蛇
音を立てないように扉をそっと開く。
通路の奥の十字路で、30から40代くらいの白衣姿の男女3人が合流すると、正面奥に向かって歩き出した。
「葉っぱの栽培状況はどんな感じだ? 最近、こっちの濃縮場に来る量が減っているが」
髭を携えた男が、女に尋ねる。
「あまり芳しくないわ。大量生産には向いてない品種なのよ」
「それだと上の言うペースじゃ量産できないか。
今度、ペースを下げるか、もしくは混ぜものして薬の純度を下げることを提案してみよう」
「そんなことして大丈夫?」
「話の分からない相手じゃないさ。前にいた研究所の所長より遥かにマシだ」
「ならいいんだけど。ね、コーヒーでもどう?」
「ああ。たっぷりと糖分が欲しい。砂糖とミルクたっぷりの」
「チョコバーも追加ね」
「2人とも呑気だなあ。僕は胃がきりきりするよ。なんだか数日前から、警備が厳しくなっているし、栽培所の入り口になんて物騒なのもいるし」
男は神経質そうな表情を浮かべる。
「あなたは気にし過ぎなのよ。これくらい、日常茶飯事よ」
「そういうな。こいつは、まだここに来て2ヶ月なんだ」
3人は右手の扉を開けて中に入っていく。
扉の中を覗くと、大きめの石をレンガのように敷き詰めて作った部屋になっていた。
2つの木製の机を囲むように何人かの人がいた。
「へー、髭を生やした男が来たほうに濃縮設備があるんでしょうか? あとで火をつけないと」
「ここを支えている柱を倒せば、自重で潰れるんじゃないか?」
「じゃあ、火をつけた後にぺちゃんこにしてしまいましょう」
「女の来た方向には麻薬の栽培場所があるのか?」
「行ってみましょう」
女が来た十字路の右手に進む。
変わり映えしない通路をしばらく歩く。
「なんだって、ここはこんなに長い通路が多いんだ?」
小都音はうーんと唸るだけだ。
多分、地盤の弱いところを避けるために、こんなにもうねうねしているのだろう、と自問自答する。
扉が見えてくる。
その扉の前に男が2人。
一人は緑色の長袍を着ている。
もう一人は、この場には似つかわしくないスーツ姿の男。
列車の中で襲ってきた刀を使うあの男だ。
「あら、目的の場所、そろそろ近いようですね。あの2人、やっぱり今までの人間と違いますね」
「らしいな」
さっきまでの奴らは近代的な武器、アサルトライフルで武装していたが、目の前にいる列車であった男は長い刀を、緑色の長袍の男は木製のような棒を握っている。
その棒は、背丈以上もある。
さて、あれはどう使うものなのか?
棒術であれば、この狭い空間で振り回すには長過ぎる。
突きくらいしか出来まい。
「魔術の発動媒体か?」
「ねえ、理靖。
1、瞬時に近づいて斬る。
2、理靖の拳銃でここから撃つ。
3、近づいてルーンで凍らせる。
どれにします? 私は1を推奨しますよ」
「1は却下だ。一番リスクがあるだろ。2もなし。銃声で他の奴らまで集まっちまう。だから3だ」
「一人で二人同時に相手するつもりですか? もう……。
最近、私、何もしてませんよ。腕が鈍ってしまいます」
不満そうな顔を浮かばせる。
なにもさせてないんだよ。
だから、そんな顔をされたって困るんだが……。
不満そうな顔を見ていると、斬らせたくなってしまうのだが、やはりしばらくは我慢させよう。
今はまだ見た目は変わらないが身重なのだ。
「ここで待ってろ。この狭さじゃ同時には襲ってこれない」
「それはそうでしょうけど。……はい、いってらっしゃい。危なそうなら私もいきますからね」
「ああ」
まだ不可視の魔術は継続して発動している。
次いで、死者の特性で、気配を感知することは魔術による方法では不可能だ。
その考えが油断を招く結果となった。
二人の男に5メートルほどに近づいたとき、パリンという、聞き慣れた音がした。
この音はーー。
俺が右手のガントレットで敵の術式を引き剥がすときの音と同じ。
術式を破壊されたのは、今回は俺の方か!?
