独3
私が遭遇した情報屋という人間は非常に奇妙な生き物だった。
「そんで、そこの姉ちゃんが黒髪ロング、思わず守りたくなる困り顔の、おっぱいのでかい女の子を探しとるっちゅう、超絶美人、姉属性の中にも幼さ、ドジっ娘の才を感じ、独特の語り口調のコスプレ女性の……?」
おい、ちょっと待て。
いったい桑原君は私と私の友人のどんな情報を情報屋に送りつけたんだ……?
と、桑原君を横目で見たが、桑原君はこの奇妙な情報屋に釘付けになっていた。
私もまさかこんな人が出てくるとは思わなかったわよ。
「あの、お名前をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「え、ああ……リーシア・タオゼントよ」
「なるほど、外人さんでしたか。それなら……」
すると情報屋の雰囲気がまるで、スイッチが切り換えられたかのように変わった。
「これは、これは、遠い異国の地より遠路遙々、このような辺鄙な東洋の小国、日本国にお越しいただき、誠に有り難き幸せで候……」
と、情報屋は右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向に差し出す西洋式のお辞儀をした。
「「へ……?」」
情報屋の謎めいた言葉と奇行に私と桑原君は間抜けな声を出してしまった。
「さて、自己紹介をさせていただきます。わたくしの名前は松本 清。松の木の『まつ』に、本で『もと』、清らかなの『せい』で、松本 清と申します。情報屋を生業としています。年齢と性別とスリーサイズだけは申し訳ないのですが、お教えできません。それとわたくし、性別をごまかすためにわざと髪の毛を長くしております。チャームポイントは糸目と八重歯。白衣なのは昔の名残です。どうもよろしくお願いします」
これはまた厄介なヤツが出てきたな……
と、思ったのは桑原君もだったのか渋い顔をしている。
「さて、自己紹介も終わったことで、そろそろ本題にまいらせていただきましょうか」
そういえば、この情報屋は私の迷子になった友人の情報を持っているんだった。
「それで、今、どこにいるの!?」
私は情報屋に詰め寄った。
そのとき、「うわぁ……お姉さんもおっぱいでかいなあ……」と聞こえたのは気のせいということにしおいてやろう。
「焦らないでください。確かにその少女の情報は持っていますが、情報にはそれなりの対価を払ってもらわないと……」
そうだ。こいつはイカレてても情報屋。それが仕事である。
しかし、私の財布には1万円と硬貨がいくつかあるだけ。
1万円でその情報との対価となるのだろうか?
見るからにぼったくりでもしそうな風貌だしなぁ……
「本来は、わたくしは情報のかわりにお代をいただいています。しかし、特別に免除いたしましょう」
私が難しそうな顔をしていると、情報屋はそんな私を見てそう提案してきた。
「本当に!?」
しかし、情報屋の顔を見ているとその代わりと言って何か別のものを要求してきそうな雰囲気を醸し出していた。
「ただし……」
そして、情報屋はにやにやしだした。
まさか……
私はゴクリと唾を飲んだ。
「その代わりに、少々わたくしとのお喋りに付き合ってくださいませんか?」
あれ……? なんか思ってた要求と違う……?
