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最愛のパートナー 死者と生者の記憶を巡る旅  作者: はせ
第4章 昔語り『一度目の死』
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夢物語

夢物語



 村の一人が息を切らせて屋敷の門をくぐって駆けてきた。


「報告します。帝の軍勢が剣や弓、槍を持って川の対岸まで迫っております!」


「遂に来たか。戦えない者は家の中へ。武器を持つ者は河原の前まで集まるよう号令をかけよ。奴らを迎え撃つ」


「わ、わかりました」


「軍の先陣は私が斬り伏せる。()け」


「は」


 男が一度頭を下げ来た道をまた駆けていく。


「……戦……ですね……お父様、村はどうなってしまうのです?」


「コトネ、何も心配しなくていい。私についてきなさい。月代家に代々伝わる正統流派の裏の剣を教えよう。いつか会得できるように力の流れをよく見極めるんだ」


「裏、ですか?」


「そうだ。多数の武力に抗う(すべ)だ。本来なら知らなくてよい一族の影の部分。教える気はなかったのだが、やはり血の宿命はついて回る。おい、出るぞ」


 後ろに控えていた男が前に出る。


「馬を用意してございます。コトネ様もご一緒に」


「は、はい。ありがとう」


 表に出ると村の大人たちが馬に乗り、鎗や刀、弓を持って出ていた。

 川のある方に目を向けると、松明の火が横一列に並んでいる。

 敵対する兵であることは明らかで、一瞬ひるんでしまう。


「敵は川岸の向こうで足を止めています。ですが、いつ川を越えてくるか分かりません」


「よし。絶対に川を越えさせるな。私が着くまで止めておけ」


「はっ。()くぞ、皆、俺についてこい」


 まとめ役の一人が刀をかかげる。

 村の皆が、いっせいに「おう!」と叫び、空気が震える。


 村の端にある川につく。

 対岸に弓を構えた武士たちが並ぶ。

 帝の軍勢だ。

 お父様が馬から降りる。


「これが帝の答えであるか!」


 鋭い声で対岸の軍勢へ向けて問う。


「邪教は滅ぶのが道理! これまでよくも帝を傀儡のように扱い、たぶらかしてきた! その首、取らせてもらおう!」


「そう解釈するか……。これまで都の発展と安寧のために尽くしてきたというのに。仕方あるまい。皆、殺るぞ」

「おう!」

「いつだって!」


 お父様は視線を対岸から私に移す。


「コトネ、よく見ていなさい。今から見せる技の力の流れを読み取るのだ。この戦が終わったら、いつか使えるように鍛錬しなさい」


 真剣な瞳のお父様に、私の表情は自然と真剣なものとなった。


 刀を抜く。

 一本、そしてもう一本。

 2刀流……?

