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「チケットとパスポートを拝見致します」


 瞬間、血液を送る心臓の鼓動がワンテンポ速くなる。

 協会が用意した偽造パスポートがバレるとは思えないが、偽造探知装置は急速に進歩しているらしい。


 航空地上係員がパスポートを機械にかざし、写真と俺とを見比べる。


「はい。お返し致します。フランクフルト、アテネを経由しての旅になります。お荷物は……」


 二人分の荷物を入れたスーツケースを渡し、チケットとパスポートを受け取り、ラウンジへと移動する。




 捕らえた男の海馬(かいば)から読み取った情報と占いの結果を総合判断した結果、太陽神ヘリオス、聖ヨハネ、城塞都市などのキーワードが浮かび上がった。


 キーワードから調べていくと、それが指し示す場所はすぐに明らかになった。

 便利な世の中だ。

 月代が操作するパソコンのディスプレイには、エーゲ海を眺めるリゾートが映っていた。





 ジャンボ機が地を離れ機体が高度をあげる。


 巡航高度1万メートルに達しシートベルト着用のランプが消える。


 機長のアナウンスが流れる。


「フランクフルトまで12時間。長いですね」


「だな。なあ、相手は何を企んでいると思う?」


「なぜ水晶を狙ってきたのか……ですか?」


「ああ」と、頷き返す。


「ホテルでの襲撃に、組織に入り込んでいた内通者……」


「かなり用意周到ですね」


「単純にあの水晶のもつ魔力量を(ほっ)したと考えれるが……」


「なにか規模の大きい魔術の媒体に使おうとしているかもしれませんね」


「そうなると、かなりの犠牲がでる可能性もある。できるだけ早く事を済ませないとな」


 カルト集団のように街に毒ガスを撒き散らすような品格のカケラもないことに使われるのはごめんだ。


「ですね。……でももしかして、水晶の本当の使い方を……」


「うん?」


「いえ、なんでもありません。それよりも今は……」


 そう言って、しなだれかかり、頭を胸に預けてくる。


「ふふ。心臓の鼓動はいつもどおり」


「そうか?」


 じゃれるように指を胸に沿わせてくる。

 くすぐったい。

 絹のような漆黒の髪を()くように撫でる。


「寒くないか?」


「ちょっとだけ」


「ほら」


 エアコンの効いた機内に備え付けの薄手の毛布を肩にかける。


「ありがとうございます。あなたはいつもやさしい」


 そういって心地よさそうに目を(つむ)る。

 少しして静かな寝息に変わっていった。

 空の旅はまだまだ長い。

 俺も少し眠気を感じ、目を閉じた。

 機体のエンジン音、アナウンス、人々の話し声、赤ん坊の泣き声さえも次第に遠ざかっていく。




***




 月代と駆け抜けた戦乱の世。


 あれは確か……。


 時の帝が世を治めて2度目の戦。


 人と異なる者には畏怖の念が向くのが道理というものだ。

 昔から、様々な信仰が貿易により伝わってきた。

 しかし、帝に認められている信仰は仏のみ。

 他国の宗教、陰陽術、魔術、妖術――それらを信仰する者は皆虐げられた。

 虐げられる側は同盟を結び、一揆を起こす。

 それを排除しようと帝の軍勢は各地で戦争を繰り返す。


 都から離れた農村。

 その村の村長と様々な信仰を持つ者の長が集まっていた。


「これ以上、帝の好きにはさせられん」


「ああ、そのとおりだ。どこまで逃げても追いかけてくる。こっちからやるしかない!」


 そうだ、と皆が同意の声をあげる。


「静まれ」


 同盟を束ねる村長が言う。


「失敗すれば多くが死ぬことになる……。だが、やるしかあるまい」


 雄叫びのように、集った皆の声があがった。


 俺はそれを部屋の隅で黙ってみていた。

 また、戦争が始まる……。


 その後、俺はしばらくして土とわらでできた家に戻った。

 

「ただいま」


 家の中は薄暗い。


「おかえりなさい」


 と女が出迎えた。

 俺と同じく、麻でできた服を着ている。


「どうなりました?」


「結局、やることになったよ」


「そう……」


 左手で何かを掴む動作をすると、鞘に収まった刀が現れる。


清風明月(せいふうめいげつ)、またお世話になります」


 それは愛刀の名前。


 確かこのときの俺は、もうルーンを知っていたはずだ……。

 




***



 場面が飛ぶ。

 血に含まれる鉄の不快な味がする。


「もう……いい……おいていけ……おまえ……ひとりなら……」


「いいからしゃべらないで!」


 黒煙火薬の爆発音、叫び声、金属のぶつかる音。戦の音は遠い。


 いや、ただ耳が聞こえなくなってきただけかもしれない。


 目に映るものもぼんやりとしている。 


「何度……こんなことを繰り返さないといけないんですか!」


 (かす)む景色に見えるのは、紫の両円錐の宝石を胸に下げ涙を流す彼女の悲しみにくれた表情。


「待っていて……。次は必ず……」


 最後の景色は魔法陣の放つ見慣れた輝きと、まだ4分の3はあったはずの紫の部分が半分に減った宝石の輝きだった。


 肉を割く音。


「ごほ……。理靖(りせい)……。運命の歯車が……また……一周するときに……」


 顔に熱い何かがかかる。


 最期(さいご)に肌に感じたのは彼女の重みと体温だった。




***




 今の夢は……過去の記憶。


 ようやく思い出した。


 俺の名前は、理靖(りせい)だ。




 どうして突然思い出したのか。


 もしかするとこの間の件で、一度、リンクしたからかもしれない。


 ああ、そうか。


 お前は初めから知っていたんだろ?


 術を組んだのはお前だものな。


 宝石のことにしても、知らないふりをしていたんだ。


 なんだ、下手な演技をさせてしまった。



 この世界で再会したときに俺の名前を明かさなかったのはなぜだろう。


 自分で思い出せ、ということで納得しよう。




 離陸してまだ5時間。


 こいつはまだ胸で眠っている。


 頭を撫でる。




 いとおしい。


 もう、涙は流させたくない。


 悲しい顔はさせたくない。


 死なせたくない。



 最後にしよう。


 もう死なない。



 俺たちをこの世界に繋ぎ止める宝石を返してもらおう。


「なあ、小都音(ことね)


 できる限りのやさしさを込めて忘れていた名を口にした。



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