宝石の記憶
宝石の記憶
1時間後――。
ゆったりとしたナイトガウンを羽織り、ワイングラスをゆらす。
37階から見下ろす都会の夜景を楽しむ。
こんな景色、俺の生きていた時代には望むべくもない。
胸に抱かれる黒髪に目を落とす。
俺の頭はとうの昔にイカれたらしく、相変わらず、記憶があいまいだ。
いつどこで生まれたのかも分からない。
気がつけば俺という人間はこの世に存在していて、こいつと知り合いだった。
ただ、ひとつはっきりとしていることがある。
俺に昔、死んだのだ。
たぶん俺はそいつの生まれ変わり……。
月代を見れば見るほどに生前の恋人を思い出す。
あまりに似過ぎだ。
あいつの生まれ変わりだったりしないだろうか、などと期待してしまう。
ルーンで魂を見たくても、月代が常時展開している魔術障壁に阻まれる。
「ね、ちょうだい」
背伸びして、首に腕を巻きつけて、甘い声でせがまれる。
柔らかい朱に、含んだワインを静かに注いだ。
***
さて――。
親指と人差し指で紫色の宝石を摘む。
「俺のルーンで暴けるものかな。秘匿性が高過ぎなければなんとか……」
知識のルーンを刻み、その上に石を置く。
石の記憶を読み取る。
あのカルト集団は石でなにを行なってきた?
宝石の記憶が流れ込んでくる。
屋敷の地下にあった広間は神殿のようになっていた。
ある種の儀式魔法をおこなう場所として用意したものか。
祭壇の上の像は……レメゲトンの29番、アスタロス。
猛毒の息を吐き出す悪魔、ね。
猛毒……毒ガス……。
「ああ、あれか」
最近、ニュースで騒がれている事件を思い出し、月代に目でサインを送る。
月代は、部屋の隅のデスクに置かれた新聞を手に取り、
「これ、ですか?」
頷いて新聞を受け取り、広げる。
月代も覗き込んできる。
「ガス中毒、これですね?」
「そうらしい」
ガス中毒の事故が4件も立て続けに起きている。
死者は36人。
火山が近くにあるせいで、地中から有毒ガスが発生したという火山学者の意見が有力。
そう書いてはあるが……。
「なるほどね。やっていることがえげつない」
「ですね。魔術師が一般の人の命を奪うなんて。でも目的はいったい……」
ぱっと思い付くことといえば、この石を儀式魔術を実行するための媒体として使うとするなら、一般人の命から魔力を吸い上げているというところだろうか。
で、この事件を解決しろってのが、俺たちに課せられた運命なのかもしれない。
途中、ノイズが強く見れない部分があった。
石の記憶が曖昧なのだろう。
それらを飛ばして、もっと過去へと石の記憶を遡る。
「これすごいぞ。紀元前から儀式に使われているらしい」
へえ、と月代も感嘆の声をあげ、興味津々に石を覗き込む。
「今日はゆっくりと休みましょう。おやすみなさい。続投はなしですよ」
シルクの毛布から顔だけ出して楽しげに言う。
「わかってるよ。おやすみ」
できるだけ優しく、漆黒の髪を撫でながらそう告げた。
***
扉の開く音も、足音さえもしなかった。
俺の首にナイフの刃が滑ったところで目が覚めた。
死んでいるが肉体はあるせいでなかなか痛い。
ぱっくりと裂けた首の肉はすぐに治った。
「起きろ! 侵入者だ」
飛び起き、人様の喉を切り裂いたやつに氷結のルーンを刻む。
凍りついた男を蹴り飛ばしベッドから立ち上がる。
月代に飛びかかった男は常時展開型の防壁に阻まれて吹き飛んだ。
同時に月代も飛び起き、さらにほぼ同時に周囲の2人を鞘に収まったままの刀でなぎ倒う。
バタンと扉が閉る音。
部屋の明かりを点ける。
残った奴等は一人残らず逃げ去ったようだ。
「宝石、ありますか?」
首元を確認。
首から下げていた宝石がない。
そのために俺の首を切ったわけか。
「いいや、ない。やられた。ちょっと行って来るわ」
ため息交じりに窓にルーンを刻む。
「私はここを片付けておきます。相手はきっとあのカルト集団でしょうね」
「だろうな。跡をつけられていた形跡はなかったんだが」
俺はルーンの力で窓をすり抜け、地上37階から飛び降りた。