 刀を水平にし、2本の刀をハサミのように交差させる。


「二刀流、正統、裏――」


 力が刀の波面に伸びる。

 お父様が奥義を使うとき、いつもその力の色はほとばしる銀色だ。

 でも今は違う。

 全てを飲み込むような、黒い力だ。


「――上弦、下弦の月!」


 交差した刀をハサミを閉じるように振り切る。

 真っ黒な斬撃が川向こうまで伸び、まさにハサミのように水平に空間を斬った。


「ひっ」


 私は視界に広がるあまりの光景に後ずさる。


 対岸の武士たちの()が消えた。

 胸から上がぼとっと腰に落ちる。

 そのまま、それが河原に転げ落ちた。

 続けて下半身がばたばたと倒れていく。

 一瞬にして死体の山が築かれた。

 血と肉と臓物が川を赤く染める。


「ひぃいい」


 生き残った後方の武士たちに混乱が起きる。


「に、逃げろー!」


「お、お前たち、に、逃げるな! ()めよ! 逃げたものは打ち首とするぞ!」


「ふざけるな! あんな化け物と戦えるか!」


「お、鬼だ! 鬼がいる!」


「そうだ! あれは鬼の化身だ!」


 逃げる武士たちを見て、村人の一人が刀を振り上げる。


「皆、やつらはおよび腰だ! 一気に攻めるぞ!」


「おお!」


 村の皆が川を越えていく。


「お父様……」


「表は空間を切り開くが、裏の黒い斬撃はすべてを飲み込む。この世から存在その物を消し去るのだ」


 言いながら胸を抑える。


「ごほ……。この年で使う技ではなかったか……。弱った体には堪える。力もそう残ってはいない。もう使えぬな」


「そんな……、もう休んでください。あとは村のみんなでなんとかなります」


「そう容易いものでもない。数が違う……。コトネ、これを」


 お父様が刀を差し出す。


「裏を使うには2刀が要るからね。名は雲心月性(うんしんげっせい)という」


「お父様……」


「そなた、コトネを連れていけ」


「そんな! まさか残るというの!?」


「コトネ様、行きましょう」


「いや、放して!」


「なりません!」


 お父様のあの顔……、不安が掻き立てられる。

 このままじゃ、鏡で見た未来が現実になってしまう……。


「コトネ様、手荒な真似、ご容赦ください」


 頭に衝撃が走り、視界がぐるりと回った。


「かわいい私の娘、お前は何もしなくていい。ただリセイくんを信じなさい。そのために彼を引き寄せたのだから」




***




 気がつくと、鏡のある洞窟の中だった。

 私はここまで連れてこさせられたようだ。

 傍らに雲心月性(うんしんげっせい)が置いてある。


 急いで洞窟を出る。

 もう薄暗い。

 あれから何時間経ったのだろう。

 村のある方は、赤い炎と黒い煙に包まれていた。

 きっともう皆は……。

 信じたくなかった。

 自然と涙が流れた。



 馬を急かせ、何度か尋ねたリセイさんの村を目指す。


 ふざけるな!

 ふざけるな!

 ふざけないでよ!


 手綱に握る力がこもる。

 どうしたらいいかなんて分からない。

 でもリセイさんに伝えないといけないと思った。


 リセイさんならきっと何か思いつくはず……。

 きっと貴方なら。


 村につくとすぐにリセイさんの屋敷に向かった。

 リセイさんはすぐに出てきてくれた。


「コトネさん、突然来るなんて何かあったんだね」

「リセイさん、私……どうしたらいいのか……」


 涙で視界が霞むが構っていられない。


 村では起きたことを話した。

 そして鏡で見た内容も。


「そうか……。みんなはもう……?」


「分かりません。でもみんな……火を放たれて。きっと、子供たちも逃げる先には武士が待ち構えていて……」


 それが鏡が見せた最後の映像だから……。


「そうか……」


 リセイさんは自分の村の事のように顔をしかめる。


「おいで」


 私は飛びつくようにリセイさんの胸に顔を埋めた。

 涙が流れるのをせき止めるものはもはや何もない。


 頭をよぎるのは、この先、私の居場所はないということ。

 お父様に(わたし)がいることを帝は知っている。

 私が死ぬまで、帝は私を追いつづけてくる。

 ここに居つづけてはリセイさんまで巻き込んでしまう。


 こんな世界……。


「どうしようか。ね、コトネさん。コトネさんはこの世界が嫌い?」


頷く。


「そっか……。うん。そうだよね。…………やり直せるなら、やり直したい?」


また頷く。


「分かった。叶えてあげる。その時はどんな不幸をも君から遠ざけると誓うよ」


 私がひとしきり泣いた後、リセイさんは言った。


「本当なら話をきちんと整理したいところだけれど、今は結論だけ欲しい。つまり、鏡で見た内容は真実になるということだね」


 まだ滲んだ目を袖で擦り、背筋を伸ばす。


「そう思います。これはもしかするとなのですけど、屈みに写った未来は変えることのできない未来なのかもしれません。そんな気がしました」


「なるほど。……確定した未来を見せてくるというのか。コトネさん、僕をその祠まで連れていって欲しい」


「そんな! 危険ですよ。村のまわりにはまだ帝の軍がいるかもしれないのに。いえ、必ずいます。きっと私を探しています!」


「それでもいいんだ。それに今ならまだ洞窟は安全だろ」


「それでも!」


「時間がない。僕を信じて」


「だって、そんなことをしたら!」


 そんなことをしたら、あなたは死んでしまう……。

 夢の中で、あなたは私の目の前で地面に転がって死んでいたんだから!


「……そうか。鏡で見たんだね、僕がそこで死ぬのを」


 首を横に振る。


「そうではないんです。ただ、夢で見ただけ……。でも、夢なのに妙に生々しくて……。分かりました。お連れします」


 一緒の馬に乗り森の洞窟に向かった。

 村を出る途中、リセイさんの村の社に寄った。


 森の木々をかき分けた先にある洞窟につき、馬から降りて中へと入る。


「こんなところがあったんだ」


「はい。村の誰も知らなかったはずです。お父様と私以外……」


 鍾乳洞の中を進み、祠のある開けた場所に出る。

 壁の油に火を灯す。


「へえ。結構広い。あの青銅鏡が話してくれた『未来を見せる鏡』」


「そうです。この鏡が私の村で起きた悲劇を映し出したのです」

 

「なるほど。未来を写したのはコトネさんが問いかけてからだよね」


 問いかけてから……確かにそのとおりだ。


「そうですね。私がこれからどうなるのか教えてほしいと言ったら、鏡が未来を映し出しました」


 一歩前に出て、祭壇の鏡と向き合う。


「僕の声も聞いてくれるといいのだけれど」


 着物の袖口から紫色の水晶を取り出す。


「さあ、鏡よ。我が問いに応えよ」


 声を張り上げる。


「ここに魂を死から守護する宝石がある」


 手にした紫の水晶を祭壇の上に置く。

 まっすぐにここに向かわず社に立ち寄ったのはあの水晶を取りに行くため?


