっと、どこまで見たかな」

僕がアルバムのページをパラパラ捲っていると―


―カランカラン


扉の開く音が店内に響く。おっと、もうお客さんが来たのか。やれやれ、仕方ないな。さて、一体誰だろう?まともなお客さんだといいけど。


「いらっしゃい」

僕は訪れたお客人に対して、笑顔で声を掛けた。

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