馴れ初め
馴れ初め
人は未来に不安を抱える生き物だ。
それも逃れようの無い未知の未来なら尚更だ。
せめて似顔絵でも見せてくれればいいのに……。
それにしても、将来、夫になるひとを唐突に自分以外の誰かに決めてしまうだなんて……。
その人がたとえ、今、そばに座るお父様が選んだ方であったとしても納得いかない。
ただ、心の中には、どのような殿方だろうかとどこか期待する気持ちも少しはあった。
私はすだれに隠れて、その人が来るのを、喧しい心臓の音と一緒に待った。
「失礼いたします」
と声がして襖が開く。
「参られました」
使いの方が恭しく頭を垂れる。
「おお、そうか。通しなさい」
ああ、とうとうこの時が来てしまった!
すだれの外でお父様が2人を迎える。
思わず私は目を伏せた。
お父様はお相手のお父上と難しい挨拶を交わしている。
私はそれが終わるまで黙って顔を伏せていた。
どうやらかなり以前から村同士で交流があったらしい。
「コトネ、挨拶を」
すだれの外で控えていた使いがすだれを開ける。
広げた扇の隙間から、殿方の顔を覗いた。
弱そう!
紛れもない最初の印象だ。
座っているからはっきり分からないが長身で、細身の体躯。
顔はまあ良としよう。
値踏みする自分もどうかと思ったが、『こんなヒト、嫌だ!』でなくてよかったと正直ホっとした。
「リセイといいます」
畳に両手をつき、頭を下げる。
私も扇を閉じて小さくお辞儀する。
「ささ、あとはお若い2人で」
「そうですな。我々は先に一献、どうですかな」
横に置いたお酒の入った徳利に手を触れる。
「おお、いいですなぁ」
え、早くないですか?
予想外の展開に驚いたが、表情は崩さないようにがんばった。
「夕食時に呼ぶから、お互いをよく知り合いなさい」
お父様方だけでなく、付き人たちもいなくなる。
2人きり。
少しの間、沈黙が流れた。
人間関係は始めが肝心――よし、優位を取ろう。
意を決し、私から話しかける。
「あの、リセイ様」
「そんなそんな、リセイでいいよ」
いきなり呼び捨てなんてできるわけない!
「そ、それではリセイさんと」
「うん……。それでもいい」
不満そうな顔しないでよ!
「お姫様みたいできれいだ」
ちょ、ちょっと待って! 今のよくない――このままじゃ負けてしまう!
「それは、このような着物を着ているからですよ」
「いいや、僕は君の顔しか見ていない。見惚れすぎて他を見れないんだ」
ちょっと待って。何の冗談? 今、笑っていいところ!?
ばっと扇を開いて口元を隠す。
出会って早々に失礼なこともできない。
「お、お上手ですね」
「本当のことだよ。嘘をつけない性格なんだ」
絶対うそよ!
でも褒められては褒め返すのが礼儀というもの。
「リセイさんも優しい声色をお持ちですね」
「そう? ありがとう」
いきなり何を褒めろって言うのよ。
本当に思ったことしか言えやしない。
それに、それ以上の言葉は気恥ずかしくて口にも出せない。
リセイさんは、「コトネさんの声も透き通るようだね」と付け足してきた。
はい、負けました、別に勝負していたわけじゃないんだけれど。
よし、話題を変えましょう。
「リセイさんは村では?」
「役目のことかな? 父の跡継ぎとして司祭になるための修行中だよ。それほど大きな村ではないけれど、父はそこの長でもあるから、政治の真似事も少しだけ」
私と同じなんだ。
「私と似ているのですね。私は巫女のです。政はまだですけれど」
「やっぱり、僕らのこれはそういうことだよね。この先、僕の村とコトネさんの村は深くつながり合う。僕らの繋がりはそのきっかけなんだろうね。でもね、その相手が君のような女性でよかった」
もう……まだ私のこと、何も知らないでしょうに。
でも私も同じように思っていることも事実だった。
夕食の席はいつにも増して豪華なものだった。
鹿肉を使ったご馳走だ。
宴の時間は早く過ぎ、すぐにリセイさんたちの帰る時間が来てしまう。
外は夕日が沈みかけていた。
遠くでカラスが鳴いている。
村人たちが興味深々にこちらを見ている。
リセイさんが馬車に乗り込む。
馬車から顔を出し、手を小さく振ってくる。
私は着物の裾から手を出し、小さく返した。
自室に戻ると、さっそくイヨがやってきた。
「殿方、どうでした?」
やっぱりその話題よね。
「まあまあ、かな」
「それはよかったです」
両手をぱちんと合わせ、満面の笑みを浮かべる。
「私も見ていましたよ。お優しそうな方でしたね」
「優しいだけじゃね。強くて、頼りにならないと」
イヨはくすくす笑って、
「そうですか? お強いのはコトネ様だけでも十分ですよ」
「もう人をからかって」
障子を開けて縁側に出る。
今日は満月だったんだ。
私たち月代家が何か大事なことをするときは、いつも満月の日を選ぶんだった。
その日の夜、私は床についてからいろいろ考えた。
私は今日が来るのが嫌だった。
リセイさんに会うまではあんなに憂鬱だったのに……。
イヨの言ったとおり、運命は私の味方のようだ。
次はいつ会えるのかな。




