侵入
侵入
ときおり、強い風が木の葉を散らす。
足元を支える木の枝がしなり、体が揺れる。
空を見上げると、曇の動きが早かった。
厚い雲が月の明かりを隠したのと同時に、木の枝を伝って明かりのついていない2階の窓に寄る。
「窓に障壁はなし……っと。先に中に入る」
透過のルーンを体に刻み、木の枝からジャンプする。
「中から鍵を開けるから待ってろ」
「はい。罠がないか気を付けて」
窓をすり抜けて、中へ入る。
物体をすり抜ける魔術は通常の術者には使えない。
もちろん小都音もだ。
だが、俺の死んでいるという特性が、この手の魔術を可能にする。
トン、とカーペットを敷いた床に着地する。
侵入を感知するセキュリティが働いた様子はない。
窓の鍵を開け、小都音を中に入れる。
「ここまでは順調ですね」
「問題は、どこに鏡があるかだな」
小声で話しながら、部屋の中をざっと見渡す。
造りや家具から、家主の誰かのものだと推察する。
生活の香りがする。
使われていない部屋だったら良かったのだが……。
ベッドの布団がやや乱れている。
触れてみると、やや暖かい。
少し前まで、眠っていたのだろう。
いずれ部屋の主が戻ってきてしまう。
この部屋に長居はできない。
廊下側のドアから足音がした。
「ち、この部屋じゃないよな……」
口の中で呟く。
足音がすぐ近くで止まり、ドアノブが回った。
まずい!
小都音に目配せをし、不可視のルーンで姿を消す。
小都音も同じようにして姿を消した。
ばん、と勢い良く扉が開いた。
あぶなっ。扉がローブの端をかすった。
「あんのくそばかあ!!」
15、6歳くらいの少女が部屋に入ってくるなり、声を荒げた。
「あんなに好きってなんどもいってくれてたのに! 夢にまで出てくんな!!」
部屋の明かりもつけないまま、ベッドに潜り込んで 嗚咽を漏らし始めた。
小都音の方を見ると、早く行きますよ、という表情をしていた。
違う意味でこの部屋には長居すべきではないな……。
そっと、ドアを開け廊下に出る。
白色灯は電源は落ちており、代わりにオレンジの暖色の明かりがついている。
一階と二階は吹き抜けになっていた。
左右を見回す。
廊下に人の気配はない。
しかし、外から見た様子では、明かりがついている部屋がいくつかあった。
はっきり言って、深夜のこの時間に住人が起きているというのは誤算だった。
いつもはこうではなく、祭りの後だからであるなら、今日を選んだのは失敗だったかもしれない……。
「どこに向かいます?」
小都音の問いに、上を指差して返す。
「了解」 と頷いた。
「それでしたら……」
小都音がくい、とローブの袖を引いてくる。
「あちらに……」
視線の先、吹き抜けの向こう側に3階へあがる階段がある。
「あれか。よし」と頷き返す。
「中は警備の方、いないようですね」
「そうだな……。外の警備にばかり目がいっているのかもしれない。仕事がしやすくて助かるよ」
とはいえ、本当だろうか。
あまりに手薄すぎる。
時間が時間なためかもしれないが……。
吹き抜けの反対側へ渡り、階段で三階に上がる。
階段の手すりの細かな彫刻に、重厚な赤のカーペット、そして飾られている調度品……。
歴史と伝統をそのまま残している。
3階に着く。
ここにも人の気配がない……。
住居であるのだから、屋内にはさすがに監視カメラの類もないようだ。
さて、鏡はどこにあるのか……。
一応の目星はつけてきた。
鏡がただのコレクションであるのなら、宝物室に展示してあるだろう。
もしもアレクシスが市場の未来を見るために鏡を使ってのなら、誰にも邪魔されない仕事場……たとえば書斎においているはずだ。
その書斎らしき場所が3階にあることを、外から双眼鏡で覗いていたときに見つけていた。
突き当たりの部屋が書斎だったはずだ。
念の為、探索のルーンを放つ。
書斎まで続く廊下の両側の部屋を一つ一つ、見ていく。
この階には、誰一人として人がいないようだ……。
監視カメラもないし、書斎の入り口にはアンティークな鍵穴のみだ。
書斎の中にまでルーンを通すことができなかった。
「へえ。あそこだけ簡単だが結界が張ってある」
「他の部屋はなくて、奥の部屋だけ?」
「ああ。分かりやすくて助かる」
書斎の前まで行き、扉の結界に右手の鉄のガントレットで触れる。
幸運と防御のルーンを使い、左手に氷結のルーンを刻んだ小石を握る。
小都音はローブの内にある刀の柄に手を掛け、居合のように構える。
「いいか?」
「いつでも」
結界を掴み、引き剥す。
続けて、小都音が刀を抜き、縦に一閃。
ガキン、と音がして扉と壁の隙間のデッドボルトを切断する。
一瞬遅れて、壊れた扉を右足で蹴り、扉を開ける。
それとほぼ同時にドンッという音と防御のルーンが砕ける感触。
銀弾か……!?
ショットガンを構える男に氷結のルーンを手首のスナップで投げ付ける。
ルーンを刻んだ石が男にあたり、そこから体が凍結していく。
凍りついていく最中、ショットガンの引き金にかかっていた指がスローモーションで動く。
小都音の一太刀が水平に走り、ショットガンの上半分を削ぎ落す。
完全に凍り付く直前に引き金を引ききったものの、壊れた銃から散弾が発射されることはなかった。




