独7
私がとりあえずどうにかできるだけの情報を得ようとのっぽとぽっちゃりと話していると、思ったより早く桑原一味が帰ってきた。
桑原は落ち着いていたが、他3人は慌てていた。
「あら? 何かあったの?」
私が訊ねると他3人は口々に「黙ってろ!」「あなた、人質ですよね?」「クソババア!」と言った。
はい、クソババアって言ったやつは八つ裂きにしちゃうぞー?
桑原と他3人、さらにのっぽとぽっちゃりも加わって桑原一味は顔を突き合わせて何やら相談をし始めた。
「おい、ヤバいって……ここには人が入ってこないんじゃなかったのか!?」
坊主頭の青年は声を荒らげる。
「そのはずなんすけど……」
桑原は対して冷静に答える。
「この場所がバレたら大変ですよ。あの男、あのままで良かったのですか?」
眼鏡でスーツの青年も冷静そうに振る舞ってはいるが、工場の敷地に入ってきた男が気になるのか外をしきりに見ていた。
「なんかきょろきょろ見回してたけど、かなり怪しいよな。しかも、あの男、星型のメガネに文字の書いたTシャツとか、ふざけてるのかよ」
野球帽を逆向きに被った青年はまるで興奮しているかのような口調だった。
ん……? 星型のメガネって私が眼鏡壊しちゃった人だよね……?
もしかして、私を追いかけてきたの?
いや、あの状態じゃ普通の人にはムリだよね。
じゃあ、どうしたんだろう?
迷子?
「ほんとにどうするんだよ!?」
「なあ、ソイツやっちまおうぜ」
「ふ、2人とも、落ち着きなさい」
うーん。
なんだかその3人よりも年下であるはずののっぽとぽっちゃりの方が落ち着いていたように見えるよ?
何だかこういう状況でもなれてるみたいな。
「3人ともうるさいっすよ」
桑原がピシャリと言うと、坊主、真面目眼鏡、野球帽は途端に静かになった。
「あの男は今は無視するっす。ここにいることがバレたら、元も子もないっすからね」
「もし、この場所に来たらどうすんだよ!」
案の定、坊主が突っかかった。
「そのときは仕方ないっすね。それぞれの判断に任せるっすよ。あくまでも判断っすからね」
「よっしゃあ! 楽しみだな。早く来ねえかな」
野球帽はオーバーすぎるガッツポーズをしながら喜んだ。
「いやいや……ここはあの男が来ないことを祈ろう。面倒なことになる」
真面目眼鏡は野球帽を落ち着かせようとした。
「あ? てめぇ、調子こいてんじゃねぇよ。俺より後から入ってきたくせによ」
「あ、いや、そういうことじゃなくて……」
「じゃあ、何だよ。偉そうな口利きやがってよ。何もできないお荷物なくせに」
「な、なんだと! 君だって勝手な行動をして迷惑かけているじゃないか!」
そして、そのまま、真面目眼鏡と野球帽は口論を続けた。
途中から坊主も参加し、静かだった建物内が一瞬で騒がしくなった。
桑原は止めても無駄だと思ったのか、ため息だけついて後は傍観していた。
のっぽとぽっちゃりも互いに顔を見合わせ、「また、始まったよ」みたいな顔をしていた。
「あの、すみません。道に迷ったんですが、ここはどこですか?」
3人組の口論の合間にその声は突然聞こえてきた。
その声の主の姿を見て、桑原、3人組、のっぽとぽっちゃり、さらに私の隣の女の子までもが目を見開いた。
もちろん、私も。
そこには私が眼鏡を壊して星型メガネになった男が立っていた。
「あの……どうされましたか?」
星型メガネの男はポカンとする私たちを眺めた。
そのとき、坊主と野球帽が星型メガネの男に殴りかかった。
「危ない!」
私は思わず目をつぶった。
しかし、2発分の鈍い音は聞こえず、かわりに「うわっ」という2人分の声が聞こえてきた。
恐る恐る目を開けると、星型メガネの男がしゃがみ込んでいて、その背後に坊主と野球帽が倒れていた。
「え? 今、なんか飛んできませんでしたか?」
「マジっすか……」
桑原はかなり驚いていた。
そりゃあそうだ。何が飛んできたか分からないような視力で、男2人の拳を避けたんだから。
それにその視力であんな迷路みたいな道を迷わずここにたどり着くとか不可能に近い。
あれぇ? ちゃんと見えてないんだよね?
「てめぇ、ふざけんなよ」
「ぶっ殺してやる」
坊主と野球帽はのろのろと立ち上がり、拳を構えた。
「そ、そんな、私まだ死にたくありませんよ。あ、まさか、ここってヤクザとかのアジトだったりします?」
「ちげぇよ」
「ここはただの廃墟だっての。ヤクザとかこんなところにいるわけないだろ」
「ええっ!? 廃墟なんですか!? 確かにこの匂いは廃墟の匂いだし……あ、私、廃墟好きなんですよ。くぅ……せっかく迷い込んだのに、眼鏡がないからデッサンできないのが残念でならない……ちゃんと見えもしないじゃないか……」
星型メガネの男はがっくりと肩を落とした。
それは申し訳ないことをした。
すると、のっぽとぽっちゃりは何かに気付いたのか、桑原のもとに駆け寄った。
「あの人って、榛谷さんじゃないですか?」
「それは私も思いましたぞ」
「ああ……星型メガネはともかく、あの文字入りTシャツと白のジャケット、ボサボサの髪からしたら、榛谷さんで間違いないっすね」
榛谷か……
どこかで聞いたことがあるような名前なような気がする……
どこだっけか……
「もしかして、あなたは画家兼イラストレーターの榛谷 茅名さんじゃないっすか?」
桑原が営業スマイルで星型メガネの男に近づく。
あ、思い出した。
確か私の夫がその人のファンで似顔絵を描いてもらったとか自慢してたわ。
芸術にあまり興味のない私の目でその似顔絵を見ても上手いと思えるような絵だったけど、その絵を描いたのがこの男性だったのか……
「ああ、そうだけど?」
「やっぱり? 実は僕、榛谷さんのファンなんすよ。握手してください!」
「いいよ」
星型メガネの男が右手を出すと桑原は両手でしっかり握ってぶんぶん振った。
「ははは。今日はやけに私のファンだって人に会うな」
「そうなんですか?」
「えっと、たしか昼に刑事さんが私のファンだって言ってたから、刑事さんと連れの人に似顔絵と絵を何枚か描いてあげたんだよ。その前にも、朝方に白髪で無口な女の子のファンに似顔絵を描いてあげたかな」
白髪で無口な女の子……?
私は隣の白髪で無口な女の子を見る。
隣の女の子は小さく頷いた。
それを桑原は見ていた。
そして、桑原が焦ったように見えた。
「じ、じゃあ、僕が外まで案内しますよ」
「本当に!? それはありがたいな。眼鏡があればお礼に何か絵を描いてあげられるんだけど」
「いえ、もう会えただけでも嬉しいっすよ。ささ、早く行きましょう。すぐ日が暮れちゃいますから」
桑原は星型メガネの男の手を引き、早足で外に出て行った。
それから私はあることに気付いた。
あ……助けを求めるの忘れてた……




