記憶
記憶
「やっと思い出してくれたんですね」
小都音は顔を俺の胸に埋めながらは応えた。
ぎゅっと、小さな力で抱きしめられる。
「悪いな、待たせてしまって」
「いいえ。そんなこと……。この瞬間がきたこと、私はとてもうれしいんです」
伏せていた顔をあげる。
うっすらと目元が濡れていた。
「どれくらい、思い出しました?」
その声もすこしばかりうわずっているようだった。
湿るそれを指ですくい、頭を撫でる。
「どうだろう。覚えていないことの方が多いかな。最後に俺たちがいたあの時代は今から何年、いや何百年前になるんだ?」
「いつなのでしょうね。調べてみたことがあるのですが、この時代の考古学では明らかになっていないようなんです。あのときの帝の名前すらどこにもないんです」
「そうか。……前回が2度目だよな」
「ええ。1度目のときのことも覚えていらっしゃいますか?」
「ああ、うっすらと。俺たちは別々の小さな村に住んでいた」
緑が多い場所だった。森に入るとそう遠くないところにを川が流れていた。
都からは遠く、静かな暮らしを営んでいた。
「そうです。私の村には神社があって、1枚の鏡が祀られていた」
「思い出してきたよ。俺の村には、あの宝石が祀られていた」
「私は巫女の、あなたは司祭の血族だった。私たちの村は交流があって、そして私たちは出逢った」
「俺たちは愛しあっていた。それなのに……。あのときの帝も俺たちのような存在を恐れていた」
「ええ。はじめに私の村が夜襲にあった。私一人だけ運良く助かったけれど、村のみんなは……」
「その後、お前は俺の村で共に暮らした。でもそこにも奴らはやってきた」
「お互い、なんとか村に伝えられていた秘術だけは守り通しました。けれど、結局私たちは殺された」
そうだ。そして一度目の転生の儀式をおこなった。
その儀式は、小都音の村に祀られていた未来を見せる鏡と俺の村に祀られていた霊魂の栫と呼ばれる紫水晶を用いておこなわれる。
それらはそれぞれ、転生したい未来を選ぶための鏡であり、剥き出しになった人の魂を守るための水晶だ。
お互いの村が大切に守ってきた儀式だ。
その力が悪いことに使われないようにと、2つに分けて守られてきた。
「あの鏡はもう?」
「実はそれもまだ……」
小都音は小さく首を横に振る。
「あれも見つけ出さないと……。あれは私たちの祖先が大切にしてきたもの。必ず取り返さないといけないんです。でも、どこにあるかすら検討もついていません」
「水晶を奪っていったやつらが一緒に持っていればいいんだが……」
「もしそうであれば幸運です。でも今は水晶の方を……。必ず返してもらいましょうね」
「ああ、そうしよう。かならずだ」
……小都音は大切なものだからというが、取り返す理由はそれだけではない。
水晶は使われるたびに紫色の部分が減っていく。
それは霊魂を栫う――守る――力の減衰を表している。
あの色合いだと、もしも今回も失敗し命を失うようなことがあれば、転生をおこなえるのはあと1度か2度というところだ。
もしも何ら関係のない魔術に紫水晶が貯蔵する魔力が使われるなどということになれば……。
そんなことは許し難い。
ふと小都音と目が合った。
「そんなに怖い顔をしないで。大丈夫だから」
心配させてしまったようだ。
「ああ、ごめんな。大丈夫だよ」
さっきこいつを死なせないと誓ったばかりじゃないか。
この昔と変わらない可愛らしさと愛らしさと美しさを失わず、いまも優しく微笑みかけてくる最愛と呼ぶに相応しいパートナーを、今度こそ守ると誓ったのだ。
自分を戒め、いつの間にかこわばっていた表情をゆるめるように努力する。
時折、乱気流による揺れを感じながら空の旅が続く。
フランクフルト、アテネと経由し半日の時間をかけてようやく目的地の島が窓の外に見えてきた。