誓い
誓い
クルーザーでリンドスを目指す。
タクシーを使えば1時間の距離だ。
しかし、陸路で移動するのはリスクが大きい。
ルーンを使って調べてみると、追っ手が島のあちこちで俺たちを探していた。
この島を出るまでは俺たちは追われる身なのだ。
リンドスに近いところで、小型のクルーザーが止まった。
「どうした、何かあったか?」
クルーザーの運転は小都音に任せている。
「いいえ、一応の様子見です」
小都音は双眼鏡を取り出すと陸に向けて覗き込む。
穏やかな風が漆黒の髪をやさしく凪ぐ。
「ざっと見て、海辺あたりは大丈夫そうです」
「そうか。だが……」
「ええ。しつこい人たちですからね。いずれ、ここにも手が伸びるでしょうね」
「早くて今日中、遅くても明日ってところだろうな」
「ですよね」
「暗くなる前にここを離れないとな。けど、あの様子じゃ航空機は使えない。必要なものを調達したら、クルーザーで大陸まで移動しよう」
「そうですね。……でも今はまだゆっくりしましょう」
といって、双眼鏡を横に置く。
小都音が身に着けている服をひとつずつ脱ぎ始めた。
「なんだ? 泳ぐのか?」
「せっかくですからね」
「おまえはいつも余裕だな」
一糸まとわぬ姿で俺の前に立つ。
肌の白さがよくわかる。
くびれにできた刺し傷があった所を指でなぞる。
きれいに傷跡も消えている。
「ふふ、くすぐったい」
「わるいわるい。水着は?」
「ありませんよ。いりませんよね? ここにいるのはあなただけですもの」
そう応えると、海の中に飛び込んだ。
「さ、理靖も」
あいかわらず元気のいいやつだ。
「はいはい」
人目がないとはいえ、恥ずかしくないのか?
そんな風に思ったけれども、結局、俺も同じようにして海へと入った。
穏やかな海面に仰向けになって浮かびながら波に身を任せる。
すぐ近くで小都音も同じようにしている。
日差しが眩しい。
手で作ったひさしの隙間から青い空に浮ぶ白い雲を見る。
「ね、理靖。おもいきり息を吸ってください」
「は?」
突然なにをいうのか、と思った途端、小都音に腕を引っ張られた。
片手で水をかく小都音に海の中へと誘われる。
透き通る海の中へ、太陽の光りが光線のように差し込んでいる。
なにを要求されているのかすぐにわかった。
長年連れ添ってきたから。
どちらが先ともいえないタイミングでお互いに抱き合う。
できるだけ長く居られるように、できるだけ長くキスをした。
***
クルーザーを人気のない浜辺につけ街の中に入る。
リンドスの街は浜辺から山の頂上まで広がっている。
家屋や店のほとんどが山の傾斜に建てられている。
建物のすべてが白地でできていて、時間を古代にまで戻したような幻想的な風景を創り出している。
「この格好、宮殿で相手をしていた方々と変わらないですね」
追われる身なので、今は顔を隠すためにローブを羽織ってフードをかぶっている。
「仕方無いさ。不可視の魔術が通用する奴もいれば、通用しない魔術師もいるからな」
ロバの背に乗って石を敷き詰めた街道に沿って上へと登る。
「小都音の村に祀ってあった未来を見せる鏡。次はあれを探さないとな」
「ええ。一度、日本に戻って情報を集めないといけませんね」
「だな。アジア大陸に移動して、あとは密輸船に乗り込むか?」
「もしくは、飛行機のコンテナの中に忍び込むとか。そっちのほうが楽ですよ?」
「たしかに」
はなしをしていると、途中で土が剥き出しになった道に変わった。
頂上にあるアテーナー・リンディアの神殿までもうあと一歩だ。
アテナ神を祀った古代の遺跡――歴史は紀元前5世紀まで遡る。
白い柱が等間隔に並んでおり、ヘレニズムの建築様式を残している。
着いたときには陽が傾き、紅い夕日が白い神殿を染めていた。
来た道を振り返ると、ここまで登ってきた街並みと夕日を映した海が見える。
「壮観だ」
「ほんとう、きれいですね」
古代の人々がここに神殿を築き、ここで守護の女神に祈りをささげた理由がよくわかる。
「さあ、この島ともこれでお別れだ。どうせだからロマンチックにいこうか」
「あら、いいですね。どうします?」
「そうだな……」
エスコートするように右手を差し出す。
「はい」
そっと手をのせてくれる。
その手を引いて小都音と並んで、神殿の中央にいく。
触れた手の指を絡め、引き寄せて、一方の手を小都音の腰にまわす。
俺にも同じようにしてくれる。
はじめはやさしく、次第に強く抱きしめ合う。
いま、頭の中はこいつでいっぱいだ。
小都音は誰にも譲れない。
離れるなんてありえない。
死すら俺たちを分かつことはできないのだから。
「これからもずっと一緒にいよう」
「はい。いつまでも一緒ですよ」
いまさらだけれども、いま伝えたいこともあるのだ。




