練4
わたしと鈴木さんは枝裁 梨緒のいる駅前の交番に向かっていた。
「高層ビル連続放火事件」の唯一の手がかり、3ヶ月前に刑事を辞めた不気味な男、さらに、16年前に起こった未解決事件、「警察官家族連続殺害事件」にも関係するかもしれない重要人物だ。
今の段階ではまだ偶然や可能性というだけで明確な証拠があるわけではない。
あくまでも会って話を聞くだけだ。
枝裁は案外、都内から近いところにある都市の駅前交番に配属されていた。
その都市は大都市圏にあるが、丘や湖などがあり自然豊かな土地だと駅のパンフレットに書いてあった。
たしかに、駅の構内から外を見てみると、駅前ロータリーはそこらじゅうに樹木や花などが植えられていて、大都市圏内なのに自然が豊かであることをウリにしているのがよくわかった。
「交番は……?」
わたしはあたりを見渡した。
「見当たりませんね……」
鈴木さんもきょろきょろと辺りを見ていたが、鈴木さんも見つけられないようだった。
そのとき、わたしは前を見ていなかったので、わたしの前に人が立っていることに気がつかなかった。
「おっと、危ない」
その男はぶつかる寸前で避けてくれた。
「すみません。前を見ていなかったものですから」
わたしは頭を下げた。
「いえ、恥ずかしながら、私も景色に見とれていたものでね」
わたしが頭を上げると、男は後ろを振り返った。
その景色は交番だけを血眼になって探していたら決して見ることができなかっただろう。
ビルが立ち並ぶ通りの先、大きな桜の木が見えた。
まるで吸い込まれるような美しさだ。
「きれいですね」
「そうだろ? 私のお気に入りの光景だよ」
男はまるで自分が誉められているように誇らしそうにした。
「あれ……? どこかで見たことがあると思ったら、榛谷 茅名さんじゃないですか!」
鈴木さんはこちらに気づくなり、嬉しそうな声をあげた。
「鈴木さんの知り合いですか?」
「違いますよ! この方はイラストレーターにして画家の榛谷 茅名さんですよ! 風景画の腕は写真と見分けがつかないほど精密、模写の腕は本物同然に描く、それでいて二次元のキャラクターの絵も描ける、という超有名人ですよ!」
わたしはあまり世間一般の言う有名人、著名人というものに疎くて、この男のことも全く知らない。
「ちょ、ちょっと、声のボリューム下げてくれるかな?」
男は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「あっ! すみません。つい、興奮しちゃって」
「ああ、それ、私も分かりますよ。私もよく、尊敬している人に会ったときについ興奮してね」
「榛谷さんもあるんですか?」
「もちろんだよ。私も生産型であると同時に消費型だからね」
「まじですか」
その後も、鈴木さんと男は話し続けた。
わたしではこの2人の会話の内容を理解することは難しいので早々にリタイアした。
日影でしばらく一服していると鈴木さんが手招きをしているのが見えたので鈴木さんと男のところに行ってみると、どうやら似顔絵を描いてくれるらしい。
1枚はリアルタッチで、もう1枚はアニメタッチで描いてくれるらしい。
「ちょっと動かないでくださいね」
わたしは被写体になるのは初めてでじっと動かないでいることに自信はなかった。
「もう、動いて大丈夫だよ。覚えましたから」
どうやら、その心配はいらなかったが「覚えました」とはどういうことだろうか?
「榛谷さんは瞬間記憶能力を持っているんですよ」
そこですかさず鈴木さんが説明してくれた。
それは聞いたことがある。ある光景をまるでカメラで写したかのように脳に記憶したり、でたらめに並べた数字を覚えたりできるというものだ。
男はそれから10分ほど何も話さず、2枚の絵を描き上げた。
1枚目は本当に自分の顔をモノクロにしたようなわたしの顔で、もう1枚はわたしの顔の特徴をうまく抽出してシンプルな線で描き表したわたしの顔だった。
「ありがとうございます」
「礼なんていいよ。私は好きで絵を描いているだけだからね。っと……そろそろ時間だ。今日はそこの刑事さんといろんな話ができてよかったよ。ああ、それと、刑事さんと探偵さんに助言。探しものがあるなら北口駅前だけじゃなくて南口駅前も探してみたらどうですか? では……」
男はそう言って、人混みに消えた。
「あれ……? 僕、刑事だなんて一言も言ってないような……」
「わたしも探偵とは言っていないはずなんですが……」
わたしと鈴木さんは顔を見合わせた。
「それに、探しものって……」
「「あっ!」」
そのとき、わたしと鈴木さんはここに来た本来の目的を思い出した。
「そうだ。交番を探さなくては……」
「榛谷さんの助言では南口駅前もって言っていましたよね?」
わたしたちは高架下を通り、駅の南口に出た。
そして、私たちは目線の先にあった交番に駆け込んだ。