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夢想曲

目つきの悪い交番勤務の警察官と迷子の少女の物語

俺は駅前の交番のカウンターに突っ伏していた。


駅前は人通りが多くてうんざりするので、いつも見えないようにそうしている。


見たところ、視界は真っ暗だが、多分外は本日も良い天気。街に異常なし。

強いていうなら俺が異常かもしれない。


「報告:俺に異常あり」




駅前から続く大通りは国内最大の大都市圏内にあるだけはあって、一度聞いたことがあるような有名企業のビルや高層マンションが並んでいる。


どれもこれも、だれもかれもが、上へ上へ行こうとするがごとく、ビルは高くそびえ、人は高いところを目指す。


馬鹿と煙はなんとやらだ。


そういえば、最近、「塔の破壊者」を名乗る者が高層ビルなど高い建物を狙って放火する事件が起こっていると、世間が騒いでいたような気がする。


その「塔の破壊者」だが、多分、その塔はバベルの塔を表しているのではないかと思われる。


バベルの塔は旧約聖書のノアの方舟と同等に有名な話で、俺もよく知っている。


天に届く塔を建造して、神様に挑戦しようとしたので、神様は人類の科学技術への過信の戒めとして塔を崩した。という話だ。


その話からバベルの塔は実現不可能な計画の喩えになっている。


それ以外では、タロットカードの「塔」のモチーフになったという説がある。

「塔」は最も悪い札とされていて、「崩壊」「災害」「転落」「事故」などの意味を持つ。

フランス語やスペイン語の名称などは「神の家」とされているが、元々は「火の家」という意味だったらしい。

そう考えると放火なのも納得できる。


と、まあ、こんな使えない無駄知識を身につけた理由は、この退屈な交番勤務の所為だ。


そして、その原因は今から、丁度3ヶ月前のことだ。




俺は以前、なんと警視庁の捜査一課にいた。

まあ、驚くのも無理はない。

こう見えても今晩勤務になる前は真面目にお仕事をしていたんだ。


捜査一課内ではあまり目立つような存在ではなかったが、それでもある日突然、交番勤務を言い渡されたときは耳を疑った。

仕事には真面目に取り組んでいたし、ミスもしたことはなかった。


それなのに、今はただ、カウンターの向こうからぼんやりと行き交う人を眺め、自転車から行き交う人を眺めているだけを延々とこなす仕事をしている。

それも、たった1人で。

(1人になった原因はこの3ヶ月で嫌がらせをして他の巡査を追い出したからである)


最初の頃ははどうしてこうなったか分からなかったが、まあ、こうして交番勤務に励むといろいろと思うところはある。


自惚れだったのかもしれない。

真面目に取り組んできたと思っていたことは、ちっともそうではなかったのだろう。

しかも、目つきが悪いとも言われたことがあったが、確かにそうだった。


「クビにならなかっただけマシだと思え!」


上の人が言った言葉が脳裏をよぎる。


「ああ、そうだな! もし、仕事を失っていたら、今頃自分の部屋に絶望的に素敵なインテリアが増えてしまっていただろう! 質素な空間が一気に殺伐とした空間に早変わりだ!」


「あの……」


「でも、家具が少なくて、生活感がないと同僚に言われていたけど、その問題は解決してたんじゃないか?」


「あ……あの……」


「よし、そうと決まれば、行動だ! 縄は買えばいいし、台は椅子で大丈夫だろう! あとは遺書とかも必要だろう! こういう小物が部屋の華やかさを引き立てるからな!」


「あの……お巡りさん?」


そこで自分のことを呼ばれているのだと気付いた。


「ああ、すみません。今のは独り言です」


そう言いながらカウンターから起き上がってその声の主を見た。


流れるような黒く長い髪、まだ幼いながらも大人の女性に負けないほどエロ……す、素晴らしいスタイル、顔も困り顔ながらどこか大人びているようにも見える。

彼女の着ている制服は都内の某有名な私立高校のマークが入っている。


その美少女を見た瞬間、俺の頭には「ストライク」の文字が出ていた。


「どうかされましたか?」


俺は彼女にそう訊ねた。

この質問を投げかけられるのは本来、自分の方かもしれない。

俺の頭がどうかしていらっしゃる。


「実は……その……恥ずかしながら、友人とはぐれてしまい……帰り道も分からず……挙げ句、道に迷ってしまいまして……」


「それは大変ですね。一応お伺いしますが、電話など、連絡手段はお持ちですか?」


「それなら……」と彼女はカバンの中を探った。

なんだ。あるんじゃないか。俺の出番はなさそうだな。


と、悠長にかまえていたら俺の目に飛び込んできたのは、とんでもないものだった。


彼女の学生カバンから出てきたのは、なんともアンティークな雰囲気の機械だった。

木でできた土台に、つまみがついたバネシーソーのような構造をしたもの、そして、折り畳み式のアンテナが取り付けられた機械だ。


「え?」


思わず声をあげてしまった。

だって、これは間違いなくモールス信号を打つ機械だ。

どこかのアニメーション映画で見たことがある、明らかに時代遅れのそれは流行の最先端と呼ばれる女子高校生が持つのには相応しくない代物だった。


いや、待てよ。

もしかして、これが流行の最先端なのか⁉

これがジェネレーションギャップというやつなのか⁉


「あ……間違えました……」


彼女は恥ずかしそうにそのアンティークな代物をカバンの中に片付けた。


で、ですよね~。こんな情報通信機器、現代では滅多に使いませんもんね~?


「あっ、ありました……これです……」と言って次に取り出したのは弓矢と手紙だった。


おい、ちょっと待て。この時代に矢文か⁉

いや、もっと時代は進んでいるよ。

ほら、あるでしょ? もっと最先端的なものが!


と、脳内で彼女にツッコミを入れていると、彼女は早速手紙に、それも筆で「助けて」という主旨の文を書き、矢に結びつけていたので慌てて止めた。


「こ、こういう人の多いところではちょっと危ないからそれは止めておこうね。それに、矢文は相手の居場所が分かっているときに使う連絡手段だからね?」


「す……すみません……そういうことを考えていませんでした……」


彼女はどこか、過去からタイムスリップでもしてきたのだろうか?

あなたは時をかける何ですか? と、訊ねてみたいわ。


「それなら……のろしも閃光弾も発煙筒も駄目ですかね……?」


うん、消防と警察が来ちゃうもんね。

それに都市条例違反になるからやっちゃ絶対ダメだよ。


「あ……でもこれなら……」と言って彼女が取り出したのは鳩だった。

多分、伝書鳩だ。


あなたのカバンは何次元ですか?


「まあ……伝書鳩なら大丈夫でしょう」


もはや、時代なんて考えていられない。とにかく安全第一だ。


彼女は筆で「駅前の交番にて待つ。至急来られたし」と危篤の連絡とも果たし状ともとれる文章を書いて、鳩の足の筒に入れて放鳥した。


「無事に届くといいのだが……」


俺は開けたガラス扉から飛び立っていった鳩を不安げに見送りながら、呟いた。

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