鏡
鏡
シャンデリアの明かりを失った室内。
暗闇に乗じて飛び出る。
「ちきしょう。くそ」
「柱から階段まで掃射!! 上にあげるな。」
すぐにまた柱の影に隠れる。
さすが、不意の暗闇にも慣れている。
「彼ら、意外とやりますね」
「だな。甘く見ていた」
「ですが、まだ障壁が生きています。行きましょう」
「破られないことを祈るのみだ……」
ホールの床を銃弾が削っている。
この銃弾の雨の中に飛び込むのは勇気がいる……。
意を決し、柱を出て、階段に向かって走る。
銃弾が障壁を削る。
その度に嫌な音がする。
「おい、明かりを点けろ!」
廊下の夜間灯がぼんやりと灯る。
階段上、正面の2人に氷結のルーンを投げる。
サブマシンガンを構えたままの形で凍る。
素早く階段を駆け登る。
次は側面の敵だ。
「右をやる。左は任せた」
「分かれたら複合障壁が消えます。お気をつけて」
「そっちもな」
障壁と幸運のルーンを施す。
俺の相手は3人。
さて手早く片付けよう。
銃口が小都音の方を向く。
やらせるか!
手前の男に氷結のルーンを投げつける。
「悪いな、借りるぞ」
凍った男から銃を奪う。
MP5――ドイツ製サブマシンガンか。
銃口を通路奥に向ける。
まず、1人。
フロントサイトを覗き照準を合わせて、引き金をひく。
セミオートで銃弾が飛び出す。
命中。
瞬時に、もう一人に銃口を向け、引き金を引く。
叫び声をあげて倒れる。
小都音の方は――。
「なんで当たらねえんだよ!! ぎゃぁあああ」
吹き抜けを挟んで向こう側の通路で、右腕を失くした男が跪いたところだった。
あれが最後――終わったようだ。
「怪我はないか?」
「ええ。もちろん。そちらは? まあ、私から離れている方が安全でしょうけど」
「こういうときは確かに。さて……」
ぐるりと見渡す。
この階に戦えるやつはいなそうだ。
バタン
下を見る。
1階の両開きの玄関扉が開き、銃を構える複数人の傭兵が姿を見せる。
「対処していられませんね」
「ああ」と応える。
松明のルーンを2個、そこに向かって投げる。
傭兵たちの眼前で燃え上がる。
「退避! 退避ー!!」
炎に驚き、慌てて外に後退する。
「これ以上、邪魔されちゃかなわない。上に行こう」
「ええ。鏡を持って逃げていないといいのですけれど」
「大丈夫。最善を尽くせば成功の運命は変わらない」
3階へとあがる。
前回の侵入と同じ書斎の扉……その右側の壁。
ここに隠蔽の魔術が施されているはずだ。
あの時、探索のルーンを使ったが、この隠蔽を見破ることはできなかった。
だが、見取り図によればこの壁は扉だ。
その先に、さらに上に登る螺旋階段があるはずだ。
外から見れば、細長い城の飾りのような塔になっているが、そこに小さな部屋がある。
「やってくれ」
「はい。本当か否か……。どちらでしょう」
壁に刀を走らせる。
パリン
鏡が割れるように、幻の壁が粉々に砕け散った。
「やった。あたりですね」
「よし、いくぞ」
現れた古びたノブを掴んで回す。
鍵がかかっていない。
押すと何の抵抗もなく扉が開く。
もしかすると、魔術的な鍵はかかっていたのかもしれないが、小都音の一太刀で一緒に壊れたのかもしれない。
後ろで人の気配かして振り向く。
「ま、待て! それ以上行くな! やめろおぉお!」
息を切らしたアレクシスがいた。
手には装飾銃を握っている。
パァン。
乾いた発砲音。
小都音の刀が銃弾をはじく。
まさか、アレクシス自ら前に出てくるとは……。
「構っていられないな」
「ですね。行きましょう」
体を振るわせるアレクシスを横目を横目に扉の中に入る。
扉を閉めると暗闇が広がった。
カビ臭いにおい。
空気がじっとりと湿っている。
松明のルーンを明かりにする。
石の壁と階段。
ただ上へと続くだけの武骨な造り。
「また変な罠がなければいいけれど」
「もう落ちるのは嫌です」
「本当にな」
塔の上を目指して駆け上る。
狭い塔の中を足音だけが反響する。
唐突に、下から扉が開く音が響いた。
「行け! 生かす必要は無い。殺せ!」
アレクシスの声だ。
足音が多い。
何人分か分からない。
まあ、いい。
階段が螺旋状になっているせいで、直線距離が短い。
銃で攻撃するには相当近づかないと無理だ。
どれくらいのぼったのか、何周したか……。
感覚が麻痺してくる。
