雨
雨の音がする。
その音は窓を閉め切った部屋に響いていた。ぽつりぽつりと。
私は雨の音が嫌いだった。いつの間にか自分の内側に入り込んで、ひたすら悩み続けてしまうから。
ふと苦い匂いが、私の堂々めぐりの思考を中断させる。
それはタバコのにおいだった。彼のことを感じさせる苦くて切ない、そんな匂い。
この匂いがリビングまで漂ってくるということは、もう彼はタバコを吸い終わったのだろう。台所のファンの音がいつの間にか聞こえなくなっていた。
彼はゆっくりとやってきて、私を見つめる。うんざりした顔。決意した目。私は目をそらす。
雨の音が強くなる。
「なあ」
二人で寄りかかっていた沈黙が破られる。
「ごめんな」
聞き飽きた言葉が、私一人分の荷物しかない部屋に吸い込まれる。こんなに部屋が広かったのだと、改めて気付く。
「もう謝らないでよ」
彼は困った顔をして少しだけ苦しそうな顔をした。瞳には優しい色が浮かんでいる。
越してきた頃はあんなに輝いて見えた白い壁紙も、いつのまにか薄汚れてしまっていた。
「じゃあ、これで」
そういって彼は玄関まで歩き出す。ここで私が何かいえば、彼は振り返るのだろうか? 立ち止まるのだろうか?
靴を履く音が聞こえる。
私は何かいおうと口を開く。
ドアが開いたのか、部屋が雨の音で満たされた。そのせいで私の声がかき消される。
ドアの閉じる無機質な音が響き、一瞬の静寂の後、また雨の音が響き始める。
鼻の奥につんとした痛みが広がる。私は電気のついていない天井を見上げた。
私は雨の音が嫌いだ。
でもそれ以上に自分のことが大嫌いだ。
雨の音と自分のうめき声だけが、この部屋には響いていた。