紫水晶
紫水晶
彫刻が施された青銅色の扉の前につく。
「ここですね?」
「ああ、上にいるときにルーンで見たやつと同じだ」
さて、入る前に中の様子をさぐっておきたい。
先ほどは障壁が邪魔をし、中を覗くことはできなかった。
まず右手のガントレットで扉の障壁を破壊する。
「これで中の様子をさぐれる」
探索のルーンを扉の中に通して様子をみる。
中は教会の造りになっていた。
部屋の奥には見上げねば上の先が視界に収まらないような大きな十字架がおいてある。
その周りをたくさんの蝋燭の火が囲っている。
十字架の前で、白いローブを目深くかぶった人間が1人、膝まづき祈りを捧げていた。
ローブの上からでも細い肢体の持ち主だとわかる。
バレないか? ――相手の目線の先に入らないように正面にまわる。
あれは……。
「あった。ようやく見つけたよ」
「水晶――ですか?」
「ああ、そうだ」
その胸に、探し求めていた紫水晶――霊魂の栫があった。
「それに前回の持ち主、あのカルト集団よりマシらしい。ちゃんとした神を崇めているよ。――ここから先は広い。いつもの刀を振えるぞ」
「あら、それはうれしい」
にこりと笑い、小刀を仕舞い刀を取り出す。
「ただ、戦いになるかどうか。中には女がひとり。そいつが水晶をもっている」
「それならそれでうれしい限りですね。私たちは殺し屋じゃないですから」
……これまで何人屠ってきたの考えれば笑える話だが。
「よし、いくぞ」
「はい」
扉を押し開く。
反応するように、ひざまずいていた女が立ち上がり、ゆっくりとこちらに体を向けた。
かぶっていたフードを両手ではずす。
細い糸のような黄金の長い髪の少女だった。
年齢は16、7あたりだろう。
「あら、可愛らしい」
小都音が呟く。
「やっぱりここまで来たんですね。――狙いはこれ?」
首から下げた銀のチェーンを指でつまみ、先端に吊るした紫水晶を示して言う。
「ええ、そうよ。大人しく、返していただけます?」
少女が首を横に振る。
「これは再び現れるメシアの復活のために必要なものなのです。今、世界中のありふれた不幸を取り除くには、あの方に頼らざるをえないのです。だから渡すわけにはいきません」
「そう。水晶を使って神の御使いを……。語らずとも確かにこの世界、そのような方も必要でしょう。ですが、私たちにとってもその水晶が必要なんです」
「そうですよね。……この水晶は色々な人の手を渡ってきました。不老不死を願う人、偉人の復活を望む人、そして、大切な人を失った人。沢山います。――結局、奪い合うしかないのです」
幼く見えて、はっきりとした意志がそこにあった。
「つまり?」
「つまり……お二人にはここで消えていただきます」
少女の言葉に反応したかのように、背後の扉がばたんと音を立てて閉まる。
警戒し鞘に収めた刀の柄に手をかける。
少女が俺を指さす。
『フィリーネ、気をつけるんだよ……あれは、死んでいる』
それはさっきまでの少女の声とは思えないほど低く、嗄れた声だった。
同時にその言葉に、はっとした。
「見抜けるやつもいるってか。……小都音、今の声の奴、この部屋に他に誰かいるか?」
「いえ、今のは確かに目の前のこの少女が……」
周りを見渡しそう応える。
やっぱりか……。
「教えてくれてありがとう、エルメンヒルデ」
細い声。元の少女の声だった。
いつの間にか少女の右手には銀の十字架が握られていた。
「フィリーネってのはお前の名か?」
「はい。生きた人のように見えるのに……でもあなたは死んでいるのですね。……かわいそう。……神の元へゆけなかったのですね」
「はは、気にするな。これはそいつの石の力さ」
水晶に目を向けていう。
フィリーネが胸の水晶に左手を添えた。
『お前ごときを生き返らせるためにこれの力を……? ありえない』
嗄れた声で返してきた。
「……お墓に戻して差し上げます」
また少女の声に戻る。
「忙しいやつだな」「忙しい方ですね」
俺と小都音の声がかぶった。
「多重人格か……?」
「いえ、これは憑依、だと思います」
「ってことは、そのエルメンヒルデって奴も俺と同じ死人じゃないか。依代になる体が自分か他人かってとこは違うけどさ」
「お話しはもうよろしいですか? それでは――」
フィリーネが手に持つ十字架を前にかかげた。
「な……!」
見えない圧力が身体を襲った。
身体が勝手に宙に浮き、ダンと背中と頭を強かに壁に打ち付けた。
壁に磔にされた恰好となった。
「理靖!」
「神に仕える者として、あなたをあの世にお送り差し上げます」
ち、体がうごかない。
声も出ないのか!?
