拳銃
一般人に紛れる必要性があるのか分からないが、日本から中国への移動はチャーター機ではなく民間の航空機によるものとなった。
特別に表の世界にも裏の世界にも名前を売るようなことはしていないから、どちらでもいいのだがやはり偽造パスポートの準備とか厄介事も多い。
座席の周りからは中国語と日本語が聞こえる。
時期が時期のため、帰国の途につく者や旅行者、ビジネスマンでほぼ満席だ。
小都音は相変わらず、いつものように俺の体に身を預け、膝の上に載せた腕に頬をつけて眠っている。
いたずら心に、その艷やかな髪が流れる頭を腕置きにしてみた。
少し苦しそうなうめき声が漏れてきたので、今度は人差し指と中指を頭の天辺から首筋までツーっと滑らせる。
悩まし気な表情になった。
おもしろい。
そんなことを何パターンか試したあと、中国に着いてからのことについて思考を巡らせることにした。
今回の表向きの用件は、新生の秘密結社の麻薬製錬所を潰してこいというものだ。
行く先の街はいつかの昔、魔都と呼ばれていた。
その所以は、麻薬や犯罪結社の乱立によるものだ。
数は少なくなったが、今もそのような集団は裏社会を牛耳っている。
そういった集団のひとつが、今回、運悪く小都音の所属する協会に睨まれたのは、日本への密輸によるものだと小都音から聞いた。
どう考えてもドンパチ起きることは確定のようだ。
一人でどうこうなる相手だといいのだが。
しかし本当の問題は、そんな新生の秘密結社の撲滅などではなく、転生の秘術が記された巻物の所在なのだが……。
「ふあ」
小さくあくびを漏らし、膝の上に頭を乗せていた小都音が目を覚ます。
「おはよう」
「おはようございます。もう着きました?」
「いいや。着陸までまだあと2時間ってところだ」
「あら、寝ている間に着くと思っていたのに」
小都音の頭をぽんぽんとする。
「なあに?」
「まだ寝てろ」
「もう寝れませんよ」
はにかんでそう応える。
それなら、幾つかの疑問に答えてもらおう。
「なあ、巻物がどこにあるのか検討はついているのか?」
「いいえ。でも、運命がちゃんと引き寄せてくれますよ。今気にしたって仕方ないですよ」
「そういうものか」
なんとなく無計画、というような感じがしてしまうが、なまじ未来が見える小都音にとっては計画など無意味なのかもしれない。
未来が吉へと向かうのであれば運命に身をゆだねればいいのだし、凶へと向かうのであればそのときこそ緻密に計画を練り運命に抗えばよいのだ。
ーー上海へ到着後、ホテルの一室。
「ちょっと夜風に当たってきますね」
ソファに無造作にかけていたジャケットを手に取り、袖を通す。
「あ、大丈夫ですよ、一人で。それにしたいこともあるんです」
「そうか?」
「はい。そういうわけで、待っていてください」
それからだいたい1時間が経った頃。
コンコンと部屋のドアをノックされた。
? ーー小都音ならノックする必要はない。
警戒すべきか。
はたと思い出し、トランクケースを開け、黒い塊を取り出す。
一丁の拳銃。
最新式でそれほど重さを感じない。
弾倉に17発の縦断。
引き金を引くと約1秒で全弾、射出できるオート拳銃だ。
魔術の発動がルーンを刻んだ小石を投げつけるか、殴るかしかない。
小石はリーチはあるがタイムロスがあるし、殴る方はリーチがない。
拳銃ならそういった弱点を補いやすいこともあり、最近は携帯するようにしていた。
この性能で十万円を切るのでは犯罪がなくなるわけがない。
右手に拳銃を握り、人差し指を引き金にかけ、ドアを軽く開ける。
「じゃーん」
ドアを開けると赤に身を包んだ小都音がいた。
出ていくときと着ている服が違う。
とっさに拳銃を後ろに隠す。
「なんでチャイナドレスになっているんだ?」
「いいでしょう、これ。前から一度、着てみたかったんです。似合います?」
赤をベースに龍の模様が入っている。
髪も結わえられており、銀のかんざしをさしていた。
似合っているかどうかといえば、
「お前に似合わないものなんてないだろ」
「そう?」
小都音の何かが以前と比べて変化しているような気がする。
最近、そんな感じがする。
どことなく、いつも楽しそうなのだ。
その身に命を宿したためなのか。
それとも数百年前の回想を体験したせいか?
いや、記憶を取り戻したのは俺の方だ。
それなら、俺のほうが何か変化したのか。
考えても候補はあがっても答えには行き着かない。
そんなことよりも。
胸の開いたチャイナドレスからはみ出ようとする白い谷間に素直に誘われることにした。




