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最愛のパートナー 死者と生者の記憶を巡る旅  作者: はせ
第1章 名も知らないパートナー
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プロローグ

プロローグ



 暗闇の中、身につけた黒いローブで闇に乗じ、さらに不可視のルーンで姿を隠す。


 大戦以前に建てられたものなのか和風と洋風が混在した異人館に似た屋敷の中に潜入。

 廊下に取り付けられた大鏡に手をかけ、左にずらすと、地下へ続く階段を見つけた。

 それを降りて道なりに進むと、扉があった。


「これか……」


 しんと静まり返る中、ぽた、ぽた、と水滴が床を打つ音が小さく響く。


「気配は……ないな……」


 極力、音を立てないように、慎重に扉を押すと、広間が広がった。


 薄暗いが、広間の奥、扉の正面に祭壇があるのがわかる。

 扉の両脇に大型の円形の鏡が配置され、どうやらこの鏡をうまく配置し、地上の月の光りを反射し室内の明かりとしているらしい。


 鏡に映る自分の姿が目に入る。

 肌の色が白く、血色が悪い顔がそこにあった。


 鏡の角度を調整し、広間の奥まで光りが届くようにする。


 祭壇の頭上に、大きな像が浮かぶ。


「こいつは……」


 浮かび上がったその姿は、ドラゴンに似た猛獣に乗った悪魔。

 右手には毒蛇。


 悪魔の額には大きさ5センチメートルほどの石がはまっている。

 両円錐状の形だ。


「あれが今回の仕事のターゲットか……。悪いがいただいていく」


 その石を取り外し、窓から差し込む月明かりにかざす。

 上半分は透明な紫色で下半分は色のない透明。

 そのグラデーションはどこか神秘的だった。




***




「くそ、最後の最後でしくじった!」


 屋敷の窓から出たところで、屋敷の警備と鉢合わせてしまった。

 それだけならまだよかったものの見えやすい(、、、、、)体質らしい。

 瞬時に氷結のルーンで凍らせたが、その直前に叫び声をあげられた。

 すぐに警備の奴らが集まってきた。

 俺はなんとか門を出て、林まで走った。

 太い木の影に身を隠す。


 さて、状況把握だ。


 追いかけてくる奴等の人数はだいたい10人。


 ブラックスーツの姿からシークレットサービスを思い浮かべる。


 ただ手にする武器は拳銃ではなく木製の魔法杖。


 中近接戦闘向きの魔術をつかってくる。


 夜目が利くらしいく、この暗さの中、正確に狙いをつけてくる。

 こっちは不可視のルーンを使っているというのに、俺の姿が見えるらしい。

 俺の体質状、かなり見えにくいはずなのだが……。


 しかも、相手は魔術師。――厄介だ。


 奴等が使う術式が何かわかれば、それに合わせた対応も可能だ。

 しかし、分からなければ単純に力比べになる。


「多勢に無勢……だな」


 空を仰ぐが目に映るのは星を覆う暗い群青。


 力比べならもちろん負ける。


 ここは逃げの一択あるのみ……!



 幸運と離脱のルーンを刻み、駆け出す。


「いたぞ! 生かす必要はない! 確実に仕留めろ!」


 リーダーらしき男の怒声が聞こえる。

 炎やら氷やらが背後から飛んでくるが構わず走る。


 際立つ崖まで出てそのまま勢い良く飛び降りる。


 その瞬間、背中から刃物が刺さり、胸を破いて抜けていく。


 眼前を、刃物の軌跡に沿って、赤い血が弧を描く。


 ち、投げナイフか……。


 あの形状――重心が刃の先端部分にあり、刃と柄を一体にして貫通しやすくしている。


 肺から逆流してきた血で、口の中に鉄の嫌な味が広がる。


 胸に触れる。――傷は、ない。


 ねっとりとした血が服に滲んでいるだけだ。


「セーフ。危なかった……」


 ナイフにはなんら魔術的な施しはされていなかった。


 瞬時に傷が塞がったのだ。


 そのまま重力に任せて落下、そして岩礁のひとつに着地。


 あらかじめ用意していたボートに乗り込み、その場を離れた。




 俺は既に死んでいる。

 どうやって死んだかは知らないし、名前すらどうにも思い出せない。


 ただ、この死んだ肉体は魔術的な施しのない攻撃ではダメージを負わないということだけは目が覚めた後にすぐに知った。 



***




 ボートのエンジン音が身体に伝わる。

 夜の冷たい風が頬を突く。

 相手に位置がばれないようにライトをつけていないため、頼りになるのは月と星の光りだけだ。


「お疲れさまでした。――例のもの、手に入りましたか?」


「ああ、もちろん。でも危なかったよ。魔術師がいた。

 単なるカルト集団って話だったが、魔術教団の間違いだな、あれは」


「崖の下からでも火の玉が飛んでいるのが見えて、はらはらしましたよ。情報の確度が低いことは分かっていましたが、上には文句を言っておかないと……。怪我はありませんか? 血で汚れちゃっているようですけど?」


 舵を握る黒髪の女――月代(つきしろ)という――は、 少し不安そうな表情を向けてきた。


 幾度と無く背を預けてきた仕事のパートナー。


 もちろん俺とは違って生きた人間だ。


 長い付き合いにもかかわらず、未だ下の名は知らない。

 この業界では、聞いても偽名が返ってくるだけだ。



***




 ホテルに着いてチェックインを済ませる。

 部屋はツインルーム。

 中をチェックし、小型マイクやカメラがないか確認。


 ようやく一息つく。


 もう深夜を回っている。

 月代は何やら服を脱ぐ。


 (あら)わになる白い肌。

 漆黒の髪が胸元を隠す。

 柔らかそうな豊潤。


 俺はそれを黙って眺める。


「覗いちゃだめですからね」


 そう言い残し、シャワールームへ入ってく。


「心配するな」と返す。


 するわけない。

 なにせ、シャワールームの扉には退魔(さそり)の護符。

 触れた瞬間、俺は成仏してしまう。



 あと少しの時間くらい待ってやるよ。





 

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