独6
目を覚ますと、どこからか数人の笑い声が聞こえた。
えーっと、何かあったっけ。
「……」
そういえば、あの待合室で暇すぎて、うっかり寝てしまったのだ。
そんなことを思い出すだけのことに寝起きの私は時間をかけてしまった。
回りを見渡す。
すると、そこで私はやっと違和感に気付いた。
そこは、建物の中なのは確かだったが、待合室の広さの何十倍もある広い部屋だった。
そこに、私と白髪の女の子、そして、桑原君と知らない若者が5人いた。
しかも、どおりで動かないと思っていたら、私と白髪の女の子は手足を椅子に縛られて座らされていた。
そういうプレイ……?
ま、まあ、こういうのもたまにはいいか。
「く、桑原君……? どういうことなの……?」
私がそう訊ねると他5人と笑い合っていた桑原君がにやにやしながら近づいてきた。
「まだ状況が分かってないんすか?」
「そうよ。これはなんなの?」
私は手足を縛る縄を見る。
こんなプレイを勧めた覚えはない。
「じゃあ、ドジでマヌケなリーシアさんに教えてあげます。あなたは僕たちに『誘拐』されたんすよ」
私は頭に「ユウカイ」という文字が流れたが、すぐに理解できなかった。
と、いうより理解することができなかった。
まさか、あの親切丁寧な桑原君が、まさか……
「ど……どうしてなの……? あんなに親切にしてくれた桑原君が……?」
私の率直な疑問に桑原君は不気味な笑みを浮かべていた。
「そりゃあ、いいカモを見つけたから親切にするフリをして近づいたんすよ? まさか、こんなにもあっさりと罠にかかってくれるとは思わなかったっすけどね。あの情報屋だけは計算外だったっすけど、あんなに簡単に僕の嘘を信じてさ、お茶に入れた睡眠薬とか即効性じゃないのに一瞬で爆睡じゃないすか。計算外と言えば計算外っすけどね」
いいカモ、親切にするフリ、罠などと出てきたら堪忍袋の大きな私でも、理解し、怒りがこみ上げてきた。
「いいっすねえ……その怒った表情……! その表情を……これから、屈辱的な表情にするのを想像しただけで……もう……」
元さわやか青年はもはや見る影もなく、そこにはただの性的興奮に酔いしれる犯罪者が存在しているだけだった。
「でも、楽しみはとっておきたいっすからね……もう少ししてから玩具にしてあげるっすよ……ああ……楽しみっすねぇ……」
私はショックと怒りで頭が大混乱していた。
あの桑原君が、あの桑原君が、あの桑原君が、あの桑原君が、とずっと頭の中で繰り返されていた。
そんな私を落ち着かせてくれたのは私と同じように誘拐されていた白髪の女の子だった。
白髪の女の子は何も喋らなかったが、その子の力強い眼差しが「大丈夫、きっと助かるから」というメッセージを私にくれた。
私の勝手な解釈かもしれないけど、しかし、おかげで、私の怒りもだいぶ和らぎ、騙されたショックも別にどうってことなくなった。
まあ、でも一言ぐらいは言ってやりたいな。
すーっと、一呼吸。
「できるもんなら私の顔を屈辱的な顔にしてみろってんだクソガキ! こちとらテメェが想像できねぇぐらい長く生きて、テメェが想像できねぇぐらいの場数こなしてんだ! テメェよりももっとおかしなヤツも相手にしてきたし、一度に数十も相手にした私には6人程度どうってことねぇわ! ぱっと出のガキどものテクで百戦錬磨の私をどうこうしようなんて笑止千万、片腹痛いわ! あとでお姉さんがたっぷり遊んであげるから、覚悟しな!」
私が言い終わると静寂が場を支配した。
フッ、言ってやったぜ。
と、私がドヤ顔しているとそれを桑原は無視して5人組のうち3人を連れて建物の外にさっさと出ていった。
無視か……お姉さんかなり傷ついたよ……
さあ、気を取り直して、残った監視の2人を見てみよう。
どうやら、2人ともまだ20代前半くらいに見える。
さっき出て行った桑原と仲間たちは皆、20代後半とか30代くらいに見えたので、どうやら年下らしき彼らが見張りを押し付けられたのだろう。
特徴は左がのっぽで右がぽっちゃりだ。
「ところで、私は喋ってもいいの?」
するとのっぽとぽっちゃりがこちらを見た。
それも、よくそんな状況で喋れるな、というような表情で。
「いいんじゃないの? 口を塞がないってことは」
のっぽが静かに答えた。
「たとえ、大声を出してもこのあたりには誰もいませんからな」
ぽっちゃりがはっきりと答えた。
うん、それは身にしみて分かった。
あの静寂と言う名の沈黙は正直に言うと寂しかった。
「それに桑原さんはお喋りが好きですしな」
「それ以上に悪いことをしている方が好きだけどね」
「それとそういうプレイとかですかな」
「年上の女の人も好きだよね」
「ねぇ、君たち。そんなにぺらぺら喋ってもいいの?」
私は当然の疑問を投げかける。
「いいんじゃないの? 桑原さんに口止めはされてないから」
「お喋りが好きですからな」
私は「ふーん」と言った。
つまり、私はお喋り好きの変態にまんまと騙されて誘拐、監禁されてしまった、というわけか。
お喋り好きの変態はもう2人くらい検索に引っかかるけどね。
さっきの情報屋と私の夫。
「で、その桑原さんが君たちのリーダーなのね?」
別に喋っても質問してもいいならとことん聞いてやろう。
こんなダメダメな監視2人が先輩方からどんな罰を受けようが知ったこっちゃない。
「それは違います。桑原さんが勝手にリーダーを名乗っているだけですので」
「え? それでいいの?」
いくら私でもそういう上下関係をしっかりしておかないと組織は成り立たないということは知っている。
「いいんじゃないの? 本当のリーダーは別のことで忙しいみたいだから」
「本当のリーダー以外にリーダーになれる素質を持っているのは桑原さんだけですからな」
「俺とこいつはもちろん、あの3人もどこか抜けているからな」
あー、そんなこと言っちゃう?
あとで君がそう言ってたってばらしちゃうよ?
まあ、確かに、情報を簡単に喋る2人と、性格がバラバラでどこか悪知恵どころか知恵もはたらかないような3人だものね。
そう考えると、賢い変態の方がリーダーとしては適任なのか……
「それで……本当のリーダーとは?」
「そうだな……どちらかと言えば桑原さんよりも賢くはないんだけど、親とかがかなり偉い人らしいんだよね」
「そういう事情もあって本当のリーダーが私達ぐらいの歳の頃……まあ、10年以上前から何かと悪いことしているようですよ」
「10年以上前から?」
「ええ、聞いた話によると、強盗、放火、集団暴行、連続殺人、とかですかな」
私はそのラインナップを見て思わず、卒倒しそうになった。
強盗、放火、強姦、殺人という日本で凶悪事件と呼ばれているものをコンプリートしていたのだ。
「ほとんどの事件は桑原さんたちが未成年の頃とか例の親とか大人の事情からあんまり表沙汰にならなかったみたいだね」
「それか、どうしてか未解決事件になっていますな」
私はそんな話を聞いてますます桑原とその仲間たちに怒りが湧いていた。
こんなにも事件を起こしていて捕まらないなんて、どう考えてもおかしいじゃないか。
私は唇を噛み締めながら、この状況の打破と、こいつらに相応の罰を与える作戦を考えた。
作戦を考えるのは私の夫の十八番だが、妻である私だってそれぐらいのことはできることを証明してやる。
そして、お姉さんが全員まとめて遊んであげるわよ。