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最愛のパートナー 死者と生者の記憶を巡る旅  作者: はせ
第4章 昔語り『一度目の死』
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悪夢

悪夢



 それから半年。


 口付けがゆっくりと首筋から耳たぶに移動する。


「ん……」


 耳にかかる吐息がくすぐったくて、思わず声が漏れた。


 婚姻の儀をあげて、そして村で一緒に暮らして、ずっとずっと愛し合う。

 いつの間にか、そんな未来を夢に描くようになっていた。


 私を抱きしめていた手が浴衣の隙間から忍び込んでくる。


 ちょ、ちょっと待って!

 口と右手と左手で同時に3ヶ所せめるのは反則……!

 お父様やイヨが来たらどうするの!?

 

 刺激が波のように襲ってきて、私は口元を強く手でおさえた。




***




 昼下がり。

 森の奥の洞窟まで馬を走らせる。

 洞窟の中の祠に祀られる『未来を見せる鏡』のことを教えてもらってからは、定期的に鏡に祈りを捧げにいっている。

 お父様からの言いつけという訳ではない。

 自主的というわけでもなく、ただなんとなく、鏡に呼ばれているような気がするのだ。


 洞窟に着くと、馬がどこかに行ってしまわないように近くの木にたずなを結んで、中に入る。

 中は鍾乳石を造る水が滴っている。

 何度も訪れているため、どこが滑りやすいかもう分かる。

 祠につくと火を灯して、鏡の前で手を合わせて目を閉じ祈りを捧げる。


 こうやって目を閉じて鏡と向き合っていると、その鏡の声が聞こえてくるようだった。

 初めはなんともなかったのだ。

 でも最近では、その声が何か意味のある言葉のように聞こえていた。

 それでも空耳だと思っていた。

 今日もその声が聞こえる。

 何かのお告げ……?


「…………ミ…………ロ…………」


「え、なに……?」


「ミ……ロ……」


 いつも違って、はっきりと聞こえる。


「ミロ!」

「ひっ」


 思わず目を開けた。


 目に飛び込んできたのは、




 鏡に映る自分の死に顔!


「いやああああああああああああ」


 必死でその場から逃げ出した。


 恐怖のままに馬を駆る。


 暗い森の中、些細な音にも、背筋がぞくぞくと反応する。


 その日から一週間、毎夜自分の死に方(、、、、、、)を夢で見た。


 死に方はいつも同じ。

 真っ暗な中を地面に落とした松明の炎がゆらゆら照らす。

 背後から迫る複数人の足音がする。

 振り返ると男が手に持った鎗を振り上げている。

 すでに手傷を負っていた男の動きは緩慢だ。

 地面に放り投げられた刀を取れば、十分に対処できるのに、夢の中の私はすでに死ぬことを受け入れている。

 胸に抱く何かにぎゅっと力を込める。

 私の背中に鎗が深々と突き刺さる。

 死を受け入れたくせに、私の体は痛みに耐えれなくて、ひどく顔を歪めて泣きじゃくりながら息絶えるまで、地面に転がったモノ(、、)を強く抱きしめていた。


「もう、いや……!」


 汗だくで目が覚める。


 まただ……。


 首筋を流れる汗を浴衣の袖で拭う。

 肌着が汗で湿っている。


 気が狂わずにいれたのはリセイさんの言っていた通り、剣術の鍛錬の成果かもしれない。

 身を守る刀は、同時に私の心も守ってくれている。

 それでももうぎりぎりだ。



 リセイさんと距離を置くことにした。

 理由なんて簡単だ。

 私が夢の中で抱いてるモノ(、、)は、彼の骸なのだから。


 あんな未来がもしも本当に来るというのなら、そんな未来は何としてでも避けたかった。




***




 数日後。


「最近避けてるよね?」


「な、なんのことでしょう?」


「なんだか素っ気ない気がするだよな」


 たったの数日なのに、リセイさんにはやっぱり分かってしまうのですね。

 でも言えない。


 私のことをよくみてくれているということを、嬉しいと思った。

 私はリセイさんの体に身を寄せて、甘えるように胸に頭を乗せる。


「ごめんなさい」


 頭をやさしく撫でてくれた。




***




 その日の夜、私はお父様に呼ばれて部屋を尋ねた。


「コトネ、近頃はどうだね? 例えば、そうだな。リセイ君とは」

「は、はい。どうなのでしょう」


 避けていること?