フィリーネのもつ十字架を見ていると頭が朦朧とする。
それなのに十字架から目をはなせない。
これはまずいな。
魔術を使う手段がない。
『そもそもアンデッドが神の家に入るなどと……』
また老婆のようなしゃがれた声になっていた。
「……理靖、少し待っていてください。すぐに片付けますから。本体が子どもではやりにくいのですが……」
一足飛びでフィリーネに近接し抜刀――。
上段から袈裟斬りにする。
がん、と刀が堅い障壁にはじかれる。
「っ」
衝撃でフィリーネの体が後ろに押し下がる。
「ち、それなら――」
バックステップで距離をとり、突きの構え。
刀にありったけの魔力を込めていることがわかる。
刀の切っ先に集まった銀色の魔力が煌々と輝く。
「うそ、なに……この力……。か、神の守りに対抗しようだなんて……」
フィリーネが後ずさる。
「……エルメンヒルデ、代わって!」
悲痛な叫びのようだった。
「やっ」
小都音が少女との距離を一瞬で詰る。
鋭い突きを繰り出す。
フィリーネの障壁の貫き、切っ先が右手に持った十字架の真ん中を穿つ。
短く悲鳴がした。
さらに袈裟切りしフィリーネの首にかけられたチェーンを切り落とす。
チェーンの先についた紫水晶が床に落ちて転がった。
刀を鞘に納め、フィリーネとの間合をつめる。
ゼロ距離で刀を抜くようにして柄の頭をフィリーネの眉間に叩き込む。
フィリーネの頭が後ろに吹き飛んで、華奢な体が仰け反りそのまま倒れた。
殺さないのは小都音なりの優しさなのかもしれない。
俺を磔にしていた力も消えた。
小都音が振り返る。
「理靖、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。助かったよ。あやうく成仏するところだった」
「ぎりぎりでしたね」
タン――足音がした。
反応できなかった。
赤い血が小都音の腹から流れた。
腹から細い銀色の刃が覗いている。
「小都音!」
小都音の顔が苦痛に歪む。
『……悪人にしては甘い。首を切り落とすか……心臓を貫いておくんだったね』
小都音の背後で、気絶したはずのフィリーネが口角を上げて笑う。
いや、今はエルメンヒルデという奴か。
「痛いですね……。それと今の、こちらのセリフです」
身体を動かさないまま、腕の力だけで鞘の先端を背後のフィリーネの左脇腹から横隔膜へ押し上げるように突き上げた。
「ごふっ」
刺したままのナイフからフィリーネの手が離れ、右に跳ね飛んだ。
フィリーネの体はもうぴくりとも動かない。
「小都音、大丈夫か!」
駆け寄って横にする。
「はい……大丈夫ですよ……。内臓はやられていません……。ナイフを抜いて、治癒をお願い……できますか?」
「ああ、少し痛むががまんしろよ」
頭を撫で、傷が広がらないように腹を押さえて、一息にナイフを引き抜く。
抜いた途端に血があふれてくる。
傷口を手で押さえ、服をめくる。
白い肌に痛いたしい赤黒い傷。
その傷口に重ねるように治癒のルーンを描く。
魔力を通すと、すぐに傷はふさがっていった。
大丈夫だ。
ちゃんと効いた。
「起き上がれるか?」
「ええ、さすがですね」
立ち上がるのを手伝う。
「ふう。ありがとうございます。さあ、早くここから出ましょう」
「ああ、無理するなよ」
気絶しているフィリーネの近くに落ちている紫水晶を拾う。
今度はきちんと本物であるかどうかすぐに確認した。
「うん、ちゃんと本物だ」
「やっと取り返すことができましたね」
にっこりと小都音が笑った。
よかった。
水晶を取り返せたことよりも、こいつが無事だったことにほっとした。
宮殿を出る。
太陽がもう少しで顔を出すという時間になっていた。




