一途。開拓へ。
『一途。一途。今度さ、施設抜け出して、皆でバザールに忍び込まない?』
『……紅芭』
小さな頃の一途はイタズラな紅芭の言葉に苦笑した。
『はは、すぐ見付かっちゃうよ』
『僕も、僕も行きたいな』
『霊獣憑きでも、行く権利はあるわよね。わたし達が平和を守ってるんだもの』
友達が無邪気に笑い、一途の腕を引っ張った。
『……先生に怒られるよ?』
『平気なのだわ。皆がいるんだもの』
『先生には内緒だよ? 一途』
一途は目覚めた。
狛犬の里の、自分の借家。
簡素な家具桔梗紋に買って貰ったお洒落な服が置いてあるだけの。
「皆の、夢か」
一途は、寝巻きを脱ぐと俯いた。
皆の夢を見る時は決まって、自分は責められた。
泣いた。
怨んだ。
憎んだ。
「……笑って、た」
紅芭とさえ、自分は普通に話していて。
皆は、自分を責めてもいなくて。あの頃のままに自分は夢を見たのだ。
惨劇の後から思い出せなくなった皆の笑顔がそこにあった。
「……」
先日、桔梗紋に口付けをされた。
一生叶わない、叶わなくていい、想いが届いた。
桔梗紋の行為は恋愛感情ではない、と思う。
憐れみを。
一途の本意を薄々と感じ取っていたからの行為なのではないか?
「……けどさァ、けど。あああああああああ」
桔梗紋先生が何を考えていようと!
一途と、
一途と!
口付けををををををを……!?
一途はその場に座り込み、煩悩を追い出すかのように頭を振った。
「桔梗紋先生のバカ!!」
「俺が何か」
「……誰?」
一途は反射的に窓をふり返った。すっかり戸惑った桔梗紋が居た。
ここは借家の三階なんだけどな。
それと一途の今の格好を加えよう。
一途は寝巻きを脱いだところ。
下着だけである。
「……」
「……」
「へー。じゃあ一途は開拓に行くのか」
「今回は結構日がかかるけど、一途の馴染みのメンバーだし」
桔梗紋は頑張った。
羞恥で我を忘れた一途を相手に頑張った。
桔梗紋は見事、無傷でことを済ます。
天才なのだ。冗談抜きで。
さて、霊獣憑の役目その2。
この星の厳しい大自然を切り拓き、トワの一部にすること。
開拓だ。
命を懸け猛獣と霊獣と戦い、トワの礎を築く重要な仕事。
霊獣憑きと狛犬の里の存在意義。
開拓者より抜群の身体能力を誇る霊獣憑きに任せられる任務だ。
「俺、今回の開拓者達に連絡網回すから。それとね、一途」
「?」
「俺さ」
開拓当日。
一途は狩衣に着替えると、開拓者を見上げた。
馴染みの皆にお辞儀し、それでも礼を通すのだ。
「霊獣憑きの一途。お世話になります」
「宜しく。霊装出来るようになったんだろう? 楽しみにしてるぜ」
「気は遣わなくていいのよ? わたし達は仲間なんだしね?」
「桔梗紋の分も頑張ろうぜ」
「……はい」
今回は特例として桔梗紋が、居ない。
開拓者達はそれなりに一途を想ってくれてるし、狩衣の色は黒の次の灰色。
少ない星の霊獣なら瞬殺出来る実力者だ。
一途達は士気を高め、未開発の未知の世界へと歩みを進めた。
……。
桔梗紋先生。
一途は霊獣憑きの狩衣(。因みに色は自由である)を纏い、外の世界を走る。
今回も開拓者仲間を守り、役目を全うすることを誓いながら。
しかし、今回は特例として桔梗紋が居ない。
召集される前に、桔梗紋は一途に逢いに来てくれた。
『実はな。明日の正午からの開拓の任務。俺は一途と行けないことになった』
桔梗紋が言い難そうに瞼を伏せる。
『……そ、それは、』
一途は桔梗紋を見上げ、真っ赤になって言った。
『先生が一途にちゅーしたから?』
『それは関係無い。全く、関係無いから!!』
桔梗紋は一途の頬をばんっと両手で挟むと必死に弁明する。
桔梗紋は、少し変わった。
常に大人。何にも動じない少し草臥れた男の反応が、一々新鮮に感じられるのだ。
『俺は今日から外の世界の瘴気に慣れる医療を受けることになった。一応黒い狩衣だけど、脆弱な人間の体だからさ』
人間の体は、霊獣の吐く瘴気に耐えられないこともある。
瘴気。
霊獣の有する、毒。
訊けばその医療は人に有害な瘴気を弱いものから徐々に体に注入し、無理に抗体を造り、瘴気の中も行動出来る肉体を手に入れるもの。
全、9日の治療。
苦しいが、瘴気に慣れるしかない。
『俺も頑張るよ』
桔梗紋は再び一途の頬を挟むと、笑った。
『頑張れ!!』
「頑張る!!」
一途は体に熱意を漲らせ、声を張り上げたのだった。