針
針
「侵入そのものがばれていたのでしょうか?」
「それなら家人の部屋のある2階に警備員がいただろうさ」
「じゃあ、これの寝ずの番? 大変ですね」
凍って動かなくなった男を避けてデスクにまわる。
書斎のデスクの上に置かれた青銅鏡。
「やっと、こいつともご対面だな」
「これでようやく二つが揃いましたね。……でも感動している暇も下さらないようで。騒がしいのが着てしまいます」
さっきの銃声のせいだろう。
どたどたと足音が近づいてくる。
「団体さんが来てしまいます。早く行きましょう」
「ああ」
頷いて、鏡に手を伸ばす。
途端、
「な!?」
「うそ!?」
床が、なくなった。
落とし穴!?
「ち、古典的な……!」
浮遊などという高等な技は使えない。
重力に逆らう術もなく、頭から落ちる。
はためくローブのフードが視界を隠す。
邪魔だ。
フードを取ると、
「理靖、下!」
「生かす気なしかよ」
落ちる先には、頭くらいの太さの無数の針。
あれが刺さったら、穴があくどころか、身体がちぎれてしまう。
床が近づく。
「小都音!」
体を捻り、左側面から落ちるように体勢を変える。
ちくしょう。
あれは、絶対に痛い。
できることなら、痛みを感じることなく殺してくれよ……。
左目から凶悪な針が迫る。
右に目をやると、俺の少し上に小都音がいる。
これでいい。
ゴン。
ダン。
グシャ。
不運なことに、針と針の間に頭が落ちて頭蓋骨が割れる衝撃が走る。
腹と太股が針に刺さった。
多分、ちぎれた。
ドス。
俺の体から突き出た針を避けるように、小都音が俺の体に着地した。
俺は悶絶せざるを得なかった。
意思とは無関係に体がビクンビクンと痙攣する。
そのたびに体の至る所から血が吹き出る感覚を味わった。
次第に体の感覚が薄れていく。
脳の大部分にダメージを負い、辛うじて眼球だけ動かして小都音を見上げる。
よかった。
無事なようだ……。
「理靖、大丈夫?」
瞬きで返す。
小都音は俺の上で刀を振い、眼前の針を真ん中くらいで切り落とし、平らにする。
そこに移り、
「よいしょ」
と、針に刺さった俺を引っ張って、そこに移してくれた。
体が自己修復する途中、先に頭が治ってしまったせいで、さっき味わった激痛に再度、悶絶することになってしまった。
「がはっ。ごほ……」
「だいじょうぶ?」
ああ、その優しさだけで十分だ……。
しばらくして、完全に体が治癒した。
「針が法儀礼済みの銀製でなくて助かった……」
「本当に……。痛かったでしょう? ありがとう」
「いや、それほどでもない。感覚を遮断したからな。それより、ここからの脱出を考えよう」
感覚遮断……そんな便利なものがあるならぜひ習得したい……。
頭上から、ギィィと音がした。
見上げると天井の落とし穴が閉まっていく。
途端に暗闇が広がった。
松明のルーンで明かりと灯す。
床の針も壁もコンクリート製だった。
部屋の隅に肉塊があることに気付いた。
先ほど、ショットガンを握っていた男だった。
「容赦ないですね……。元は屋敷のために戦った仲間でしょうに……」
「雇われの傭兵なんざ、そんなものだ。さて、出口は……っと。あれか」
壁の角のところに重そうなコンクリート製のドアがあった。
あのドア以外は見当たらない。
この手の罠には地上への出口が必ずあるものだ。
そうでないと、罠で死んだ死体を運び出せない。
もしも運び出さなければ、ここの上の書斎には死体が腐敗したあとの悪臭が漂うことになる。
「いこう」
「はい。あ、これ」
羽織っていたローブを差し出してくる。
「ぼろぼろですから」
言われてみれば着ていたローブも服も破れてひどい有様だ。
それに血もこびり付いている。
「ありがとう」
ドアを開けると、天井、床、壁、すべて土でできた通路が伸びていた。
明かりもなく暗い。
少し進むと、不快なにおいが鼻をついた。
「ん……なに……この臭い……」
と小都音が顔をしかめる。
「腐臭……だな」
なまものが腐った後に放つような異臭。
床には死体を引きずってできた血痕が残っている。
臭いの原因はこれか……?
とにかく、先を急ごう。
T字路や十字路が多い。
さらに一種の結界になっているのか、探索のルーンが使えず、ここの全体像が分からない。
マッピングしつつ、分岐のあるところで選んだ方向が分かるように目印をつけていく。
何度か同じ場所に戻ってしまうこともあった。
しばらく地下のさまよって分かった。
「ここ、ダンジョンになっていますね」
ダンジョン……その言葉に、ある嫌な想像が頭に浮かんだ。
「ち、外に出るには結構な時間がかかるかもしれない」
「結構、深いと思いますか?」
「ああ。まず屋敷は山の上にあった。さっきの落とし穴、感覚的にだが屋敷3階分プラス2階分くらいしか落下していないと思う」
「じゃあ、このダンジョンの出口は上へ2階分、または山一つ下るかのどちらか……ということですね」
「そういうことだ。だがそれじゃあ、死体の処理は……」
これだけ複雑だと、死体の運搬にも手間がかかる。
どこかに隠しエレベーターでもあるのか……?
キーキーと何か異様な音が聞こえてきた。
機械音とは異なる、生物の発する鳴き声のような……。
角を曲がったところで、黒くて大きく丸い影がいた。
あれは……。
「鼠か!?」
「気を付けて。ランクは低いけれど魔力を帯びています」
小都音が俺の前に出て、刀を正眼に構える。
その鼠の後ろにもさらに鼠が1、2、3……。
何匹いるんだ……?
鼠が床の何かを囲ってついばんでいる。
赤黒い肉に纏わり付いた布は、あのショットガンの男が着ていたものだった。
なるほど……死体はこいつらが片付けるわけだ……。