見た目が変わらないせいだ。
途中に飾りも扉も何もない。
それなりの速度で走っているはずなのに、どんどん下から敵が近づいてくるのだけはわかる。
「これは……」
小都音が立ち止まり、つぶやく。
「待ってください。理靖、無限回廊の類です」
「なに? まさか」
立ち止まり、右手のガントレットであたりを探る。
魔術に触れる独特の感触があった。
「こいつか」
術にかかったことにまったく気づかなかった……。
施された魔術を掴んで、引き剥がす。
見た目は何も変わらないが、魔術は確かに破壊した。
少しのぼると、すぐに扉に行き着いた。
「ここだ」
「開きます?」
ノブを回して押すが開かない。
「だめだ」
鍵がかかっている。
「壊せるか?」
「やってみます」
昨日、執務室のドアの鍵を破壊したように、扉と壁の隙間に刀を勢いよく滑らせる。
金属の切断音がいやに響いた。
扉を開けると、黄金の冠や宝石、装飾品の数々。
松明の炎が反射する。
「どこ?」
小都音が鏡を探す間、俺は下から来る傭兵たちに警戒する。
足音が急に静かになった。
もうご到着か。
影に隠れているが敵はすぐそこにいる……。
こんな狭いところで手榴弾の類を使われたら最悪だが、それはない。
この部屋の財宝が消し飛ぶようなことは奴等にはできまい。
「あった……」
と小都音が言った。
鈍く光る青銅鏡を胸に抱く。
「本物か?」
以前、取り返したものが偽者だったときのことが頭をよぎった。
「……。ええ、大丈夫。本物です」
「やったな」
「はい! 何百年ぶりでしょう……。ああ、やっと……。お帰りなさい」
「小都音。悪いな、時間が無い」
感慨に浸っている暇もない。
すぐそこの銃を持った男たちはいったい何人いるんだ?
この部屋に窓は無い。
出口は今登ってきた道、一本のみ。
帰り道が一番、厄介だ。
「袋の鼠だ! 相手は女が一人なんだ! 確実に始末するぞ!!」
ま、そうは言っても俺には簡単な仕事か。
「小都音、扉を閉めて待っていてくれ。片付けてくる」
「お気をつけて」
「おう」
と右手をあげて応えた。
明かりにしていた松明のルーンを部屋に置き、後ろ手に扉を閉める。
また暗闇が広がる。
サブマシンガンの銃口が見えた。
来る!
ばっと、そこに飛び込み、先頭の2人を氷結のルーンで凍らせる。
凍っただけで見た目は変わらない。
後ろの2人も何が起きたか気づいていない。
その2人も素早く凍らせる。
大丈夫……こいつらに俺の姿は見えていない。
暗闇、不可視の魔術、死者の特性……便利な能力だ。
「おい、どうした? 突入だろ!」
一人が前に出て、凍った味方を押しのける。
ごとっと、凍った4人がドミノのように倒れていく。
「な、なんだ!? やられちまってる!」
「うそだろ、ちきしょう!」
「くそ! 弾幕張れ!!」
見当違いに銃を撃ちながら、傭兵たちが螺旋階段を上に進む。
小都音の刀では狭い空間でサブマシンガンの連射を捌くことは無理だ。
いかせるか――。
不可視の魔術を解いて、
「おい、こっちだ!」
と敵のど真ん中で姿を現わしてやる。
「う、後ろだ! 撃てェエ」
すぐに姿を消す。
「ま、待て、撃つなぁぎゃああ!」
お互いが銃を向けて撃ち合う形。
俺も数発は銃弾を喰らったが、ルーンの障壁が耐えてくれた。
弾丸に当たらないように下に移動する。
残った傭兵を片付ける。
全員倒したのを確認し、塔を抜け、屋敷の3階に出た。
アレクシスががたがたふるえていた。
下顎に拳を入れて昏倒させる。
「小都音、もう大丈夫だ!」
すぐに小都音が降りてくる。
大切そうに青銅鏡を抱えている。
「すぐに脱出だ」
「はい」
「車を奪うぞ」
「私がハンドルを」
「……安全運転で頼むぞ」
「安全なんて気にしていたら捕まっちゃいます」
なんだか嫌な予感がした。
2階に降りて手近な部屋に入る。
「イヤ!」
「お前ら!」
金髪の少女――レインがいた。
その隣にガードマンも。
腰の銃を抜く。
「失礼」
「がは」
引き金を引く前に顔面を殴って昏倒させる。
「悪いな。すぐに出て行く」
窓を開けて、飛び降りようと窓枠に手をかける。
よし、下に敵はいない。
「いくぞ」
「はい。あ、待って」
小都音が、
「お嬢ちゃん、次はきっと素敵な恋ができますよ」
と一言添えた。
……いや、その娘もそれどころじゃないだろう。