 それとも、もしかして婚姻前に契りを交わしてしまったことがバレたとか!?


「ははは、また彼を招いて宴でも開こうかのう。だが、実は今日はそのことで呼んだのではないんだよ」


 なんだ。

 もう、紛らわしいんだから。


「コトネ、忘れないでくれ」


 お父様の表情が真剣になる。


「決して、何があっても余計なことはしないこと。お前は何もしなければ大丈夫だからね」


「…………お父様、それは、どういう……」


 何を言っているのか、よく分からなかった。


「ただ見ていなさい。そのとき、大事なことを教える」


 もしかして、夢のことと関係あるの?

 直感的なものだけれど、術師としてもお父様の方が上なのだ。

 夢を覗くことも可能なのではないか。

 



 それから一週間が経った。

 この7日間、村の大人たちの様子がおかしかった。

 農作業も程々に、剣や弓の鍛錬に精を出している。

 いままで見たこともない光景だ。


 私はまたお父様に呼ばれた。

 障子を開け部屋に入ると、お父様で刀の波面に目を細め、刃こぼれがないか確認していた。

 畳の上に正座して、お父様の言葉を待つ。

 しばらくした後、お父様は刀を抜いたまま顔をこちらに向ける。


「コトネ、我々、月代の一族は未来を見ることに長けている」


 私は黙ってお父様の次の言葉を待った。


「見た未来が、それはそれは悲惨なものだったなら、それが自然による災害ではなく、人が明らかな敵意も持ち、道徳や道理、理屈、言葉に耳を傾けることを放棄し、対話による解決を望まなかったなら」


 お父様はまた一拍おく。


「さて、どうするべきか。我々一族の取ってきた手段は実に単純だ。力で、ねじ伏せる」


 語気を強め、そして刀を鞘に戻す。

 その目の鋭い眼光に、ぞっとした……。


 

 何かが壊れ始めている……。

 やっとそのことに気がついた。


 夜になるのを待った。

 鏡のある洞窟に足を踏み入れる。

 正直、来たくもなかった。

 祭壇のある祠に火を灯す。

 祭壇の上の青銅鏡に向かって叫ぶように言う。


「鏡よ、今、何が起きているのか、教えて! 未来は、どうなるの!」


 青銅鏡が一瞬曇って、すぐに晴れた。

 そこに何かが映し出された。

 屋敷の屋根のような……そうだ、これは帝の宮廷だ。


 いったい、何が起こるっていうの……?


 場面が変わり、帝の寝殿に移動する。


 そこで誰かが帝の髪をわしづかみ、錆びついた刀を振り上げている。


 恐怖に引きつった帝の顔。

 声は聞こえないけれど、必死に助けを乞うている。

 刀が、振り下ろされた!

 鏡が真っ赤に染まって、血が流れ落ちるように元に戻っていった。

 帝だったものから流れる血だまりに月が映った。


「これは……都の滅び……?」


 そうに違いない。

 鏡が映し出したのは、都で反乱が起きて、帝が殺される未来だ。


 ふと、村の誰かが犯人? と疑ったが、見たことない顔だ。


 帝を殺すのは、村の誰かではない。


「鏡よ、回避方法を教えて」


 問うても、鏡は私には何も見せてくれなかった。


 私の力では予知できないの?


 目を閉じる。


 いや、もしかすると回避方法はないということ?


 さっき映った月の形からすると……あと半月は時間がある。

 この未来をお父様は帝に告げたのだろうか。

 帝にあなたは命をなくすが、それを避ける手立てはない、と?

 伝えられるわけがない。

 でもお父様なら……告げるかもしれない……。

 たとえ、それがどのような結末を迎えるか容易に予想できるとしても……。

 それが私たち一族の職務なのだから。


 でも、そうなれば帝は隠すことなく怒りを露にするに違いない。

 私たちを異教徒だといい、邪神教だと罵り、村を焼き払いに来るかもしれない。


 目を開ける。

 鏡が真っ赤になっている。

 血の赤ではない。

 炎の赤だ。

 私の村が燃えている……。


 しばらく、私はその光景から目を背けることができずにいた。





 

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