夢3
俺が表に戻ると、少女は交番においてある木製の長椅子に座っていた。
外はだいぶ日が落ち、交番の中も薄暗くなっていた。
俺は彼女の姿を見つけ、内心ほっとしていた。
このまま彼女がいなくなっていれば、謝ることができなかっただろう……
「あ、あの……」
声をかけると彼女は立ち上がって俺を見た。
その彼女の顔を俺はしっかり見ることはできなかった。
「先ほどはすみません……突然、睨みつけたのに謝りもせず」
俺は深々と頭を下げた。
「そうなのですか……? 奥の部屋に向かう途中……謝っていませんでしたか?」
何のことだ……? と思い顔を上げてみるとそこには彼女を初めて見たときのように彼女がいた。
あのときは無我夢中だった。
何を口走ったのか覚えていない。
「私も……出過ぎたことをしてしまい……申し訳ございません……どなたにも触れられたくないことがあるのに……それに土足で踏み込むような真似を……」
「あ、いえ、そんなことはないですよ。ただ、自分の性質を他人に別の解釈をされると、自分の存在を否定されているような感じになって……気分が悪くなるんですよ……それで、だからといって君を責めているわけではなくて、過去にいろいろあって……その……」
俺はしどろもどろに弁解していた。
彼女まで謝ってきたので調子が狂ってしまった。
「そうなのですか……? よかった……てっきりお巡りさんを怒らせてしまったのかと……」
彼女は安堵の表情を浮かべた。
「怒ってなんかないですよ。俺こそあんなことしておいて……」
それから、俺と彼女は「俺こそ」「私こそ」の謝罪の押収だった。
俺の手作り長椅子の座り心地が悪くてすみませんとか、電気をつけなくてすみませんとか、そんなレベルの謝罪を俺はしていた。
俺は先に謝罪のネタがつきてしまったので降参した。
この謝罪が何の勝負だったのか分からないけど。
俺は疲れたので長椅子に座った。
それを見て彼女も俺の隣に腰掛けた。
そういえば、椅子を作ろうと思ったとき長椅子か丸椅子かで悩んだが、長椅子にして本当に良かった。
それも、スペースを考え、二人掛けのをだ。
ちなみに、奥の部屋から座布団を持ってきたのでもうずっと座っていても痛くならないようになった。
ちなみにその座布団も俺の手作り。
よっぽど暇だったんだな……
「あの……お巡りさん……少し頼みたいことがあるのですが……よろしいですか?」
彼女の声がすぐ隣から聞こえる。
そういえば俺、大人になってからこんなにも近くに人がいたことなんてなかったな……
距離はほんの数センチ。少し動けば肩と肩が触れ合いそうな距離。
まったく……今まで人と関わろうとせずバリアを張っていた俺はいったい何だったのか?
まあ、何事も例外はつきものだ。
「はい、なんでしょうか?」
今なら彼女の頼みなら何でもすぐイエスと言ってしまいそうだ。
「その……厚かましいお願いかもしれませんが……一晩、泊めていただけませんか――」
「イエス、いいですよ」
レスポンスまでコンマ1秒。
彼女の発した言葉の最後の発音が聞こえるか聞こえてこないかのタイミング……
ん? ヒトバントメテイタダケマセンカ? いったい何の暗号だ?
「え? 今なんて言ったの?」
「一晩、泊めていただけませんか、と……」
俺は多分、そうとう焦っていたと思う。
そりゃあ、もちろん、今日出会った少女にいきなり泊めてほしい、なんて言われるとは思っていなかった。
なんだ? なんかの企画か? 都会に泊まろう? それとも一般人をターゲットにしたドッキリ?
それに何が、「フッ……レスポンス――」だ。馬鹿じゃねぇの、俺。
「いや、ちょっと待って。いきなり見知らぬ人の家に泊まるってのは、いくらなんでも突拍子すぎるでしょ?」
すると彼女は悲しそうな顔をした。
「ご迷惑でしたか……? すみません……そんな無理なお願いをして……」
「いや、その……俺は泊まってくれても構わないんだが、男女がひとつ屋根の下で寝泊まりするのはいろいろ問題があるだろうし……」
「でも……外も暗くなってきましたので……」
彼女は交番の外に目をやった。
俺も彼女につられて交番の外を見た。
確かに外はだいぶ暗くなっている。
駅前はちらほらと歩行者がみえるぐらいで、車もあまり走っていない。
時計を見ると午後7時ぐらい。
本来ならば、みんな家に帰って家族とにこにこ語らい合いながら食卓を囲む時間だ。
「でもな、そんな簡単に人の家に泊まるなんて言わない方がいい。最近は行方不明事件も起こってるんだ。昨今の男どもは君みたいに素敵で可愛い女の子を狙っているんだよ」
それにしても、どうして俺の家に泊まってもいいか訊ねてきたのだろうか?
俺の家で泊まるメリットよりかはデメリットの方がはるかに多い。
それに交番で待てば彼女の友人がいつ来ても対応できるし、俺が何かしてきたらすぐ逃げられる。
それなのに……
と、彼女を見ると、いつのまにか頬を赤く染めて、「そんな……可愛いだなんて……」と小声で呟いていた。
なるほど、彼女の天然っぷりは筋金入りか……