祠
祠
一月後の満月の夜。
縁側に出て青白い月を眺めていると、お父様がやってきた。
「コトネ、大事な話がある。外に出るから着替えなさい」
「今からなのですか?」
「そうだよ。聖なる場所だから巫女装束にするんだ」
こんな遅い時間に? と思ったけれど、言われたとおりすぐに巫女の姿に着替え、外に出る支度をした。
松明を持つお父様の後をついて歩く。
月と星がよく出ているけれど、決して明るいわけではない。
この方向は……。
この先には、夜は獣が出て危険だからと立ち入りを禁じている森がある。
もちろん私も近づかないようにと固く言われていた。
予想の通り、森に入る。
「あの、お父様……?」
「黙ってついてきなさい。いいね。あまり声を出さないように。獣に襲われては大変だ」
そう言ってお父様は腰にさした刀の柄に手を置く。
木の葉が月明かりを隠し、唯一の明かりはお父様の持つ松明の炎だけ。
背丈よりも高い草を押し退けて進む。
遠くで狼に遠吠えがして、びくりと体がふるえた。
「ここだ」
崖下のつるで被われたところを手でかき分ける。
そこに洞窟が隠れていた。
屈まなければ入れない狭い入り口だ。
「お父様、この中に?」
「そうだ。怖がらなくていいよ。熊などいないから」
促されて洞窟の中を進む。
ぽた、ぽた、と水が滴る音が木霊する。
鍾乳石が地面と天井から牙のように生えている。
恐る恐る進んでいくと、開けたところに出た。
お父様が松明を壁際によせると、瞬く間に壁にそって炎の線が走った。
油がついているんだ。
村の社の中と同じ造り……ここは、神殿だ。
お父様は松明を入り口の壁際に置くと、中央奥の祭壇に一度頭を下げる。
「コトネ。おいで」
「はい」
「これはな……」
祭壇の中央に置かれた青銅鏡を手に取る。
「未来を見せてくるのだ」
「未来を?」
「そうだ」
「『見せてくれる』のではなく?」
「そうだ」
「見せてくる……」
「その通りだ。聡い子だ。これの持つ危険が分かるかね?」
「いえ…………」
「いずれ分かるときが来る。……これは世にも珍しいものなのだ。だが、その危険さ故に表には出せぬ。我ら一族の役目は、この鏡を隠し、守り、運用することなのだ」
私はこのとき初めて、鏡の存在を知るとともに、お父様が何をしているのかを知った。
「なあに。コトネは何も心配しなくてよい。私のあとを継ぐのはまだまだ先のことだ」
けれどね、と続ける。
「もしも、私にもしものことがあったなら……。いや、それよりも、鏡がお前を選んだならだ。そのとき引き継ぐのはお前の役目だよ。巫女としてね」
***
次の日。
今日は、お父様が帝のもとへ行く日だ。
占術師として月に何度か帝へ都の未来を伝えにいくのだ。
「お父様、いってらっしゃい。気をつけて」
「何かお土産を持って帰ってくるよ」
「楽しみにしていますね」
私はと言うと、林に馬を走らせ拓けたところで、いつものように剣術の練習をする。
木の枝を束ねた人形と対峙し間合いを取る。
頭の中に、右肩から袈裟斬り、刀を返し、左下から逆袈裟斬りにする連続技のイメージを描く。
「やっ」
イメージ通りに体を動かす。
一足跳びに間合いを縮め、正眼から右袈裟斬りを決め、刀の刃を返し、左下から斬り上げる。
人形に、×印の斬り込みが入る。
ふう……。
額の汗を拭う。
「やあ」と突然、背後から声がした。
振り返ると太い木の横にリセイさんがいた。
「え!? ちょ、ちょっといつから!?」
声が裏返りそうになるのをなんとか抑えた。
「それを斬る前、かな?」
「もう。声をかけてくださればいいのに」
「だって、あまりにも真剣だからさ。君の横顔に見とれてた」
…………。
「へー。後ろに立っていても横顔って見れるんですね。器用なお方なんですね」
「あはは。そう、器用なんだ」
まったく、このひとは……。
「コトネさんはどうして巫女なのに刀を振るうの?」
「え、うーん……」
今まで問われたことのない質問だ。
「きっと、お父様のお言葉のせいかもしれません」
「お父上の?」
「はい。剣術の鍛錬は、身を守る術としてだけでなく、心を鍛える術としても役立つと」
「ああ、なるほど。僕も司祭の子息として儀式なんかをするけれど、心を守ることは大事だね」
「リセイさんのところでは何を祀っているのですか?」
「うーん、実はまだ父に御神体を見せてもらったことがないんだ。ただ、ある人の魂が穢れないように、守っているって聞いたことがある」
「ある人の魂?」
「詳しくは聞いていない。ある夜にこっそり、聞いていただけだからね。コトネさんのところは?」
「私は……」
言っていいものかと少し迷った。
お父様には他言しないようにと言われていた。
でもリセイさんは教えてくれたのだし、少しは……。
「私のところは、未来を占うんです」
「未来を? じゃあなんでもできるじゃないか! 望まない未来を回避して、望む未来を手繰り寄せれる」
「そこまでいくと未来の確定ですよ。私はただこの先どうなるのかを知るだけ。でも備えることはできますね」
「そうか。だから君のお父上は……。強い心がないと、不幸な未来の幻想に押し潰される。力がないと不幸な未来に抗えない」
そうなのかな?
でも一理あるかもしれない。
「僕の父は勉強、勉強ってうるさいよ。身を守るのは知識だっていつも言ってる。今もなんだかよくわからない文字を学んでる」
「それはどのようなものなのですか?」
「くさびがた文字の一種。一文字一文字に意味があってね。それを媒体に色々な術が使えるんだ」
へー、おもしろい。
興味が湧いた。
「リセイさんは使えます?」
「ううん、まだ習ったばかりだからね」と首を振る。
「でも、不思議な縁だ。魂は過去の象徴。一方で君は未来を扱う。過去と未来。まさか、父たちはそれを狙って? なにか新しいことをするつもりなのか……」
「何か?」
「わからない。ただ、なんだろう……何か嫌な予感がする……。まあ気のせいかもしれないね」
私たちの間に風が走った。
もうそれ以上その話は止めておけ、と言っている気がした。
「帰りましょう。リセイさんの馬は?」
馬にまたがり問う。
首を横に振って返してくる。
「あの、どうやってここまで?」
「付き人が、ね。先に返してしまったけど。乗せてくれる?」
「……変なところ触らないでくださいね」
「えー」
「えー、じゃない!」
「いたっ」
私の後ろに乗ってまわしてきた手の甲をつねってやった。
本当にまったくこのひとは!




