VS緋犬。
2日後。
トワは霊獣の襲撃を受けた。
里に霊獣襲撃の警報が鳴り響く中で早速霊獣のレベルに合わせた開拓者達が派遣された。
霊獣憑きの一途と、一途の見張り&先生の桔梗紋は全襲撃に応戦する仕様だ。出来得る限りは。
今回のトワの侵略者は燃える巨大な犬の群れ。
一途は霊装を纏うことは出来ないが、仮にも霊獣憑き。
『この、紛い物がァァ!!』
真紅に燃える大犬に襲われた一途は拳を握り締めた。
見るに一番の巨体を備え、燃え猛る真紅の犬が群れのボスだろう。
「い、」
肩を犬に喰い破られてしまった。
「一途!!」
痛い。
霊獣憑きの一途の存在に危機を感じた群れの数体が突進し、一途の体の自由を奪ったのだ。
鮮血が吹き出して目の前が真っ暗になる。
「い、いった」
ボス犬は容赦なく一途の頭を地面に叩き付け、嘲笑した。
「「一途!!」」
桔梗紋と仲間の悲鳴が重なる。そんな中、
「だ、大丈……夫」
深く深く肩を抉られ、酷く出血しながら一途は立ち上がった。
傷口を抑える掌から血が流れ落ちる。
「大丈夫なの!!」
昔、霊獣憑きの人工霊獣施設がまだ存在した時、桔梗紋の口癖だった言葉を無意識に繰り返す。
「一途」
桔梗紋が唖然と零した。
大丈夫。
『先生。先生。トワの上層部の人が一途は「落ちこぼれの失敗作」なんだって、言ってた』
トワの上層部に人間側に罵られ、霊獣憑きの仲間にも入れない失敗作。
霊獣に憎悪され、報われない日々。
小さな一途は心を病んでしまったのだ。言葉を閉ざし、何も口に入れるこもも無い虚無の10日間。
この世界は地獄だ。
『大丈夫』
一途の細いすっかり弱った体を抱き締め、桔梗紋は一途に諭した。
『大丈夫。一途は落ちこぼれじゃ、失敗作じゃない。俺は何時も何時も一生懸命に生きる一途が好きだよ?』
一途はあの時、生まれ変われた。
「一途は大丈夫!!」
『貴様……!』
ボス犬は憤り、一途の細い首に噛み付いた!!
「!?」
このまま首を砕かれれば。
待て待て待て! 死んじゃうよ!?
刹那、ボス犬の前脚が吹き飛んだ。一途の体の力が一気に抜けて無様に突っ伏する前に桔梗紋に抱き締められる。
「き、桔梗紋先生!?」
「よ。偉い偉い。この肩でよく踏ん張りました」
肩?
一途は自分の肩を見ると目を真ん丸くして絶句した。
肉が剥けて血が噴き出している。
グロいことになっていた。
桔梗紋はそんな一途の肩をすりすりと優しく擦る。しかし、桔梗紋を見上げた一途は愕然とした。
え。
「先生、何。……その、お腹の怪我」
「げほ」
桔梗紋が咳と共に血を吐き出した。見ると、桔梗紋は大きく腹を薙がれ出血し続けていた。一途を無理に守り、ボス犬の牙の一撃を貰った結果だった。
『ぎィィィィ!!!!』
燃える大犬の群れのボスが紅蓮の炎を吐き、何と、前脚を再生させた。
「先生!!」
「……」
傷に苛まれ、片膝を付き、走れない桔梗紋を犬達が襲った。
「桔梗紋!!」
群れの犬達と戦う、開拓者達が声を上げる。
先生。先生は何時も無傷で、強くて、一途の憧れで。
何。何で、一途を守ってるの?
何で、そんな大怪我してるの?
一途は桔梗紋の腹の傷に衝撃を受け、無意識に仁王立ちになり桔梗紋の盾になった。
『がァァァァ!!!!』
狂気染みた唸り声と共にボス犬が炎を吐いた。
「な」
桔梗紋は容易く一途を押し倒し、小さな体を抱き締める。桔梗紋が湛えるのは何時もの寂しげな微笑み。
「死んじゃ駄目だ。先生が一途を守るから」
一途に響く、桔梗紋の死を覚悟した言葉。
「ちょ…」
一途の時間が完全に止まった。
ば、場違いで不謹慎だ。でも、思ってしまった。
かっこいい、と。
今、完全に自覚した。今、気付いた。
一途、先生が好きなんだ。
燻ぶり続ける恋心が弾け開花した。瞬間、ごごゥっと大気が唸り、風が具現した大輪の蒼い花弁が舞い上がる!!
ボス犬の業火が桔梗紋を襲う刹那、一途の中の何かが弾け、
「止めろ!!」
一途の声に応じて二人の周りの大気が螺旋を描き、炎を打ち消した。
「一途……?」
桔梗紋の声も訊かず、否、「届かない」のかも知れない。
一途のぼろぼろの素足に青い靴が装着された。
「霊、装」
そんな言葉が零れ落ちた。