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練習曲

事務所を放火された探偵と若い刑事の物語

わたしは焼け焦げたオフィスを見て愕然としていた。


オフィスの中はほとんど真っ黒になっており、デスクや資料はもちろんのこと、壁、床、天井も焼け、一体ここが何をする場所であったか判断することさえ難しい。


わたしは自分のデスクがあったであろう場所に行って、かろうじて残っているものがないか探した。

幸い、なのかわからないが机の形をしたモノの上に資料などがいくつか燃えずに残っていた。


実はこの場所は、最近までわたしの探偵事務所があった場所である。

それが一昨日、何者かの手によって放火されてしまったのだ。




放火された日の前日はこんなことになるなんて思っていなかった。


その日、わたしは警視庁捜査一課の刑事さんから頼まれて「高層ビル連続放火事件」を捜査していた。


事件の始まりはちょうど3ヶ月前。12月24日の夜遅く。

クリスマスムードに浮かれる都内にある54階建ての高層マンション、塩城えんじょうスカイリンクタワーの44階から出火。瞬く間に煙と炎が広がった。

現場は騒然となり、クリスマスムードから一転、地獄絵図のような惨状だった。

死者はなかったが、煙を吸い込むなどして10人ほど病院に運ばれた、という事件となった。


火災の原因は放火。初めはよくあるただの放火事件として捜査するつもりだったようだ。

しかし、実は放火事件の一週間前に「塔の破壊者」と名乗る者から犯行声明らしきものがマンションのオーナーに送られていたことが分かった。


その内容は「貴様らは塔を建て、神に挑戦しようとしたので、神は天罰として塔を崩すだろう」というものだ。

かっこつけのつもりか、ふざけた内容だった。


しかし、そのふざけた犯行声明を書いた犯人はいくら捜査しようとも証拠どころか手がかりさえ残さなかった。目撃情報もなし。


それどころか、次々と犯行を重ねていった。

それもただ、むやみやたらに狙わず、防火設備の整っていない建物を狙い、いつも最上階から10階下のフロアに放火していた。


過激化する犯行とマスコミの報道、捜査の進展もないまま3ヶ月が経ち、4件目の放火現場となったのは皮肉にも警視庁だった。


さすがにこのままでは警察としての面子が立たないので、どんな方法を使ってでも放火犯を捕まえたいらしい。

しかし、捜査一課では『高層ビル連続放火事件』と同時期に起こった別の事件もあって、人が足りない。

だから探偵であるわたしに依頼をしたようだ。


わたしは探偵事務所が放火されるまで、最初の放火事件のあった塩城スカイリンクタワーの周辺で聞き込みをしていた。


結果はほとんど空振り。刑事さんの言うとおり、本当に犯人の目撃情報が何一つなかった。




「どうですか? 何か残っていました?」


顔を上げると刑事の鈴木さんが立っていた。わたしよりもひとまわり下の年齢だが、しっかりしていて他の年上の刑事さんにも劣らない働きぶりだ。


「『高層ビル連続放火事件』の載った新聞が何枚かと、何かの切れ端、あとはわたしの私物がいくつかだけでした」


わたしはちょっと端が焦げた新聞を何枚か、と事件の概要が書かれていたであろう資料の切れ端を見せた。


「そうですか……」


鈴木さんはまるで自分のことのように落ち込んだ。


それもそのはず。

刑事だけでは解決できないと悟って、藁をもつかむ思いで探偵に頼ったが、そのたよりの探偵の事務所までもが放火されてしまったのだから。


それにしても都合のいい放火事件だ。


わたしが「高層ビル連続放火事件」の捜査の依頼をされてから、ほんの数日の間に探偵事務所が放火されているのだ。

まるでわたしに捜査を止めろという警告をしているかのようだ。



しかし、わたしの事務所を焼いた犯人は残念ながら「塔の破壊者」ではないことが分かっている。

やり口は「塔の破壊者」よりも雑で、何せ証拠や目撃情報をいくつか残している。

あの「塔の破壊者」がそんなヘマをするわけがないし、わたしの事務所は2階建て。

高層ビルではない。


どうせ「塔の破壊者」模倣犯か熱狂的信者がどこからかわたしが事件の捜査に加わっているという情報を聞きつけて、放火したんじゃないかと思っている。


鈴木さんもそれが分かっているのでしばらく焼けた事務所の中をうろうろしてから周辺の聞き込みに出かけた。




鈴木さんが行ったあと、わたしはもう一度、自分のデスクのあった場所を調べたが、特に気になるものは出てこなかった。


変わりにわたしはかつて唯一解決できなかったある事件を思い出していた。

もしかしたら、この事件がわたしの解決できなかった2つ目の事件になってしまうような気がしたからだ。

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