デートの約束。
『一途!!』
10年前の初雪の日だった。
雪が積もり、辺りは静かに白く染まるはずだった。
しかし、その時の色を例えるなら真紅。
血で血を洗う、悲惨極まる真っ赤な日だった。
霊獣憑きの子供が霊獣の力に呑まれて、本物の霊獣に変貌して暴走し、共喰いを始めたのだ。
一途は大怪我を負い、炎に巻かれ、桔梗紋が霊獣に変貌した生徒に傷付けられ、血塗れになった時、
『止めてよォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
仲間に牙を剥いた。
仲間達は人間を辞めてしまった。辞めさせられてしまった。
ごめんなさい。ごめんなさい。
××てくれ。
『桔梗紋、先生』
罪悪感。
一途は重過ぎる十字架を背負っていた。
と。
「……途」
誰?
「一途」
16歳の青春を送る一途はすっかり寝ていた。
「一途! 起きなさい!!」
「んん」
鼻をくすぐる、草木の湿った薫り。
一途は名前を呼ばれ、瞼を開けた。
澄み渡る水色の瞳が呆れ顔の桔梗紋を映し出していた。
桔梗紋は寝癖の付いた一途の色素の薄い蒼い髪を見ると、
「屋根で寝るのは危ないから止めなさい」
物凄く真っ当な言葉を零した。
「き、桔梗紋先生!!?」
一途の心が林檎色に沸き立った。一途は正座をするとぱっと微笑む。そんな一途を見ると桔梗紋は両肩を落とし、
「一途。……相変らず、何て格好してるんだ」
女の子なのに。と桔梗紋に続けられ、一途は自分の服を見る。
大きい半袖のTシャツ一枚。
天使の羽根が描かれた可愛いぶかぶかの上着。この上着は桔梗紋の開拓仲間のお下がりだ。これじゃ上着型ワンピースだ。ズボンも何も無い。
靴すら履いていない。素足だ。
「一途。霊獣憑きだし。霊獣と戦えばすぐ服も駄目になるしさー」
一途の言葉に桔梗紋は一瞬、目を伏せた。
基本霊獣憑きはトワの人間から霊獣と同じ扱いを受けるのだ。
人間じゃない。危険物と同じ扱いを。一途は危険物じゃない。
傷付き、戸惑う16歳の人間だ。
「一途。今度、里の皆と一緒に買いに行くか? 一途の服。そのバザールに」
「!?」
桔梗紋の提案に一途は目をひん剥いた。
バサール。
そこはトワの巨大なショッピングモール。トワの人間の娯楽と日常を支える、一番金の行き来する場所!!
勿論、行きたいが。行きたくて堪らないが。
皆と一緒、かぁ。
一途は狛犬の里の仲間が勿論大好きだ。
トワの人間と異なり、一途を霊獣憑きの戦力ではなく人間として扱ってくれるから。
けど、トワ・バザールに行けるなら。
「……先生と一緒がいい」
一途は桔梗紋をがばっと見上げ、
「トワ・バザールに行くなら、桔梗紋先生と一緒がいい! デートというの、したい!!」
は、恥ずかしい!!
一途は桔梗紋の表情に乏しい瞳を見ると、
「れ、『霊装』を、ま、纏えたらでいいの! 桔梗紋先生と一緒に。……い、いい、一途の御褒美に!!」
「……」
それじゃ、その時まで一途はその服のままか?
「……よし。約束する」
桔梗紋は一途の隣に片膝を付き、一途の小指と自分の小指を絡ませ、少し表情を緩めた。
「これは俺と一途の約束の印。一途が霊装を纏えたら、バザールへ買い物。御褒美に……、」
「……俺は一日、『一途の恋人』かな?」
ぶー!!
桔梗紋の言葉に一途は吹き出した。
「な、な」
一途を覗く桔梗紋は続けた。
「頑張れ、一途」
「が、が、頑張る!!」
一途は頬を真っ赤に染め、身を乗り出したのだった。