「我らの未来を見せよ! これを見ろ!」


 懐からもう一つ何かを取り出す。


「肉体を転生させる秘術がここにある!」


 巻物だ。

 それを祭壇の上に置く。


「この残酷な現世から逃れ、我らが幸福をつかむ未来を見せよ!」


 指でくさび文字の『F』を宙に刻む。


 鏡が映し、私たち2人の死を見せた。

 映像の端には微かに()が浮かび上がっている。

 場面が変わり、私たち2人が共に住まい、生活を送る未来を映す。

 時が流れる。

 進むに連れて映像がぼやけてくる。

 次に、弓に撃たれて戦場で死ぬ未来が映る。

 そして、見たこともない綺麗な壁や床で一緒に花弁を湯船に浮かべて寄り添い合う未来。

 もう映像ははっきりとしない。

 次第に色が薄くなり、元の青銅鏡に戻ってしまった。


「これだ。計算する。待っていて」


「え!? あの……」


 私はなにがどうなっているのかさっぱり分からない。

 リセイさんは、土の地面に何か複雑な計算をしている。

 私はそれをただ黙って見ていた。

 横顔があまりに真剣で、声をかけることなんてできない。


「できた」


 手を止めて、顔をあげる。


「あの、これは?」


「うん。理解することが難しいかもしれないけれど、説明する」


 背後、洞窟の入り口の方向で物音がした。


「おい、ここ怪しいぞ」


「ああ、行くぞ。まだあの邪教の娘が見つかっていないからな。捕まえないと帝様に責められちまう」


 複数の声と足音。

 2、3人ではない。

 もっと多い。


「ち、もう来たのか」


「リセイさん……」


「大丈夫。ここまでの道は複雑だし、水で滑りやすい。すぐには来れない」


 いつ敵が来てもいいように刀の鞘をぎゅっと握り、リセイさんの言葉に耳を傾ける。


「手短に説明する。いい? 僕たちはきっと彼らに殺される。けど、生まれ変わってまた一緒になる。さっき鏡が見せてくれたよね。だからきっとこれは絶対だ」


 そんな……。

 私は戸惑いを隠せずにいる。

 リセイさんも私もここで死ぬ……?

 そして生まれ変わる?

 確かに鏡はそういう(、、、、)未来を映していた。


「大丈夫、信じて。生まれ変わる方法を僕は知っている」


 祭壇に置いた紫水晶を手に取り、かざす。


「まず、僕たちの魂をこの水晶に閉じ込める。そして、僕等に適した肉体が現れたらその体に魂を移し替える」


「そんな、信じられません。本当にそんなことが」


「できる。これは僕等一族に伝わる秘術だ。ただこれには問題がある」


「問題?」


 リセイさんは説明しながら、地面に複雑な模様のような術式を組んでいく。


「うん。水晶に閉じ込めた魂を肉体に移す儀式をする人が未来にいない。本来なら子孫がおこなうものだ。実は、この水晶にはある人の魂が封じられている。これまで僕の一族はその魂を守ってきたのだけど、椅子は多くは用意されていない。邪魔だから僕等のために退けてもらう」


「い、いいのですか、そんな」


「いいんだ。大翁が眠っているそうだけれど、僕は会ったことないからね。天国に逝ってもらおう。それより、未来に術をおこなってくれる人がいないことが問題だ。だから、術式を先に組んでおいて、時が来たら発動するように仕掛ける。魂は適合する肉体が近くにあればそれに吸い寄せられる。でも、適する肉体がないときに術を発動させては大変だ。無防備な魂はすぐにあの世に運ばれてしまう」


「それでは、未来で目覚めるためには、適切な時に術を発動させ、かつ適する肉体が近くにいないといけない……と」


「そう。術式を発動させる年月だけれど、それはさっき、鏡が教えてくれた。映像の端に年が表示されていただろ。その肉体が存在する時代に術式を発動すればいい。でも術式を発動させるには、きっかけとなる事象が必要だ。そのきっかけを与える役を、彗星にしてもらう」


「すいせい?」


 聞きなれない言葉だ。


「彗星というのは、だいたい76年ごとに天を駆け抜ける星のことなんだ。計算してみると、鏡に映し出されていた年を考えると約700年後に術が発動すればいい。彗星が夜空を8回駆け抜けたときに水晶の中の魂が目覚めるようにする。その時、近くに適合する肉体があるはずだ。その肉体に乗り移れば僕等はまた同じ時代を生きられる」


 途方もない夢物語だ。



 

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