中身エロオヤジだから、てっきり胸でも触らせろ、とか言ってくるのかと思ってた。
いや、まあ、前やってた仕事がそういう仕事だったから別に胸ぐらいならどうってことはないんだけど……
しかし、金でも胸でもない「お喋り」だけならありがたい。
「ええ、それぐらいならかまわないわよ」
私は了承した。
しかし、私はこの情報屋の知的探求心をなめていた。
「それにしてもだいぶ日本に順応していらっしゃいますね。日本に住んでいらっしゃるのですか?」
「ええ、日本には3ヶ月前、引っ越してきたばかりよ」
「3ヶ月前? そんな短期間でそこまで日本に順応できるとはすごいですねぇ」
「まあ、日本のことは事前に予習してきたからね」
日本なんて余所から見れば異世界よ。
何の準備もせずに来れば命を落としかねない危険な場所でもある。
「なるほど、予習ですか。なかなか勉強熱心ですね」
「ど、どうも」
「わたくしもですね、見知らぬ土地に行くときは予習を欠かさないようにしているんですよ。地形を地図などで確認して、観光やグルメ、そこに住まう人々の人柄をきちんと調べてからね。パンフレットとか観光ガイドも用意してね。まあ、それでも迷子になったりはするんですけどね、ははは……」
あ……
この人……私と同じことしてる……
「あ、ところで、引っ越してきたとおっしゃっていましたが、日本へはお1人で? それとも家族や友人と?」
「えっと……私と私の夫、それと娘2人で」
「はあ、なるほど。家族と、ですね。では、どうして日本に引っ越してきたんですか? やはり、コスプレの本場だからですか?」
「そ、そうね……私の夫がまずそんな感じの理由で日本に住みたいって言ってきてね。それで私たちもついて行くことにしたのよ」
仕方なく、ね。
だって、あの気まぐれ野郎、日本に行く前日に「日本に行くよ、着いてきて」なんて言い出したんだから……
「そうなんですか。旦那さんもそういった趣味をお持ちでしたか。それで、旦那さんのお名前は?」
「千早 草一郎ですよ」
「おや……千早さん、ですか。日本の方ですか?」
「あ、いや、それがちょっと違って、私の住んでいた地域ではないんだけど、私の夫は日本語に近い言語を使っていた地域に住んでいたのよ」
「ほう……日本語に近い言語ですか……」
「実はそのおかげで私も日本語が覚えやすかったというのもあるわね。少しは聞き慣れていたから」
「まあ、日本語を習得するのは日本人でも難しいと言いますからね。本当に難しい言語ですよ」
「まったくその通りね」
「まあ、それが日本語の良いところでもありますけどね」
情報屋はうんうんと頷いた。
「ところで、日本に来てみてどうです? なかなか面白い場所でしょう?」
「ええ、確かに。見たことないようなものもたくさんあるし、毎日新鮮なことでいっぱいよ。ただ、ちょっと都会は人が集まりすぎかしら。それで、本来友達を案内するはずの私も一緒だったその友人も迷子になっちゃってね……」
もう、私はおばさんだから迷“子”ではないのだけどね……
「あれま……そうなんですか?」
「恥ずかしながら……」
「大丈夫ですよ。わたくしも実は東京に初めて来たときに迷っちゃったんですよ。ただ、あのときは運良くお巡りさんに出会って無事に家に帰れたんですよ。いやあ、ある意味親切な人でしたね」
なるほど、困ったときは「オマワリサン」に頼めばいいのか……
「その『オマワリサン』っていうのはどんな人だったの?」
「えっと、そうですね。目つきが悪くて、嘘を見抜く才能がある人です」
「なんだか、不気味ね……」
「そうでしょう? 不気味ですよね。目つきが悪いだけでも十分近寄りがたいのに、嘘を見抜けるだなんてね」
嘘を見抜く……か。
まるで手品か魔法のような能力ね……
「ああ、そういえば、実はその人から嘘を見抜く方法を教えてもらったんですよ。試してみてもいいですか?」
すると、情報屋の笑みが不気味なものへと変わった。
私もその表情には鳥肌が立った。
「さぁて、最後に質問させてください。あなたの名前……いえ、あなたの本名を教えてくださいませんか? あなたの名前はリーシア・タオゼント、ではありませんよね?」
「え、あ……その……」
「わたくしはね、何か秘密を抱えている方から洗いざらい情報を引き出すのが大好きなのですよ。特にあなたのようにその秘密の重要度が高いときほどわたくしは、その秘密を聞き出し、わたくしの情報の糧としたい気持ちが抑えられなくなるんですよ。だからわたくしは情報屋という仕事をしているのですよ。ですから、そちらのお嬢さん。あなたの本名を教えていただけますか?」
私はその情報屋の不気味な笑顔とその笑顔に隠された本性を私が考える前に頭が察知し、とにかく走り出していた。
私の一族は親しい仲の者以外には絶対本名を明かしてはならない。
そしてたとえ親しい仲であっても本名を口に出して名乗ることはない。
口に出して本名を名乗る行為は私の一族にとっては相手との契約や婚約などの重要な約束を意味する。
もし安易に名乗ったりすれば、相手が契約を解除しない限り半永久的に契約の支配下に置かれ、そして契約した相手からどんな酷い仕打ちを受けるか……
そのため、私の一族ではもし本名を聞いてきた場合、とりあえず逃げろ、と教えられてきた。
それが無事に生き残るための秘訣だとも教えられてきた。
だから、私は走った。
すでに道に迷っているなら、これ以上道に迷ったところで悪化しようがないし、本名を口に出す方が最悪だったからだ。