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練9

わたしは樫尾さんと別れてからも街中をぶらぶら散策していた。


その途中、人通りが少ない路地を行っているとき、前の方から女性の悲鳴が聞こえた。


わたしが急いで路地の先に進むと、少し開けた場所があり、男3人組に女性が襲われていた。


「な、何をしているんですか」


わたしの声で男3人と女性がわたしの方を向いた。


「た……助けてください……」


女性は助けを求めるがわたしは足が動かなかった。


その3人の男のうちの坊主頭の青年がわたしに迫ってきた。


「部外者は黙ってろよ」


するとすぐさま拳が飛んできた。


わたしは思わず目を瞑った。

左の頬に衝撃があり、そのままバランスを崩し、倒れた。


それから、野球帽の青年も加わり、わたしは一方的に殴られ、蹴られた。

昔から喧嘩はめっぽう弱かったのでわたしは抵抗することができなかった。

声を上げることさえできなかった。


女性を助けようとしたらこれだ。

こうなるぐらいなら助けなければよかったとさえ思ってしまった。


そのとき、辺り一帯に高笑いが響いた。


「誰だ!」


坊主頭の青年が辺りを見回しながら叫んだ。


わたしはその場にいる誰よりも早くその声の主を見つけた。


何故ならばその声の主は街灯の上に立っていたのだから。

実は倒れて上を向いていたわたしはその男が街灯の上で何やら準備をしているときから気付いていたのだ。


「ふはははは! 私は正義のヒーロー、ジャッジメント千早だ!」


ようやく街灯の上の男に気付いた男3人に自称正義のヒーロー、ジャッジメント千早は言い放った。


「大勢で寄ってたかって女性を襲い、たまたま現れた冴えない男をボコボコにするとは! 貴様らには罰を与えねばならん!」


「てめぇ、降りてきやがれ!」


「そうだ! 降りてきやがれ!」


すると、ジャッジメント千早と名乗る男は何の前ぶれもなく坊主頭と野球帽の青年の顔の上に降りた。


当然、突然上から物が落ちてきたら下敷きになる。


「言われたとおりに降りましたよ?」


ジャッジメント千早は何もされてないわたしでも軽くイラッとくる笑みを浮かべた。


そんな光景を見ていたもう1人の男はいつの間にか走って逃げていた。


ジャッジメント千早はその男を眺めながら青年2人の上から降りた。


「大丈夫かい、そちらのお嬢さん……と、そこの君」


わたしと女性は呆気にとられ、何も言えなかった。


「とりあえず、そこの君の身を挺した時間稼ぎのお陰でボクが助けに来れて、そこのお嬢さんが酷いことをされずにすんだので、一応礼を言っておきましょうかね。ありがとうございます」


ジャッジメント千早はわたしに丁寧な礼をした。


「あ、いえ……こちらこそ……」


わたしは起き上がって礼を返そうとしたが、起き上がったとき体のいたるところに痛みが走った。


「無理して体を動かさない方がいいですよ。その誠意と気持ちは受け取りましたから大丈夫ですよ。身を挺して女性を守る。その行為だけでも十分なくらいですからね。勲章モノですよ」


そう言ってジャッジメント千早はどう見てもバカにしているような拍手でわたしを称えてくれた。

いや、確実にバカにしている。


「まあ、せめて女性を助け出すぐらいはしてもらいたかったですけどね。まあ、仕方ないですよねぇ~。いきなりこんな現場に遭遇したら普通は何もできませんからねぇ~」


ジャッジメント千早はわたしの肩をポンポン叩いた。




「てめぇ、ぜってえ許さねえからな」


しばらくすると坊主頭の青年が起き上がった。


「ヒヒッ、やってくれるじゃんか」


続いて野球帽の青年も起き上がった。


「君らもこりないですね。別にボクは君らを殺しても構わないんですがね?」


そう言ってジャッジメント千早はどこからか短刀を取り出していた。


「一応、正当防衛になりますよね。あ、ならない? じゃあ素手にしましょうか。素手なら正当防衛ですよね? それに目撃者もいますしね」


ジャッジメント千早はわたしと女性を交互に見た。

それも血のように赤い目で。


すると、坊主頭の青年と野球帽の青年は顔を見合わせ、脱兎のごとく逃げだした。


わたしも身体が動けば逃げ出したかったぐらいだ。


ジャッジメント千早はそんなわたしたちをにやにやしながら見ていた。


「ほ、本当に殺しはしませんよね……?」


わたしがそう訊ねるとジャッジメント千早は笑顔を見せた。

それもとびきりの。


「まさか。あんな殺す価値もない小物のためにこの短刀が汚れるのは嫌ですよ。こういう刃物の手入れとか大変なんですからね」


その笑顔は怪我で動けないわたしを恐怖でさらに動けなくした。


「大丈夫ですよ? ボクは女性と女性に優しい男性に危害を加える気はありませんからね。もちろん、ボク自ら危害を加える気もありませんから、安心してくださいね」


ジャッジメント千早は口に手を当てくっくっと笑い出した。


「あ、信じてない顔してますね。まったく……ボクがそうじゃないって言ったらそうじゃないんだけど……そうですねぇ……では、危害を加えないことを証明するためにサービスしましょうかね」


そう言ってジャッジメント千早は指を鳴らした。

すると、わたしの体が一瞬軽くなったように感じた。


「では、ボクには緊急の大切な用事があるので、お暇させていただきます。アディオス。またお会いできる日まで」


ジャッジメント千早がもう一度指を鳴らすと、まるで手品師か忍者のように煙に紛れて消えてしまった。

そして、ジャッジメント千早が消えた後、一部始終を見ていた女性もわたしに一礼して足早に去っていった。


わたしは当然警察も救急車も呼ぶ気にもならなかった。


警察を呼べば、ジャッジメント千早と名乗るあの男に何かされそうだし、そもそもあんな人がいたなんて話しても信じてもらえるかどうか。

それに救急車を呼ばずともいつの間にか痛みは引いていた。


不思議なことに顔や体をさわっても腫れていたり、痣になっているところもなかった。

恐る恐る立ち上がってみるが何ともない。


いったいわたしに何が起こったのだろうか?


わたしが疑問に思っていると、どこかからあの男の高笑いが聞こえてきたような気がした。

まるで手品師や魔法使いのような男の。

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