練2
わたしは刑事の鈴木さんともう一度事件のあった場所を回っていた。
せっかく捜査した資料のほとんどが燃えてしまったので、もう一度、証拠や目撃情報を集め直さなければならなくなってしまったからだ。
もとよりないに等しいので、再び捜査したところで新たな発見があるはずもないと思っていた。
案の定、「塩城スカイリンクタワー」周辺の聞き込みは不発に終わり、「高層ビル連続放火事件」の2件目の現場となった「園常ツインタワー」、3件目の「達磨ビルディング」の周辺で次々聞き込みを行った。
しかし、わたしたちが手に入れるのは手がかりがないという情報と疲労だけだった。
「やっぱり、全く情報が入ってきませんね」
わたしはほぼ白紙の手帳を閉じながら言った。
「まあ、地道に情報を集めていきましょう……先輩もそれが一番だって………」
鈴木さんは明らかに疲れた顔をしていた。
あの後、わたしの事務所を放火した犯人の目撃情報や犯人を特定する証拠は出てこなかった。
警察としては、まる3ヶ月間も何も手がかりがないまま。
そんな状態で捜査を続けていれば疲れがたまる一方である。
「とりあえず休憩でもしましょうか」
そう言ってわたしは公園を指差した。
「そうですね……そうしましょう……」
わたしと鈴木さんは公園に入ってすぐのところにある自動販売機で思い思いのものを買って、ベンチに座った。
ベンチの場所は木陰になっていて休むにはちょうどいい。
「ところで、鈴木さんはどうして刑事になろうと思ったんですか?」
「え? 僕ですか?」
鈴木さんはそれから「そうですねえ……」と上を見上げ、悲しげな表情をうかべ、何かを思い出しているようだった。
「一番の理由は父さんが警察だったからです。そう、警視庁捜査一課長だった鈴木 成人は僕の父でした」
警視庁捜査一課長だった鈴木 成人は警察や探偵の間では知らない人はいないだろうという有名人だ。
わたしは詳しく知らないのだが、話に聞く限りかなり腕が立つらしい。
「初めは父さんが警察だから僕も警察でいいかな、なんて軽い気持ちだったんです。でも、父さんの仕事での活躍を見ているうちに次第に父さんに憧れるようになっていって、父さんみたいな警察官になろうと思いました」
わたしはその話を聞いて感心してしまった。
わたしは親の反対を押し切って探偵をすると言い張り、家を出てしまった。それ以来両親とも連絡をとっていない。
そんなわたしが探偵になろうと思った理由も本当に自分勝手なものだったと思う。よっぽどどうでもよかったことなのか、今は忘れてしまったが……
「そう思うと、いつまでも休んでいられませんね。父さんのような立派な警察官になるためにも」
鈴木さんは元気よく立ち上がった。
わたしもそれにつられて立ち上がった。
「さあ、次はどこを捜査しましょう?」
「とりあえず警視庁以外は一通り回ったので、警視庁に行きますか」
わたしたちは警視庁に向けて歩き出した。
「それにしても、悔しいぐらいに賢い犯人です」
道中、事件の概要を整理しながら犯人について話をしていた。
「あれだけ大胆なことをしていて、どうして目撃情報が出ないか分かんないですよ」
鈴木さんは頭を掻いた。
「本当にそうですね。常人には不可能なこと……『魔法』でも使っているんじゃないですかね?」
どうして「魔法」なんて言葉が出てきたかというと、「高層ビル連続放火事件」のニュースでたまたまそういう言葉が使われていたからだ。
「まるで魔法でも使っているかのように……」とニュースキャスターが喋っていた。
「『魔法』……ですか。それなら、僕も納得です」
鈴木さんは少し笑みを浮かべた。
「でも、『魔法』なんてあれば、探偵の仕事も楽になるんですけどね。探し物を見つける魔法とか、嘘を見抜く魔法とか」
そんなおとぎ話のような話に鈴木さんはビクッとした。
「どうしたんですか?」
「そういえば、3ヶ月前まで捜査一課にいたある刑事を思い出しまして……」
「どんな刑事さんだったんですか?」
「なんというか、目つきが悪くて、仕事中ずっと棒付きの飴をなめていたり、特に被疑者が嘘をついたとき、その嘘を見抜いたりして、こういうのもアレですが、ホントに不気味な人でした」
話を聞く限り、その刑事は普通とは思えない。
「ところでその刑事さんはどうなったんですか?」
「えっと、そうですね……たしかどこかの交番で勤務しているらしいです。僕も先輩から聞いただけで詳しくは知らないんです。どうしてそんなことを――」
そこで鈴木さんもハッとして顔を上げた。
「なるほど、3ヶ月前ですね」
そう、3ヶ月前、「塔の破壊者」が最初の放火事件を起こした頃だ。
偶然、ということも考えられるが、今回、その偶然が恐ろしい。
偶然、世の中に嫌われている人が死んでいく連続放火。
偶然、捜査妨害のごとく狙われた探偵事務所。そして、偶然、最初の事件の犯行と同時に捜査一課を去った元刑事。
「とりあえず、その元刑事を見つけよう! 警視庁に行けば、その元刑事の行方が分かるかもしれない!」
「そうですね!」
鈴木さんはさっきの疲れた顔が嘘のように嬉しそうだ。
わたしたちは警視庁へ向かう道を走っていた。