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霊獣憑き協奏曲  作者: オトギ コガレ
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一途。バザールに行く。

 ここはトワの心臓部。

 開拓者達から「上層部」と呼ばれるトワの命運を握る権力者の集まる場所だ。


 ラボに人間が居た。

 上層部に認められ、人工霊獣を生んだ忌むべきところ

 気味の悪い緑色の液体。巨大な本棚に無数に並べられたビーカー。

 薬臭い部屋にこもる空気。


 部屋の主は書類と一緒に白い高級そうな部屋にそぐわないソファに横になり、欠伸を噛み殺した。

「お見事、お見事。実にデータの集まる戦いだったよ。10年前の『共喰いの日』の生き残りちゃん」

 一人の黒縁(くろぶち)眼鏡の黒真珠を思わせる黒髪の学者。

 Dr(ドクター)・テラが霊獣憑きの一途の書類をまじまじ眺め、不真面目に零した。


 消毒液臭い「趣味」のナース服の科学者の中でも特別変な人だ。

「しかし、何ァァ故、今なの? 一途の何が霊獣の覚醒に繋がったの? くすくす、君の時は何だったのさァ?」

 

 Drは壁際の青年に声を投げた。


「ねェ。紅芭くん?」

 

 10年前。

 一途に葬られた少年だ。

 一途の昔の友人。

 喪服を思わせるシックな黒服の青年は満面の笑顔を浮かべた。紅芭は整った美しい笑みのまま小首を傾げ、


「簡単に言うと僕の場合は『絶望』かなァ?」


「絶望……?」

「僕はねェ? 共喰い事件の日、本物の霊獣と言える王獣のガリオンに逢い絶望したんだ。人に作られた霊獣憑きの儚く弱いこと。トワの人間の仮初の平穏の悲しいこと! 真の世界を総べる霊獣の素晴らしいこと! 僕は(あわ)れな同期の子供達を霊獣に捧げ、霊獣の禁術を行ったのさ」

 紅芭は興奮してまくしたてた。

 そんな紅芭を実に冷めた瞳で見るDr。


 紅芭の禁術も。紅芭の存在も。


 Drの駒のよう。


 瞳に映るものはモルモットかそれ以下の存在であるように。


「オーバーだけど。霊獣のコアを喰うあれね」

 と、その時。

 Drの書類だらけの部屋の扉が乱暴にノックされ、開かれた。


「Dr。Dr・テラ!!」

 扉を開けた人間は憤る。

「何?」

「この計画は10年前の生命への侮蔑(ぶべつ)と同じ! 上部の人間も含め、自分も賛成するわけには…、」

 遅れて、一人の権力者は紅芭の存在に気付いた。

 少し早く気付けば自分の失言に、命の危機に、気付けたかもしれない。

 紅芭は人間の形を崩してしまった。


「ひ、」


「……今頃ォォ?」


「紅芭くん、紅芭くん。本性半分出ちゃってるよ。剥けてる」

 紅芭の体から飛び出す得体の知れない赤い(つた)が空間をずるずると覆った。


「消えろよ」

 


 血飛沫がラボの壁を鮮やかに染めた。上層部の権力者は紅芭の手にかかる。紅芭はくすくすと愉快そうに笑った。

「今頃、生命への侮蔑も何もないよ? 子供達を霊獣憑きに造り上げた時に君達トワの上層部の糞人間共は戻れないくなったのにさ!? くすくすくす!!」

 

 止まらない。

 憎しみが、止められない。

 紅芭の狂った声にDrは笑顔のまま平然と続けた。


「じゃ。そろそろ行こうか。君は星を総べる霊獣になる為に。ボクはベタで悪いけどね。 人 間 を 滅 ぼ す 為にさ」




「綺麗」

 桔梗紋の隣の一途は自分の服を見ると、くるくると回った。

「はは、可愛いよ」

「か、」

 桔梗紋の言葉に一途はかっと林檎のように赤くなった。慣れればいいのに。

 黒の品のいい上着と同色のフリル付きの短パン。

 桔梗紋の手にはしっかりと服の雑誌が握られていた。開拓者仲間の女性に拝借したに違いない。仲間のお年頃の子には一途にはこれが、否、これが可愛い、と勧められ、歳相応の服を着せて見れば一途は大人になり可愛かった。


「一途。バザールの感想は?」

 ぎゅっと桔梗紋が手を握ると一途は幸福そうに微笑んだ。


「凄い凄い。里と全然違うね!!」

 一途は天井を仰ぐと目を輝かせた。

 バザールの天井を覆う巨大な「水槽」。

 多種多様な熱帯魚が泳ぎまわるさまは宝石を見るようだ。バザールで一々見せる可愛い歓びは子供の顔だなァと桔梗紋は考える。

 

 遠くで人間の真剣な大声を訊いて無意識に桔梗紋はすっと冷たい目線を向けた。すると、

「霊獣憑きの子供解放に署名をお願いします!」


「霊獣と戦わせるのは間違ってます。子供なんです!」

 なんとトワの人間が霊獣憑きの子供。つまり一途の解放活動を行い、声を張り上げていた。


「驚いた」

 虚を突かれた。

 真ん丸に目を見開く桔梗紋。

 今、霊獣に襲われれば気付かないほどの驚きだった。

 

 一途は小首を傾げ、絶句する桔梗紋を見上げた。

 

 今、一途を見分けられるトワの人間はここにはいない。

 ……が。これはトワの人間の驚くべき第一歩。


 トワの人間は霊獣憑きに頼りっぱなし。しかし、霊獣憑きを危険視する輩の人間が多数を占めていた。

 一途はどれほど傷付けられ、霊獣として扱われ、泣き、血を流したのか。 桔梗紋はトワの人間に期待することを止めた。諦めた。

 一途を守れるのは自分を含め、狛犬の里の人間だけだと思ったことさえあった。


 一途を泣かせない。

 二度と10年前のように……。


 けれど、


「トワの人間は、自ずと慈しみを育むようになったのか」

 

 桔梗紋の考えもまた、間違っていた。


「正直トワの未来は悪くないかも知れないな」

 一途は大人に近い年齢ではあるけど。霊獣憑きの閉鎖的な環境の為に、まだまだ精神は未熟である。

 

 もっともっと、自由になれればいい。

 もっともっと成長をして来た本来のトワを見ればきっと世界を好きになるよ。桔梗紋は一途の未来が少し晴れたことに喜びを噛み締め、


「一途。デートの続きをしようか」

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