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最愛のパートナー 死者と生者の記憶を巡る旅  作者: はせ
第4章 昔語り『一度目の死』
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(ほこら)



 一月(ひとつき)後の満月の夜。


 縁側に出て青白い月を眺めていると、お父様がやってきた。


「コトネ、大事な話がある。外に出るから着替えなさい」


「今からなのですか?」


「そうだよ。聖なる場所だから巫女装束にするんだ」


 こんな遅い時間に? と思ったけれど、言われたとおりすぐに巫女の姿に着替え、外に出る支度をした。

 松明を持つお父様の後をついて歩く。

 月と星がよく出ているけれど、決して明るいわけではない。


 この方向は……。

 この先には、夜は獣が出て危険だからと立ち入りを禁じている森がある。

 もちろん私も近づかないようにと固く言われていた。

 予想の通り、森に入る。


「あの、お父様……?」


「黙ってついてきなさい。いいね。あまり声を出さないように。獣に襲われては大変だ」


 そう言ってお父様は腰にさした刀の柄に手を置く。

 木の葉が月明かりを隠し、唯一の明かりはお父様の持つ松明の炎だけ。

 背丈よりも高い草を押し退けて進む。

 遠くで狼に遠吠えがして、びくりと体がふるえた。


「ここだ」


 崖下のつるで被われたところを手でかき分ける。

 そこに洞窟が隠れていた。

 屈まなければ入れない狭い入り口だ。


「お父様、この中に?」


「そうだ。怖がらなくていいよ。熊などいないから」


 促されて洞窟の中を進む。

 ぽた、ぽた、と水が滴る音が木霊する。

 鍾乳石が地面と天井から牙のように生えている。

 恐る恐る進んでいくと、(ひら)けたところに出た。

 お父様が松明を壁際によせると、瞬く間に壁にそって炎の線が走った。


 油がついているんだ。

 村の社の中と同じ造り……ここは、神殿だ。


 お父様は松明を入り口の壁際に置くと、中央奥の祭壇に一度頭を下げる。


「コトネ。おいで」


「はい」


「これはな……」


 祭壇の中央に置かれた青銅鏡を手に取る。


「未来を見せてくるのだ」


「未来を?」


「そうだ」


「『見せてくれる』のではなく?」


「そうだ」


見せてくる(、、、、、)……」


「その通りだ。聡い子だ。これの持つ危険が分かるかね?」


「いえ…………」


「いずれ分かるときが来る。……これは世にも珍しいものなのだ。だが、その危険さ故に表には出せぬ。我ら一族の役目は、この鏡を隠し、守り、運用することなのだ」


 私はこのとき初めて、鏡の存在を知るとともに、お父様が何をしているのかを知った。


「なあに。コトネは何も心配しなくてよい。私のあとを継ぐのはまだまだ先のことだ」


 けれどね、と続ける。


「もしも、私にもしものことがあったなら……。いや、それよりも、鏡がお前を選んだならだ。そのとき引き継ぐのはお前の役目だよ。巫女としてね」




***




 次の日。

 今日は、お父様が帝のもとへ行く日だ。

 占術師として月に何度か帝へ都の未来を伝えにいくのだ。


「お父様、いってらっしゃい。気をつけて」


「何かお土産を持って帰ってくるよ」


「楽しみにしていますね」



 私はと言うと、林に馬を走らせ(ひら)けたところで、いつものように剣術の練習をする。

 木の枝を束ねた人形(ひとがた)と対峙し間合いを取る。

 頭の中に、右肩から袈裟斬り、刀を返し、左下から逆袈裟斬りにする連続技のイメージを描く。


「やっ」


 イメージ通りに体を動かす。

 一足跳びに間合いを縮め、正眼から右袈裟斬りを決め、刀の刃を返し、左下から斬り上げる。

 人形に、×印の斬り込みが入る。


 ふう……。

 額の汗を拭う。

 


「やあ」と突然、背後から声がした。


 振り返ると太い木の横にリセイさんがいた。


「え!? ちょ、ちょっといつから!?」


 声が裏返りそうになるのをなんとか抑えた。


「それを斬る前、かな?」


「もう。声をかけてくださればいいのに」


「だって、あまりにも真剣だからさ。君の横顔に見とれてた」


 …………。


「へー。後ろに立っていても横顔って見れるんですね。器用なお方なんですね」


「あはは。そう、器用なんだ」

 

 まったく、このひとは……。


「コトネさんはどうして巫女なのに刀を振るうの?」


「え、うーん……」


 今まで問われたことのない質問だ。


「きっと、お父様のお言葉のせいかもしれません」


「お父上の?」


「はい。剣術の鍛錬は、身を守る術としてだけでなく、心を鍛える(すべ)としても役立つと」


「ああ、なるほど。僕も司祭の子息として儀式なんかをするけれど、心を守ることは大事だね」


「リセイさんのところでは何を祀っているのですか?」


「うーん、実はまだ父に御神体を見せてもらったことがないんだ。ただ、ある人の魂が穢れないように、守っているって聞いたことがある」


「ある人の魂?」


「詳しくは聞いていない。ある夜にこっそり、聞いていただけだからね。コトネさんのところは?」


「私は……」


 言っていいものかと少し迷った。

 お父様には他言しないようにと言われていた。

 でもリセイさんは教えてくれたのだし、少しは……。


「私のところは、未来を占うんです」


「未来を? じゃあなんでもできるじゃないか! 望まない未来を回避して、望む未来を手繰り寄せれる」


「そこまでいくと未来の確定ですよ。私はただこの先どうなるのかを知るだけ。でも備えることはできますね」


「そうか。だから君のお父上は……。強い心がないと、不幸な未来の幻想に押し潰される。力がないと不幸な未来に抗えない」


 そうなのかな?

 でも一理あるかもしれない。


「僕の父は勉強、勉強ってうるさいよ。身を守るのは知識だっていつも言ってる。今もなんだかよくわからない文字を学んでる」


「それはどのようなものなのですか?」


「くさびがた文字の一種。一文字一文字に意味があってね。それを媒体に色々な術が使えるんだ」


 へー、おもしろい。

 興味が湧いた。


「リセイさんは使えます?」


「ううん、まだ習ったばかりだからね」と首を振る。


「でも、不思議な縁だ。魂は過去の象徴。一方で君は未来を扱う。過去と未来。まさか、父たちはそれを狙って? なにか新しいことをするつもりなのか……」


「何か?」


「わからない。ただ、なんだろう……何か嫌な予感がする……。まあ気のせいかもしれないね」



 私たちの間に風が走った。

 もうそれ以上その話は止めておけ、と言っている気がした。


「帰りましょう。リセイさんの馬は?」


 馬にまたがり問う。

 首を横に振って返してくる。


「あの、どうやってここまで?」


「付き人が、ね。先に返してしまったけど。乗せてくれる?」


「……変なところ触らないでくださいね」


「えー」


「えー、じゃない!」


「いたっ」


 私の後ろに乗ってまわしてきた手の甲をつねってやった。

 本当にまったくこのひとは!




 

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