俺の姿を見つけた緑の男が瞬時に動いた。
「待っていたぞ。やはりお前の言ったとおりだったな!」
「ああ、来ると確信していた。殺していい」
「おう」
手にした長い棒が4つに分割したかと思うと、それが赤い炎を上げて、燃え上がった。
長い棒はヌンチャクだったのだ。
男は襟首に手を当て、何か言ったあと、顔を上げこちらを睨む。
「よくここまで来たな。だがここで仕留めさせてもらう。ーー行くぞ、氷使い」
複雑に振り回される炎のヌンチャクが顔に目掛けて飛んでくる。
「ち」
反射的に屈み、ヌンチャクを避けが、髪が少し焦げた。
同時に握っていた氷結のルーンを刻んだ小石を指で弾く。
男に向かって飛ばしたルーンがヌンチャクに絡め取られる。
ヌンチャクに触れた途端にルーンはヌンチャクの炎を消して凍りつく。
だが、ルーンの氷を溶かすように火力を増す。
凍ったヌンチャクは元通りにまた燃え上がった。
「相性が悪いか」
「甘いな、氷使い」
さっきから氷使いとは誰のことだ? 俺のことか。
そうか、列車での戦いで後ろで佇んでいる刀の男に氷結のルーンを使ったからだ。
それで、炎使いか。
氷に対する対策は万全か。
炎のヌンチャクが胴に向かって飛んでくる。
後ろに跳んでかわす。
通路が狭くやりづらい。
ヌンチャクを振り回している男をよく見ると、首に斑模様の蛇が巻き付いていた。
盛んに朱い舌を伸ばしている。
ギョロギョロとした眼が紅い。
「使い魔でしょうか?」
小都音から念話が飛んでくる。
「かもな」
さっき、あの男は襟首の辺りに何か話しかけていた。
あの蛇を通して誰かと連絡を取っていたのか。
これで俺達の侵入は完全に相手の組織に伝わった、と考えるべきか。
「やっぱり手伝った方がいいです?」
「大丈夫だ。すぐ片付ける」
さて、氷使いと認識されているのならそのまま認識させておいたほうが得策だ。
きっとこの先にいる仲間に、あの蛇の使い魔を通して、戦いの光景を見せているはずだ。
そうであれば、相性は悪いがやはり氷漬けにするのがいい。
霧雨のルーンを選び、放つ。
白い霧雨が辺りを包み込む。
「霧雨? これは……、まずい。おい、引け!」
後ろに控えていた刀の男が焦って叫ぶ。
「こんなもので俺の炎を消せるとでも思っているのか!」
振り回すヌンチャクの炎が触れたところから霧雨がジューっと音を立てて蒸発していく。
「甘いな、そうじゃない」
俺は思いきり男から距離を取った。
そしてさらに氷結のルーンを発動させる。
霧雨がみるみる凍りついていく。
凍てつく大気が緑の男を包む。
ヌンチャクの炎を消し、凍りつき、緑の男を閉じ込めた氷像が1体できあがった。
「さすが、上手いです。残りは私がーー」
ギィィン!
その刹那、金属が打ち合う音がこの狭い通路を木霊した。
一足飛びに間合いを詰めてきたスーツの男の刀を小都音の刀が受け止めた音だ。
縦横無尽に刀の軌跡が走る。
刀と刀がぶつかり合う度に火花を散らす。
手助けしようかと思ったが、剣撃が早すぎて手を出せない。
「ち。しかし、しつこい奴らだ。数年を経て、また我々の邪魔をしにくるとは……何が目的だ?」
刀を振りながら、男が問いかける。
「しつこいって、この仕事に関わってまだほんの数日ですけど?」
「ち、ふざけているのか!」
「そもそも、目的も何も、私達、ただの雇われの身ですから」
刀をぶつけ合いながら言葉を交わす。
小都音は本当のことを言わない。
本当の目的は、組織の壊滅でもなんでもなく、転生の秘術が記された巻物だ。
ここにあるという明確な情報はないが、小都音の占いでそう出たのだ。
男が刀から左手を離し、ポケットから何かを取り出す。
呪符だ。
小都音も左手を離し、右手の力だけで刀を受ける。
片手になった所為で剣撃が軽くなったためだ。
男が小都音に呪符を向ける。
「ふふ、片手を離したその行為は命取りですよ」
同時に、小都音の左手から伸びたもう一本の刀が男の左手を呪符ごと貫く。
刃は、男の胸まで達した。
「がッ。二刀流……? いつの間に刀を……」
「さあ、いつの間でしょう?」
小都音が軽い口調で応える。
小都音は何もない空間から、刀を取り出せるのだ。
刀を引き抜く。
「ぐッお、おれたちで止められなくて………だれがこいつらを……とめられるんだ……。……もう……おしまい……だ…………」
男は壁に寄りかかりながら、フラフラと十字路の方へいく。
「どうする?」
「殺す必要もないです。それよりも先を急ぎましょう」
まあ、小都音がそういうならそれでもいい。
その後、小都音は血の滴る刀を、氷像の中の緑の男の首に突き刺した。
その首に巻き付いていた蛇は、凍りついてもなお、刺されるまで紅い眼を光らせていた。
背後の十字路で女の悲鳴が響き渡った。




