一途。諦めていた想い。
一途は桔梗紋の隣を緊張して歩く。
「慣れなさい」
桔梗紋に言われても無理。
桔梗紋が一日、自分のデート相手……。
それだけで一途の心は林檎色。
その時、
「可愛いカップル様。どーぞ!!」
奇抜な格好をしたバザールのサービススタッフが赤い風船の繋がる糸を一途に差し出した。はは、有難う。と桔梗紋は応じて見せる。
一途は何故か不思議そうに風船を見上げた。
「先生」
一途は眉を寄せると風船を見上げ、
「これ何?」
……。
「ふーせん、か。トワって面白いな」
ご機嫌な一途に桔梗紋は酷く衝撃を覚えていた。
一途は霊獣と戦う宿命の霊獣憑き。
トワを守る一途本人がまさか風船を知らなかったとは。
「ふふ」
一途の微笑みに、桔梗紋が不思議そうに瞬いた。
一途は桔梗紋を見ると、
「一途さ、」
桔梗紋は目を見開く。
一途はこんな美しい瞳だったっけ。一途は10年前の子供じゃない。大人なんだ。
「一途。トワの為にしっかり戦えてるんだなァって」
その為に自分は死んでもいい。
自分はトワのもの。
そんな覚悟を孕む、一途の大人な瞳に桔梗紋は未知の鳥肌を覚えるのだった。
一途はこんなに。
桔梗紋は華奢な一途の肩を抱いた。
「……小さいな」
「先生?」
「ん。大人になったなァってさ」
「桔梗紋先生、あれあれ、あれ食べたい」
一途はスウィーツ専門店を見付けると桔梗紋の腕を引いた。一途の先に見えるのは「恋人と食べよう。恋色パフェ」なる甘味。
「……」
一途の恋心には実は前から気付いている。
子供の一瞬の憧れと言うものだと解っている。
問題なのは一途は同時に諦めてもいる。
自分にそんな資格は無いのだと自分の想いは報われてはならぬのだと。
10年前に一途は諦めたのだ。
「恋人、ね」
一途。どうすれば、今をきちんと生きてくれるんだ?
「……い」
ん?
「先生、先生?」
「は!!」
桔梗紋は一途の声に我に返った。桔梗紋先生、凄いクリーム付いてる!!一途に爆笑され、自分の頬の桃色のクリームに気付く。
「……って、」
見れば一途も可愛く右頬にクリームが付いていた。
人のこと言えないじゃないか。
「ほれ」
「ん、」
「!!?」
桔梗紋は一途の頬を自然にペロッと……、なめていて……!!?
大失敗。
咄嗟に片手で目を覆う。
「無し。今の無し!」
桔梗紋は声を上げた。
「わ、わ、……解った! 全く全然解った!!」
一途と桔梗紋は真っ赤になり、こくこくと頷くのだった。
いや、駄目でしょ。言葉遣いも変だし。
何時もはのんびりな桔梗紋らしくないミスだった。
それが何を意味しているのか二人はまだまだ気付かない。
デートの締めには観覧車に乗る。
いい眺めだった。バザールが一望出来る高さだ。
「……」
桔梗紋はどうにか落ち着き、飄々とした自分に戻っていた。
「桔梗紋先生。さっきからおかしい。その、嫌かな?」
「何が、」
「一途とデートするの嫌だったか?」
一途は諦めていた。
自分の想いは報われない。
何時かは先生に見放されよう。
何時かは10年前の紅芭の吐いた呪詛の通りになるだろう。
何時かは。
一途は一人に戻ろう。
一途の達観した瞳。
「待って」
桔梗紋は一途の服をわし掴んだ。
一途が儚く、消えてしまうような気がしたのだ。
そんなの許さない。
そんなの俺はどうすればいいのだと。
またやっちまった。
「わ、悪い」
「桔梗紋先生。何処か悪いのか?」
桔梗紋を肩を落とした。
トワは夕日色に包まれ、陽が沈もうとしている。
「先生、顔、凄い赤いぞ?」
一途に問われれば桔梗紋は観念した。
何てことない。
結局、気付いて無かったのは桔梗紋の方だったのだ。
一途が首を傾げた瞬間。桔梗紋は一途の唇を奪ってしまった。
「……………………な、何を」
「いやァ、何処かに行かれたら困るでしょ」
桔梗紋は笑った。
先生の前に、一人の男だ。
「一途は、もう大人なんだから、いいよね?」
なんて零したら、
「よよよ、よくない。ち、ちっともよくないぞ!! 一途は、一途は、先生のことすすすすす好きだけど、諦めて、裏切られてよかったのに!!」
「それは認めない」
一途の一生懸命な反論に桔梗紋はイジワルに零したのだった。