夢5
さて、結局俺は何を作ったかというと、冷蔵庫の野菜をとりあえず入れた野菜炒めにサラダ、貧乏舌の俺がずっと使い道に困っていたややお高い肉をそれっぽく焼いた料理、その他諸々。
そして、日本人の心、あったかご飯だ。
「すみません……晩ご飯までごちそうになって……」
晩飯を持ってくるとまた、気弱そうな彼女に戻っていた。
多分、緊張しているときや気を使っているときに気弱そうな彼女になるのだろう。
「気を使わなくてもいいよ」
俺はそう言ったが彼女はますます気まずそうになってしまった。
「それに、お昼も食べてないでしょう?」
その問いに彼女は小さく頷いた。
彼女の話から推測すると彼女は午前中から迷子になっているらしい。
当然、彼女は昼飯など食べる余裕もなかっただろう。
彼女はそれを悟られまいと、おなかの音がなるべく聞こえないようにしているが、捜査一課で地獄耳と呼ばれたこともある俺の耳にはちゃんと聞こえている。
「俺は気にしないけど、遠慮しすぎて逆に相手に失礼になることもあるから気をつけた方がいいよ。何にでも程度っていうものがあるからね。遠慮しすぎて、せっかくのご厚意を台無しにするよりは少しぐらいは甘えてもいいんじゃないかな」
「そうなんですか? では、せっかくのなのでお言葉に甘えさせていただきますね」
遠慮しがちな彼女はどこかへ行き、良い意味でなれなれしい彼女が帰ってきた。
「まあ、こんな晩飯で申し訳ないぐらいだけどな」
と、俺が言うと彼女は不機嫌そうな顔をした。
「私は気にしませんが、謝りすぎるのも逆に失礼に値しますよ。せっかくご厚意に甘えているのに『そんなもので申し訳ない』なんて謝られたら『そんなもの』で満足しているみたいでしょ?」
確かに、彼女に対しては謝ってばかりだ。
しかし、それは俺もいろいろ考えてのことなのだが、反論すると、何が起こるか分からないから黙っておこう。
「何か言ったらどうですか?」
笑顔なのがむしろ恐かった。
「そうですね。謝りすぎですよね。すみま……」
途中まで口に出してから、ハッと口を押さえた。
「あの、そこはちゃんと謝ってくださいよ」
彼女は真顔でピシャリと言った。
「……申し訳ない」
俺は誠意を込めて90度のお辞儀をした。
ふざけているわけではあるが、これが俺のスタイルなのだ。
「でしたら、良しです」
「は、ははぁ……なんと慈悲深きお言葉……」と土下座する俺の渾身の冗談をよそに彼女は「じゃあ、いただきまーす」と言って晩飯を食べ始めた。
仕方ねぇ……俺も晩飯を食うかな。
俺が一人掛けの椅子に座って晩飯を食べていると彼女は、俺の好きなものや仕事のこと、俺が警察官になるまでの経緯や警察官になってからのことなどいろいろ聞いてきた。
俺もまた彼女のことをいろいろ聞いたりもした。
まあ、別に大した話ではないので割愛するが、俺と話しているときの彼女はとても嬉しそうだったように思う。
晩飯が終わると、彼女も疲れていたのだろう。
彼女はソファーに座ったまま、すやすやと眠りについた。
さて、俺も男である。
目の前に無防備な姿の女の子が寝ている。そんな状況下でじっとしていられるほど悟りを開けているわけではない。
「これはチャンスだ」
脳内の悪い俺が語りかけてくる。
確かにこれは運命か愛の神様が俺に与えてくれたチャンスのようだった。
「お前は今まで頑張ってきたから、彼女の1人ぐらいはやろう」
と、慈悲をくださったのだ。きっと。
偶然、迷子の少女が、偶然、交番にやってきて、偶然、俺に一目惚れして、偶然、一夜を共にした……なんて、どう考えてもおかしいよな。
虫がいいとか、そんなレベルではない。
突然、俺好みの可愛い女の子がやってきて「一晩泊めて」ときた。
都合が良すぎて虫唾が走る。
「どうせ、俺をハメる罠なんだろ? そうなんだろ?」
と、俺はそう思いながらもゆっくり彼女に近づいた。
「せっかく誰かが料理を用意してくれたんだ。毒入りでも美味しけりゃあ満足だよ」
俺はそのとき、本当に正常な判断ができなくなっていたのかもしれない。