旅の果
二年後。
木の幹に腰掛け、目を瞑る。
木漏れ日が心地よい。
そよ風が頬を撫でる。
全てが終わった。
二年前、あの空間を抜け振り返ると、背にした扉の中にはもう桃源郷は消え去っていた。
他の同じむき出しの岩肌の十畳ほどの部屋になっていた。
後日、その理由は明らかとなった。
巻物には転生の秘術の他にもいくつかの魔術が記述されていた。
そのひとつが『桃源郷』だ。
つまり、あの緑あふれる桃源郷は巻物に記された秘術によって生み出されたものだったのだ。
だとすると、その昔、俺が生まれ育ったあの村はなんだったのか。
自然に導き出される答えはひとつ。
あの村やそれを囲む山や林もまた、巻物の秘術によって作り出された世界だったということだ。
誰がそれを創ったのか。
村の司祭をやっていた親父だろうなあ、きっと。
そして今、その桃源郷は目の前にある。
「さあ、靖司。お母さんのところまでおいで」
ぼんやりと、目を開ける。
ゆっくりとした流れの川の横で、着物を着た小都音が1つになる靖司を一歩でも多く歩かせようと躍起になっている。
靖司は手を前に出すようにしてバランスを取りながら、おぼつかない足取りで一歩また一歩と前に進む。
最近、小都音の中で俺の存在が希薄になっているような気がするが、母親とはそういうものなのかもしれない。
村には別荘代わりに大きな屋敷を建てた。
村の外れには今も社が残っている。
紫水晶、鏡、転生の巻物の3つは、今はその社の中に納めている。
ここは3人だけの世界だ。
訪れる者は誰もいない。
もう誰かに奪われることはないだろう。
「この子、眠っちゃいました」
靖司を抱いて隣に座る。
「私達、結局ここに戻ってきたんですね。何百年もかかって、ようやく」
「ああ。時間がかかったな」
「はい。ずーっとここにいたいですね」
「だな。……けど人生あと70年は残っているぞ? それに靖司のためにならないだろ?」
「そうですね。明日にはまた戻らないと」
そう。平日は現実の世界、週末は桃源郷、そういう生活をしているのだ。
協会での小都音は近頃、鏡で観るよりもまともな未来の見方についての研究に勤しんでいる。
鏡は勝手に決めた未来を強制的に見せてくるられる、そうではなく、術者の任意で未来を見て、選択し、決めるーーそんな秘術のような魔術を編み出したいのだそうだ。
落ち着いたら俺も何かしようかなあ。
そうだな……小さな村ではあったが、司祭の息子として元は政に携わる運命だったんだ。
あのときは死んでしまって叶わなかったけれど。
だったら政治にでも手を出すのもいいかもしれない。




