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夢4

俺はあの後、ちゃんと泊まってはいけない理由と問題点を彼女に説明して納得させたのはいいのだが、そのあとの残念そうな彼女の顔で、「まあ、ちょっとなら」「バレなきゃ問題ないよ」と悪い俺が出てきたと同時に「でも、そんなことしちゃダメだよ」と良い俺が出てきて全面戦争となった。


しかし、思ったよりも良い俺の方が強く、悪い俺は思考の端に追いやられた。


これでも伊達に彼女を1人も作ってこなかったし、女性に自分から触れたことはほとんどない。


それでも思考の端の悪い俺は「でも、そろそろ彼女ぐらい欲しいんじゃないか?」と語りかけてきた。


その言葉に簡単に揺れてしまう馬鹿な俺の思考は再び悪い俺に支配されていった。


「……どうなっても知らないぞ?」


気づいたらそんな言葉を口走っていた。


「つまり……泊まってもいいってことですか?」


彼女は嬉しそうに笑顔を見せ、訊ねた。


それを見た俺はもう、完全に暴走を始めていた。もしかして、彼女の笑顔には、俺を暴走させる魔法が込められてるんじゃないか?


「じゃあ、ついてきて」


そう言って俺は交番の奥にある部屋に向かった。

どうしてそんなところに向かったかって?

そんなの決まってるだろ?


交番の奥の部屋は倉庫かと思うぐらいものが置いてあった。


その一角にテレビ、机、ソファー、椅子、棚、冷蔵庫、キッチンなどがきちんと置かれている。

ホコリはまったくかぶっていないが、かといって生活感があるわけでもない。


お分かりいただけただろうか?


「ここが俺の仕事場であり、家でもある」


彼女の方を振り返り、誇らしげに俺は両手を広げた。


「ここがお巡りさんの家なんですか……?」


移動時間数秒、移動距離数メートル。

交番の裏手に作った俺の家は誰がどう見ようと倉庫だった。

そりゃあ、彼女も疑問符をつけたくなる気が起こっても仕方ない。


「とりあえず、ソファーにでも座って、くつろいでいてね。まさか、こんなところに人を招くとは思わなかったから何の準備もできてなくてね」


俺は倉庫のくせにタダでさえ綺麗な一角をこれでもかと掃除する。


「むしろ、申し訳ないぐらいだよ。こんなところに泊まらせるんだから」


「いえ……素敵なお部屋ですよ。ちゃんと掃除が行き届いていて……」


「それなら、いいんだが……」


俺はそれから、棚からぼた餅……じゃなくて、棒付きキャンディとチョコレート菓子を机の上の取り皿にあけた。


「あ、ありがとうございます」


ちなみにこれは時間稼ぎだ。


本来の目的は彼女に悟られることなく、いかに彼女の口に合う食事を用意するかだ。


俺は普段は面倒なので晩飯はカップ麺率が高い。

しかし、そんなものを出せば失礼、万死に値す。

それ故、冷蔵庫に残る食材を使い、見事彼女を満足させる食事を作らねばならない。


かといって、あまり豪勢にしすぎると、俺が彼女に気を使ったことを悟られてしまい、彼女の居心地が悪くなってしまうに違いない。


そして、特に問題なのは彼女の苦手なものを使ってしまうこと。

そのため、何品も作り、大皿に盛り、好きなものを小皿に取ってもらうという形式が望ましい。

しかし、これは調理時間がかかるため、彼女に悟られるリスクも高まる。

だが、今のところそれがベターな案だ。普段よりも調理時間がかかるが、それは2人分の時間だと言えば納得してくれるだろう。


そう考えているうちに、冷蔵庫や戸棚の中身を確認しながら彼女の様子を窺う。


彼女はきょろきょろと部屋を見渡しては、何やら関心の面持ちをしていたり、俺と目が合うと目を背けて恥ずかしそうにしたり、机の上の菓子とにらめっこして、彼女のたもとにおいた緑茶の入ったコップ(陶芸教室に通った中で一番の出来)を両手に持ち、緑茶をすすり、ほっこりとした表情を見せた。


俺はそんな彼女を見ていると思わず抱きしめたくなったが、それは妄想の内に留めておこう。

それに俺のキャラでもない。


今のところ感付かれている様子はない。

このペースのままなら「あの……こうして一晩泊めていただくのですから、何か手伝わせていただけませんか……?」ルートは回避できそうだ。


「ところで、今日は友達とどういう用でこの街に来たの?」


このどうでもいい会話も彼女の気をまぎらせるものだ。


「最近、田舎の方から引っ越してきて、それで、あまりこの街のことを知らなかった私のために友達が案内してくれる、と言ってくれたので友達と一緒に観光していたんです。でも……」


友達とはぐれてしまい、迷子になってしまった、というわけか。


「それで、どう? 都会での生活は?」


「それなりには、慣れてきましたよ」


彼女は微笑んだ。


環境が変わって慣れないことが続いているけど、今のところは大丈夫。


という感じか。


「ちょっとお節介かもしれないが、あまり一人で考え込んだり、無理はしないようにな。何か分からないことがあるなら、その友達にでも聞くといい。なんなら、俺にでも相談してくれ。俺はいつもここにいるから」


「それは、とても心強いですね」


「その友達も評価してやってくれよ。見ず知らずの俺がどうこう言える立場じゃないが、けっこう世話になっているんじゃないか? 今日も案内をしてくれたんだから」


「はあい、わかりました」


彼女は笑顔で返事した。


「じゃあ、毎日来てもいいですか?」


俺は思わず吹き出しそうになったが、こらえた。

毎日? 聞き間違えじゃないよな?


「あー、ごめん。いつでもとは言ったけど、毎日は無理かな」


俺は頭を掻いた。


「そんなことわかってますよ。冗談で言ったんですよ」


彼女は可笑しそうに笑った。


「私だって、毎日は来れませんよ」


そんなに冗談をいう子だったっけ?

こんなに急に変わるもんなの?


確かに「くつろいでいてね」とは言ったが、彼女のあのおどおどした喋り方はどこへ行ったのだろう?


それとも、こっちがデフォルトなのだろうか?


まあ、俺は両方可愛いからどっちでもいいけどな。

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