何も知らない
岩が動きだした。
揺れる岩から離れる直斗とカヤ。
それを見て騒ぎだすゴブリン達。
トンネルの入り口を塞いでいた岩はついにドラゴン少女の力で退かされた。
「やった!」
「うん。さすがはあの子ね」
予想通りの展開に喜ぶ直斗とカヤ、トンネルから出てきたドラゴン少女は怒りにも似たオーラを放ち歩いている。それを感じてカヤの笑顔が凍る。
「あちゃ~。怒らせちゃたか」
「えっ、どういう事?」
カヤに手を引かれた直斗は隠れるように後ろに下がった。
(静かに!ああなったら動くもの全部を殺すわ。だから動かないでね)
ゴクリと唾を飲む直斗。
ドラゴン少女は前に進み、ゴブリン達を一蹴していく。
(強いやでも、まだ目で追える)
ドラゴン少女の戦う姿を改めて見つめる。
目の前で繰り広げられる殺戮に直斗の目は釘付けになる。
必死に抵抗はしているが、ゴブリン達は無惨に散っていく。
ゴブリンの中でも戦闘力の高い個体もいたが、ドラゴン少女の相手にはならなかった。
(………カヤさん、アレを泣かせるのは無理では?)
(………がんばって)
ドラゴン少女のパワーとスピードを見て、直斗はドラゴン少女を泣かせるのは絶対に無理だと思った。
基本スペックが余りにも違いすぎる。
ドラゴンと人ではこんなにも差があるのかと改めて直斗は思い知った。
(それでも人はドラゴンを倒せるのよ)
萎縮している直斗を見て、カヤはそう囁いた。
(えっ?)
その声は直斗の心に響く、萎縮した心は次第にドラゴンの弱点がないかと探るぐらいには回復した。
ドラゴン少女の戦い方を見る。
パワーとスピードで押す、力押しだ。
確かに速いが動きが単調な分、かわすことぐらいは出来ないかと考える。
そこからどう戦うかを想像した時にこの場所に居たゴブリンが全滅した。
(終わったわ)
目の前で行われていた戦闘が終わり、カヤは隠れていた場所から出て姿をドラゴン少女に見せた。
「あっ!カヤじゃん。また隠れていたのか?」
「当たり前でしょう。あの状態のあんたは危険なんだから」
「エヘヘ」
その自覚があるのかドラゴン少女がバツが悪そうに笑った。
トンネルの中から魅沙が姿を現して直斗の元に来る。
「直斗さん。お疲れさまです」
「魅沙さんも平気だった?」
「はい。さすがに体中が凝っている感じはしますが、まだいけますよ」
笑顔を見せる魅沙だが、トンネルの中とゆっくりと寛げない亀テントの中では体を動かせない分、辛かったようだ。
それでも笑顔を見せられる魅沙に励まされつつ直斗もカヤ達の元へと向かった。
「直斗、とりあえず休憩小屋に行こう」
近づいてきた直斗達に気付いたカヤがそう言うと。
「私は体を洗ってくるよ」
横にいたドラゴン少女がゴブリンの血や肉がまだ付着している体を指して言う。
「え~!私も洗いたいです」
ドラゴン少女の声を聞いて直斗の後ろにいた魅沙が前に飛び出しドラゴン少女のゴブリンの血がついている手を握る。意外にも魅沙はゴブリンの死体を間近で見ても動揺などしていなかった。
「魅沙も行くか?」
「是非!お願いします」
勢いよく頷く魅沙に戸惑うも、ドラゴン少女は直斗を見て言った。
「いいのか?」
「ええ、迷惑でなければお願いします」
「良し!任せておけ!」
薄い胸を叩くとドラゴン少女は背中から翼をだして、魅沙を抱えるとゆっくりと翼を動かして空中に浮く。
「えっ?えっ!」
驚く魅沙に構わずにドラゴン少女は山の山頂方面に飛び去った。
辺りに落ちているゴブリンの死体をそのまま放置して直斗とカヤは休憩小屋に向かう。
「いいのかアレは?」
「いいよ、いいよ。あの子が戻ったら適当に集めて焼くから。それより天気が悪くなりそうだよ」
今まで天気も悪くなく、雪もチラチラと降っているだけだったのが気温も下がり風も強く吹くようになった。
「わかった。魅沙さんは大丈夫かな?」
休憩小屋に向かい歩きながら直斗は前を歩くカヤに聞く。
「あの子が着いているから大丈夫よ。ちゃんとお湯で体を洗う子だから心配しないでね」
どうお湯を沸かしているのかが気になったので、あとで魅沙に話を聞いてみようと思った。
休憩小屋に着き火をおこしてお湯を沸かす。
直斗もお風呂に入りたいが、体を拭く位にしておく。
いつ戻ってくるかは知らないが、直斗が体をお湯で拭く位の時間はあるだろう。
外の雪を大きめの鍋に入れて起こした火で雪を溶かす。
一度では足りないので何回か雪を足した。
もちろん水も持ってはいるが、体を拭く位なので使いたくない。
カヤは割れ関せずと小屋の中で暇そうにしていた。
改めて小屋の中を見渡すが、簡素な造りで雨風が凌げればいいような造りだ。
今までそんな事も目に入らないほど、思い詰めていたのだろか?
