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練8

わたしはあの後、しばらく駅前付近をぶらぶらしていた。


今日も予定していたよりもはるかに用事が早く終わり、かなり暇になったからである。

けして他に予定がないからではない。


わたしは駅前通りにあるカフェ烏丸に向かった。

そこで、ミルクコーヒーを頼み、通りの往来を眺められる席に座った。


わたしみたいな冴えない探偵とは違い、通りを歩く人々はスーツを着込み、電話片手にせかせかと歩いていた。

こんな人達が日本の根幹を支えているのかと思うと、いかにわたしが情けないか痛感する。

親の反対を押し切って探偵になったはいいが、なりたての頃に来る依頼はペット探しと浮気調査ばかりだった。

たまに大きな仕事もあるがそれがないときはボランティアだと割り切らないとならないほどだ。


それでも16年前まではそこそこ信用もある探偵にまでなっていた。

警視庁でも名の知れた探偵として、警視庁からも依頼があるようになった。



しかし、あの16年前に起こった「警察官家族連続殺人事件」でわたしは失敗した。

捜査に協力していながら、犯人も成果も証拠も何もあげることができなかったのだ。


その事件で探偵としての評判は落ち、信用を失い、世間の声と警察の声との板挟みで自殺さえ考えた。

それを救ってくれたのが樫尾さんだった。


樫尾さんも家族を失うという辛い思いをしているのに、わたしになんか気にかけてくれた。

樫尾さんが捜査の依頼を樫尾さんの自費でしてくれた。


そうしているうちに樫尾さんとわたしは名コンビと呼ばれるようになり、失った信用も取り戻しつつあった。


しかし、ここまで来て、再びわたしの前に高い壁が立ちはだかった。


「高層ビル連続放火事件」だ。


わたしは鈴木さんから依頼されたとき、嫌な予感はしていた。

それも16年前のあの事件のときのような嫌な予感が。

また、何もできずに事件を終わらせてしまうのかと思うと、胸が苦しかった。


わたしはミルクコーヒーでその胸の苦しさを少しだけ和らげ、カフェ烏丸を後にした。






駅前まで戻ると、偶然樫尾さんを見かけたので、わたしは樫尾さんに声をかけた。


「おや、瀬野さんじゃないですか。奇遇ですね」


すると樫尾さんは相変わらずの穏やかな笑顔で答えた。


「樫尾さんこそ。何かここで用事ですか?」


「実は、少し気になる事件があって、その事件の捜査を個人的にしているんですよ。他の事件の捜査の合間を縫ってね」


樫尾さんはいつもいくつかの事件の捜査を任されている。

今回は鈴木さんが依頼してきた「高層ビル連続放火事件」だが、鈴木さん曰わく、樫尾さんの負担を少しでも軽くできるようにと思ってのことらしい。


「気になる事件、ですか?」


「ええ、あまり詳しいことはわからないのですが、このあたりで行方不明者が何人も出ているんですよ。ついこの間にも高校生が集団で行方不明になっていて……瀬野さんは何か心当たりはありませんか?」


そういえば、いつの新聞か忘れたけど、行方不明事件が多発しているという記事が載っていた気がする。


「いえ……特にはありませんね……」


自分の事件の手がかりさえほとんどないのに別の事件の手がかり、心当たりがあるはずもなかった。


「いえ、いいんですよ」


樫尾さんは特に落胆するわけでもなかった。

わたしがちょっとこの街に滞在していたので、少しは何らかの情報を得ているかと思ったのかもしれない。


「すみません、お役に立てなくて」


「いえ、いいんですよ。それより、瀬野さんの方はどうでしたか? 枝裁君は一筋縄でいかなかったでしょう? ちゃんと話を聞いてくれなかったり、棒付きキャンディをずっとくわえていたりとか」


さすが、樫尾さんだ。

そこまでお見通しとは……


「ええ、まったくその通りでした。彼女さんが何とか取り持ってくれて質問には答えてくれたのですが、話す内容も当たり障りないようなものでしたから手がかりにもなりませんでした」


「へぇ……枝裁君に彼女がいたんですか……!」


樫尾さんは珍しく驚いた顔を見せた。

まあ、あのぐらいの年なら彼女の1人や2人ぐらいいてもおかしくはないと思うけど。


「あの、協調性がまったくなく、人間不信だった枝裁君が彼女ですか……枝裁君もちゃんと男の子だったんですね……」


でも、確かにあんな目つきの男が彼女を連れているなんて普通は考えられないな。


「そこまで、酷かったんですか? 枝裁さんの人間不信は」


「もう、それは私たち家族以外全てを疑ってかかるぐらいに」


「それはまた極端な……」


「でも、良かった。枝裁君が元気なら。てっきりあのままずっと落ち込んでいるかと思ったら、ちゃんと彼女まで作っているとはね」


そこには息子の成長を涙を流してまで喜ぶ父親の樫尾さんがいた。


するとそんな樫尾さんを見ていたわたしの目にも涙が流れていた。

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