伝言
よく晴れた日の夜の、ホテルの一室。
「ん、大事なこと、忘れていました」
暗がりの中、ベッドから顔を出し、俺の胸の上で組んだ腕に顔を乗せる。
最中が止むというのはなんだかもどかしい。
「なんのだ?」
不満を言わずそう問う。
「ふふ、次の依頼です」
いいながら、またベッドの中に顔を潜らせ、さきほどまでしていたことを再開させる。
己の肉体を柔らかな唇とその間から差し出る濡れた感触が這うそれは、痺れに似た感覚を脳に送ってくる。
唇の動きは、先程までと異なって規則さがあった。
痺れるような感覚と共に、脳がその規則的な動きが文字を描いていることを理解した。
それに気づき、コツンと小都音の頭を小突く。
背中文字とか伝言ゲームとか子どもの頃にやったあれだ。
「わかりました?」
「ああ、上海?」
「海の文字が複雑なんですよね」
「ならやるな」
髪を梳くように撫でると、小都音は心地よさそうに目を細めた。
数刻後。
部屋の隅に置かれた背の高いランプがひとつ、薄暗く部屋を照らしている。
遮光性のたかいカーテンは外の明かりを一切、中に入れない。
「仕事の内容は?」
「たいしたことじゃないです。それに依頼内容よりも興味があるのは、あの街には古くからのものがたくさん集まるということです。私達の求める最後のひとつですけど、日本国内にはなさそうですし、大英博物館などの博物館にもない、オークションで出回ったこともない。そうなると別の探し方が必要になります」
「確かにな。けど宛もなく探すわけにもいかない。上海なら、……なにより日本に近いか。なくなったときの時代を考えれば中国に渡る可能性も高いか」
「ええ。そういう理由で、数ある仕事の中からこれを選んだんです」
水晶と鏡と巻物。
その中で巻物は、蘇りの秘術が記された大事なものだ。
もう何百年も前に失われたものだ。
内容もほとんど覚えていないが、一文一文は意味を成しそうにもないものだったような気がする。
全体を読み上げてようやく一つの意味を成すような、そんなものだったはずだ。
確か巻物は一度目の蘇りと二度目の死のときにはまだ手元にあったはずだ。
その記憶はある。
その後は?
最後に死んだときも手元に残っていたのか?
そうでなければ、今、この場に蘇ってはいないはずだが。
それとも、水晶が魂の保護の役割を果たし、鏡が蘇る未来を確定させるわけだから、その2つは必須といえるが、巻物は文書であり内容を記憶したり別のものに書き写すことができるから、必須とはいえない?
そうすると、巻物は本などの別の形で残っているのかもしれない。
そのとき、不意にコツンと頭を小突かれた。
「さっきのお返しです。考えごとですが? 怖い顔しちゃって」
「いや、わるい」
「大丈夫。きっと終わりますよ。時代を超えたこの旅も」
カードがそう言っています。
そう続けて、小都音は目を閉じた。
占いの一種ではあるが、小都音のそれは占いの粋を超えている。
八割方、確定といっていい。
ただし、同等の力を持った占い師による干渉がなければだが。
何気なく、まだ膨らみ初めてすらいない小都音のお腹に手をやる。
ここには新しい命が宿っている。
医学ではまだ捉えきれないような小さな命の存在を知らせたのもやはりタロットカードだったらしい。
まだ探しにいかないはずだったが、小都音は予定を早めた。
巻物かそれを写本した何かが見つかることは、ほぼ間違いないのだろう。
けれど、今の小都音はほとんど動けないといっていい。
さすがに、刀を用いた近接戦などすべきではないし、万が一を考えると怖い。
いつの間にか小都音の吐息は浅く規則的なものとなっていた。
眠ったか。
そういえば、依頼された仕事の内容を聞きそびれたが、まあ、また今度でいいか。
俺も目を閉じ、眠気に身を任せることにした。




