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 氷に潰された老人を背に、俺と小都音は木々の中を進む。


 足元にぽつぽつと生えている花を見る。

 さっき俺に幻覚を見せた花だ。

 一本、摘み取り顔に近づける。


「また夢の世界に行ってしまわないように注意してくださいね」

「ああ、わかっている」


 独特の甘い香り。

 一本だけではそれほど強い効果はないようで、幻覚は現れない。


 緑の広がるこの場所を桃源郷といったのはセンスがいい。


「なあ、ここは自然に存在する場所なのか?

 それとも人工的に創られた桃源郷か?

 はたまた、魔術で構成されているのか?」


「理靖はどれが答えだと思っています?」


「そうだな。ここに入るまでに扉を開けたろ?

 自然に存在しているとすれば、例えばここが火山のカンデラみたいな場所とかが考えられるな。

 そういった場所には、こういった緑が自生したりする。

 もちろん、人工的にだって作れる。

 もちろん魔術でも。

 ただ航空写真にも地図にもこんな場所はなかったはずだ。

 地下にこういった空間を作ることもできるが、あの太陽はどう考えても本物だろう?」


 俺は空とそこに浮かぶ太陽を指差す。


「そうですね。そもそも今、夜ですしね」


 そう。

 今、外は夜なのだ。


「さすがに太陽は人工的には作り出せない。つまり、この空間は魔術によって創られている」


「扉を開けた瞬間的に空間を転移して、時差12時間の場所に飛ばされたとも考えられますよ」


「いや、それはないはずだ。魔術で空間を飛ばされたとすれば、そんな大きな魔術、俺たちが気づかないはずがない」


 ふむふむと頷く。


「ま、考えていても仕方がない。探索するか」


「ですね」と頷く。


「あ、かわいい」


 リスが木の枝に隠れてこちらを向いていた。

 さっと、どこかへ行ってしまう。


 どことなく、懐かしい気持ちになる。

 何百年も前、元はこんな森の中の村に住んでいたのだ。


 しばらく散策してわかったことがいくつかあった。


「かなり広いな」

「ええ。結構歩きましたよね。でもまだ端が見えません。ここを創った術者はかなりのものですよ」

「ああ。それと人はいないようだな。動物はいるが、人間の気配はしない」

「うーん。不思議なところですね」

「ここから先、気をつけろよ。いつもぬかるんでいるんだ」

「あ、はい、ありがとう」


 小都音の手を取り支えて歩く。


「ねえ。もう少しゆっくり歩きましょう?」


 腕を絡めて、寄り添うようにする。

 なんだかデートしている気分になる。

 大昔のように、着物でも着て歩けば様になるかものしれない、なんて妄想がよぎった。


 森を抜けると緑の生えていない更地が広がった。

 その傍らには緩やかにカーブを描く川が流れている。


 なんとなく、ここは集落にするにはよい場所なんだろうなと思った。


 小都音を見ると、何かに驚いたような表情を浮かべている。

 腕を通して緊張が伝わる。


「どうした?」

「いえ。私達、何百年も前の理靖の村の持ち物だった巻物を探してここまで来たんですよね」

「そうだけど、いきなりどうした?」

「もしかすると、ある場所がわかったかも」


 俺はその言葉に驚いた。


「本当か?」

「ええ、いえ、きっとですけど」


 もし、本当に見つかったとしたら、これで水晶、鏡、巻物がすべて揃うのだ。


 先を走る小都音を追う。

 更地の端、林との境に、小さな社があった。


「やっぱりありました……」


 心臓がドクンと跳ねる。

 血が全身に巡る。


 頭を無理矢理に活性化させ、古い記憶を手繰り寄せる。

 この空間で人工物を見るのはこれが初めてだ。

 しかし、それが原因ではない。


「なんで、これがここにある!?」

「ねえ、理靖。気づいています?

 さっき理靖は、初めてここに来たのに、『ここはいつもぬかるんでいる』、って教えてくれたんです。

 もしかすると、ここは平安の時代の、理靖が生まれ育った村」

「そんなばかな。これが魔術ならどうしてそれで俺の村になる!?」


 敵は俺の頭から記憶を抜き取ったのか?


「もしも魔術でこの空間を作っているとするなら、理靖のもっとも古いところの記憶から作り出したということになりますよね? どんなメリットがあって?」

「待て。整理させてくれ」


 いくつかの仮説が頭の中に生じては消えていく。


 最も可能性があるものは…………。

 いや、そうだとしたら、この空間のどこかに、あれがあるはずだ。

 そしてその可能性があるのは、この社の中。

 かつて、あれはこの社の中にあったのだから。


 バクバクと高鳴る鼓動がやかましい。

 その仮説の真偽を確かめるために、俺は社の両開きの扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。


 社の中央に台座が設けられている。

 その台座の上に、あの巻物が鎮座されていた。

 

「うそだろ……」


 巻物を手に取り、開く。


 そこには紛うことなき、あの秘術ーー肉体の転生の法が記されていた。


「理靖、それは本物ですか?」

「まだ、わからない。

 これもこの空間と同じ魔術が作り出した幻想かもしれない。

 確かめる方法はひとつだ。

 こいつをこの空間の外に持ち出してもなお、存在し続けるか否か」

「それなら、すぐにここを脱出しましょう」

「ああ、急ごう」


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