沸騰する前に火から鍋を離してタオルをお湯に浸す。
よく絞って体を拭く、カヤが近くにいるが気にする事なく拭いていく。
「ふ~ん、いい体をしてるじゃない」
いつの間にか直斗の側に来ていたカヤは直斗の体を見て呟く。
「まあ、鍛えているからね」
「そう。タオルを貸しなさい、後ろを拭いてあげるから」
遠慮しようとしたが、強引にタオルをとられて背中を拭いてもらう事になった。
やはり体が小さいせいか、力が弱くこそばゆい背中の感覚に直斗は笑ってしまいそうになる。
「ねえ。直斗は何故、この世界から力ある存在が連れていかれたか考えた事がある?」
不意にカヤが真剣な声で直斗に聞いてきた。
顔は見えないが妙な切迫感が感じられた。
「………いや、考えたことがない。僕が生まれた時には日本にいるのが当たり前だった」
「………そう」
ただ一言、呟いたカヤは後は黙々と直斗の背中を拭く。
拭き終わったカヤは直斗から離れる。
妙な沈黙が小屋の中に漂う。
(精霊が日本に来た理由か)
服を着た直斗は床に寝そべり天井を見てカヤが言った事を考える。
今まで生きてきて、日本の現状など考えた事など無かった。
もっと言えば第1エリアの中ですらどうなっているのかわからない。
気づいたら今の部屋に住んでいて、両親の顔も覚えていない。
無人の店に食料や服が置いてあり、どこでそれが作られているのかさえ知らない。
決められた場所に行き、それを取ってくる。
そんな生活を繰り返していると第1エリアの外など興味も無かった。
氷依と知り合い学園に通い多少は世界が広がったが何故、日本に上位精霊や神竜が存在するのかカヤが問いかけるまで考えた事もない。
知っている事といえば、人が住む都市にはそれら力ある存在が攻撃をしてこない安全な場所である事ぐらいだ。
学園の教師も最低限の日本の知識と戦闘の仕方など教えるだけで都市自体に関しては何も教えない。
今まで気にしなかったことを氷依は知っているのだろうか?
また、カヤが問うた答えも彼女なら知っているのかもしれない。
あの卑弥呼が日本をどのように考えているのか………。
「………直斗さん。………直斗さん!」
「!」
目の前に魅沙の顔があった。
覗きこむように寝ている直斗の隣にいた。
「えっ、魅沙さん」
「ホッ、良かった。目を開けたまま寝ているから驚きました」
よく見るとサッパリした顔をしている魅沙は新しい服を着ていた。
湯上がりで仄かに赤い顔をした魅沙は意外にこの近くでお風呂に入っていたかのかもしれない。
「おかえり、魅沙さん。彼女は?」
小屋の中を見渡してもドラゴン少女の姿が見えない。
「まだ、お風呂に入っているそうです。私だけ先に送ってもらいました」
「半日はかかるから先に食事をしていればいいさ」
こちらの会話が聞こえたカヤが直斗達に言った。
小屋の外は風が強く、じきに雪が降り吹雪となるだろうというのがカヤの見立てだ。
ドラゴン少女が戻り次第、涙がほしいと交渉しなくてはならない。
出来れば戦いたくない、悪天候でドラゴン少女と戦うなんてゾッとする。
そんな事にならないように全力でお願いしようと直斗は思った。




