夢9
俺は全速力で自転車を走らせ、ついに彼女を発見するに至った。
その頃にはもう深夜と呼べる時間になっていて、場所も街灯の少ない町外れの通りだだったが、彼女の後ろ姿ははっきりと見えた。
そして彼女を囲むようにそばかす金髪チビ、野球帽ボーイ、坊主ヘッド、メガネスーツが、その4人から少し離れた位置にスポーツ青年が、というようなフォーメーションを組んでいるのも見えた。
よく見ると、その中の1人、そばかすのある顔に金髪のチビは見たことがある。
見間違うはずがないあの顔……
間違いなく、あれは鈴木だった。
どうして、鈴木なんかがここに……?
あいつって一応、一応捜査一課の刑事だよな?
何やってんだ?
俺はそう思いながら物陰に隠れて、聞き耳をたて、目を凝らした。
俺の地獄耳は壁をひとつ隔てた向こう側で俺の陰口をたたいているのを細大漏らさず聞き取れるほどなので、この距離ならば誰がどの声か分かれば、目をつぶってでも誰が何を話しているか分かる。
俺の魔眼はどんなに距離が離れていて、周囲が暗くとも口の動きを判別し、読唇術で俺の悪口を言っているのが見えるほどなので、この距離ならば口さえ見えれば耳を塞いでいても何を話しているかが分かる。
つまり、俺の地獄耳と魔眼を合わせれば、遠くから気付かれずにかなり正確に会話を傍観傍聴できるというわけ。
張り込みもこの能力のおかげでかなり楽になったんだよね。
「ねぇ、そこの君。こんな時間にどうしてこんな所を歩いているのかな?」
ああ……そっか。
補導か。
そういえば彼女ってまだ高校生だったな。
……にしては明らかに刑事ではなさそうな周りの4人は何なんだ?
野次馬?
それとも何か? 圧迫補導?
「あ……その……」
おい、お前らが5人で囲むから彼女が戸惑ってるじゃないか。
今すぐそのフォーメーションやめろよ。
「ねぇ、俺らと遊んでかない?」
するといきなり野球帽が変なことを訊ねた。
あれ?
補導じゃねぇのか?
じゃあ、何だ?
俺らと遊んでかない? だろ……?
それで囲んでいるから……
あっ! わかった!
かごめかごめがしたいのか!
でもこんな夜遅くにか?
うーん……神社でするならまだしも……
「あの……私……家に帰らなきゃいけないので……」
そりゃそうだ。
迷子だもの。
「じゃあ、家ってどっちなの?」
「えっと……」
迷子なんだから分からないでしょうが。
意地悪してやんなよ。
ほんとに最低だな。
え?
困っている彼女を見ても助けに行かない俺も最低だってか?
ごもっともであります。
でも、俺、まだ彼女と会う決心がついてないし……
「もしかして、迷子なのですか?」
すると困っている彼女に助け舟を出すように1人だけスーツで浮いていた眼鏡の男が丁寧に訊ねた。
よし、見た目通りで、ナイスだ。
お前に1ポイントやるよ。
「はい……」
「それは、大変ですね。私も小さい頃はよく迷子になって警察の方にお世話になったものです。それは10年以上も前、私が12歳のときの話です――」
それからスーツは長い長い昔話をしだしので、別にどうでもよかった俺は適当に聞き流しましたとさ、めでたしめでたし。
「そうだ。ちょうど良いじゃねえか。こいつ、こう見えても刑事なんだぜ。何とかしてくれるぜ」
すると野球帽は鈴木を指差した。
「ほ……本当ですか……?」
あれ?
お前、刑事って名乗ってないの?
なのに補導してたの?
「で……でも、1人でも大丈夫ですから……」
それはダメ。
こんな暗い夜に1人になんてさせたら、悪い人に襲われちゃうよ?
すると坊主と野球帽が彼女の進行方向に立ちふさがり、ブロックした。
まあ、こんな暗い夜道、女の子を1人では行かせられないよね。
でも、君たちも悪い人に見えるのは俺だけなのだろうか?
「じゃあ、仕方ない……強制的に連れて行くしかないね……」
おい、ちょっと待て。
もう一度聞くけど、これ本当に補導なの?
いや、聞くまでもないか。
本当のことを言うと最初から何もかも分かっていました。
鈴木が彼女を誘拐しようとしていたことも、鈴木がどうしようもないクズだってことも、この5人が皆、悪党だということも。
あの惚けた発言は全部冗談。
彼女には申し訳ないけど、分かっていてあえて何もしなかったんだよ。
俺にも俺なりの事情があってね。
「よし、連れて行け!」
鈴木は不敵な笑みを浮かべながら命令を下した。
すると、野球帽、坊主、スーツの3人が動いた。
「へへっ……このときを待ってたんだ」
まず、坊主がいやらしい顔をして彼女に近づいた。
危ない!
と思った時には遅かった。
彼女にいやらしい顔で近づいた坊主の腕が消し飛んだのだ。
正確には彼女の右腕が変形し、巨大な黒い影のような右腕になっていて、それが坊主の腕を握りつぶしていた。
見間違いじゃなければ彼女の体も心なしか少し大きくなっているように見えるし、影のように黒い模様が浮かび上がっている。
そして、彼女の目は赤く光っていた。
「この手は……あまり使いたくなかったのですが……そちらがその気なら使わざるを得ませんね……」
なるほど。
自分の手と手段の手を掛けているんだな。
うまい!
「な……なんだよ、それ……一体なんなんだよそれ……⁉ お前といい、あのコスプレババアといい何なんだよ⁉」
彼女は次に正常な判断ができずに飛び込んできた野球帽をその大きな右手で壁に叩きつけた。
もしかして、これ、昨日彼女が俺の家に泊まっているとき、俺が何かして行動に移してしまっていたら、俺もあれと同じ運命を辿ることになっていたのか……?
あ……危ねぇ……
あのまま、本能の赴くまま、彼女にあんなことやこんなことをしていたら、下手すりゃ死ぬところだったのかぁ……
あのときの俺の理性よ、ありがとう!
と、そんな呑気なことを言っている場合ではない。
俺は物陰から立ち上がり、その修羅場にゆっくりと近づいていった。




