表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/44

薔薇の花びら

薔薇の花びら



あれから1年――。


「グーテンターク」


「おう、今日も来たのか。いつものでいいか?」


「はい。――ありがとうございます」


 広場の一画にはナッツやソーセージ、花などを売る出店を並んでいる。

 オーストリアのザルツブルクに着いてからというもの、小都音(ことね)は毎日のようにソーセージめぐりをしていた。

 最近は、よくこの店に足を運んでいる。 


「うーん、おいしいです! 本場は違いますね」


「……飽きないな、お前は」


「おいしいものは何度食べたっておいしいんですよ」


 またビニール袋に入った3種類のソーセージの一本にかじりつく。


「太るぞー」と心の中で言って、広場に目を向ける。


 近々世界的に有名な音楽祭が開催される。

 その準備が着々と進んでいた。

 とはいえ、


「音楽祭までまだ日数がある」


「ですね。こんなに早くここに入国する必要もなかったといえばなかったのですけどね」


「って言ったって音楽祭が近いと航空機は満席、ホテルも満室。早めに動くしかないか……」


 今回のターゲットはこの都市のどこかに住居を構えているらしい。

 だがなかなか尻尾を出さない。

 しかし、要人なら必ずこの音楽祭には顔を出す。

 金持ちにとってこの手のイベントは、出席しなければならない一種の義務のようなものだからだ。


 時がくるまでのんびりと待つしかない。



 ぶらぶらと広場を歩いたり点在する美術館のひとつに足を運んだりして時間を潰す。

 その後はレストランで夕食を済ませホテルに戻った。

 ホテルの内装は中世の城の中を再現した豪華な家具が使われている。

 デスクの時計を見ると、もう遅い時間を示していた。


 特別に用意された数部屋しかないスイートルームだ。


「お風呂はいりましょう、お湯をいれますね。今日はどのようにします?」


「好きなのでいいよ」


「じゃあ今日は……」


 と言って、浴室に消えた。


 ホテルを選ぶときいつもなら部下に任せるものを小都音(ことね)はなぜかそうせずに、自分で探していた。

 さらになぜか「抜かりはありませんよ」と意味深なことを言っていた。

 それも自信ありげに。

 たかがホテルに抜かりも何もないだろうと思っていたのだが。


 確かにスイートルームも選べば安いところは増えてきた。

 リーズナブルで一般市民でも手が届く価格になっている。


 ただ、キングサイズのベッドや、通常よりも広い浴室などはどう考えても低価格のスイートルームとは異なる。


 そんなに予算が残っていたか、と疑問に思う。

 組織内での小都音(ことね)のポジションを考えればできないこともないのかもしれないが。


 コンコンと部屋の扉をノックする音がした。


「あ、もう届いたんですね。出てもらっていいですか?」


 と、浴室から顔を出さずに言った。


「わかった」


 短く答える。何か頼んだのか……。


 一応、警戒して扉の外をルーンで見る。

 白い布を被せた手提げ籠をもったルームサービスの男がいた。


 扉を開けると白い布が落ち籠の中の銃が火を吹く、などといったことはないか、と考えながら左手に幸運と防御のルーンを刻んだ石を握って扉を開ける。


 ルームサービスは微笑みを浮かべ、「お持ちしました」と言って籠を差し出す。


「ありがとう」と応え、チップを渡す。


 銃ではない。爆発物か? と無粋な疑念が浮かぶ。

 ふわりと白い布が落ちた。


「薔薇……?」の花びらだった。


理靖(りせい)、もってきて」


 浴室から呼ばれ薔薇の花びらが詰められた籠を小都音(ことね)に渡した。

 受け取った薔薇の花びらを「えい」と言って、湯船にまいた。


 ……ほんとうに、これに入るのかよ……。


 ミルク色の湯に赤い薔薇の花びらが浮く。

 ほのかに紅色に色づいた湯の中で天井を仰ぐ。


「しあわせですねー」


 胸の中にいる小都音(ことね)が言う。

 顔は見えないけれど、その表情はきっと穏やかだ。


(ささ)やかな幸せほど、得がたいものはない」


 と俺は応えた。

 努力して得た幸福に幸せを見出すことはたやすく、日常の中にある幸福にしあわせをみつけることは、満たされた現代では難しいのだ。


「あら、でも……」


 膝立ちになってからだの正面をこちらに向ける。

 頬に手を添えられ顔をあげる。


「わたしの一番のしあわせは、あなたを得たこと……。あなたにとっての一番のしあわせはわたしを得たこと。そうでしょう?」


 キスを交わした。

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