薔薇の花びら
薔薇の花びら
あれから1年――。
「グーテンターク」
「おう、今日も来たのか。いつものでいいか?」
「はい。――ありがとうございます」
広場の一画にはナッツやソーセージ、花などを売る出店を並んでいる。
オーストリアのザルツブルクに着いてからというもの、小都音は毎日のようにソーセージめぐりをしていた。
最近は、よくこの店に足を運んでいる。
「うーん、おいしいです! 本場は違いますね」
「……飽きないな、お前は」
「おいしいものは何度食べたっておいしいんですよ」
またビニール袋に入った3種類のソーセージの一本にかじりつく。
「太るぞー」と心の中で言って、広場に目を向ける。
近々世界的に有名な音楽祭が開催される。
その準備が着々と進んでいた。
とはいえ、
「音楽祭までまだ日数がある」
「ですね。こんなに早くここに入国する必要もなかったといえばなかったのですけどね」
「って言ったって音楽祭が近いと航空機は満席、ホテルも満室。早めに動くしかないか……」
今回のターゲットはこの都市のどこかに住居を構えているらしい。
だがなかなか尻尾を出さない。
しかし、要人なら必ずこの音楽祭には顔を出す。
金持ちにとってこの手のイベントは、出席しなければならない一種の義務のようなものだからだ。
時がくるまでのんびりと待つしかない。
ぶらぶらと広場を歩いたり点在する美術館のひとつに足を運んだりして時間を潰す。
その後はレストランで夕食を済ませホテルに戻った。
ホテルの内装は中世の城の中を再現した豪華な家具が使われている。
デスクの時計を見ると、もう遅い時間を示していた。
特別に用意された数部屋しかないスイートルームだ。
「お風呂はいりましょう、お湯をいれますね。今日はどのようにします?」
「好きなのでいいよ」
「じゃあ今日は……」
と言って、浴室に消えた。
ホテルを選ぶときいつもなら部下に任せるものを小都音はなぜかそうせずに、自分で探していた。
さらになぜか「抜かりはありませんよ」と意味深なことを言っていた。
それも自信ありげに。
たかがホテルに抜かりも何もないだろうと思っていたのだが。
確かにスイートルームも選べば安いところは増えてきた。
リーズナブルで一般市民でも手が届く価格になっている。
ただ、キングサイズのベッドや、通常よりも広い浴室などはどう考えても低価格のスイートルームとは異なる。
そんなに予算が残っていたか、と疑問に思う。
組織内での小都音のポジションを考えればできないこともないのかもしれないが。
コンコンと部屋の扉をノックする音がした。
「あ、もう届いたんですね。出てもらっていいですか?」
と、浴室から顔を出さずに言った。
「わかった」
短く答える。何か頼んだのか……。
一応、警戒して扉の外をルーンで見る。
白い布を被せた手提げ籠をもったルームサービスの男がいた。
扉を開けると白い布が落ち籠の中の銃が火を吹く、などといったことはないか、と考えながら左手に幸運と防御のルーンを刻んだ石を握って扉を開ける。
ルームサービスは微笑みを浮かべ、「お持ちしました」と言って籠を差し出す。
「ありがとう」と応え、チップを渡す。
銃ではない。爆発物か? と無粋な疑念が浮かぶ。
ふわりと白い布が落ちた。
「薔薇……?」の花びらだった。
「理靖、もってきて」
浴室から呼ばれ薔薇の花びらが詰められた籠を小都音に渡した。
受け取った薔薇の花びらを「えい」と言って、湯船にまいた。
……ほんとうに、これに入るのかよ……。
ミルク色の湯に赤い薔薇の花びらが浮く。
ほのかに紅色に色づいた湯の中で天井を仰ぐ。
「しあわせですねー」
胸の中にいる小都音が言う。
顔は見えないけれど、その表情はきっと穏やかだ。
「細やかな幸せほど、得がたいものはない」
と俺は応えた。
努力して得た幸福に幸せを見出すことはたやすく、日常の中にある幸福にしあわせをみつけることは、満たされた現代では難しいのだ。
「あら、でも……」
膝立ちになってからだの正面をこちらに向ける。
頬に手を添えられ顔をあげる。
「わたしの一番のしあわせは、あなたを得たこと……。あなたにとっての一番のしあわせはわたしを得たこと。そうでしょう?」
キスを交わした。




