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強くなったね

作者: きーる

その事件は、今日、わたしが大学から家に帰ってすぐに起きた。

「ただいまー」

言いながら、わたしはリビングのドアを開ける。するとドアは全開になることはなく、何者かに防がれた。

「もー、どいてよ」

「………」

無愛想に一言も喋らず、交通を妨害していた張本人はそこをどく。真っ黒な学ランに身を包んだその少年は、恐らくほぼ間違いなく、わたしの弟であり、また反抗期真っ盛りでもある津川聡太その人だろう。

(小っちゃい頃は、あんなに可愛いかったのになー)

「ふう………。やっと入れたわ……って、あれ?珍しくお父さん早く帰って来てたのね」

「ああ………。おい、聡太」

「………」

ああ……。この空気は、まずい。これは、わたしが十九年間生きてきたなかで何度も感じたことのある、家の中が平和じゃなくなる前の空気だ。

(わたしは関係なさそうだし、お姉さんはさっさと部屋に引きこもりましょうかねー)

そんなことをぼんやりと決めたわたしは、踵を返してリビングを出ていこうとした。した、のだが、

「………っ、聡太!?」




びっくりした。とても、びっくりした。というか、とても、どきりとした。いや、背筋が凍る、という感じが近いのかもしれない。

「あんた――――」

「聡太」

わたしが言葉をかけるよりも早く、お父さんは再び聡太に声をかけた。

「お前、その顔の傷は、喧嘩か?」

そう。聡太の顔には、見ているこっちが痛くなりそうな程痛々しい、傷や痣が出来ていたのだ。

「違う」

「じゃあ、またお前は、」

「違う」

そうだ。確か、こんな空気は、少し前に感じたばかりだったじゃないか。あの時は、確か――――

「苛められたんだな?」

「違う」

「じゃあ、何なんだ?」

「…………」

「そうか。お前は結局、あれから何も変わってないんだな」

少し悲しげに言って、お父さんは眼鏡を外す。

「結局、お前は母さんや香弥子がいないと何もできないわけだ。この甘ったれめ」

「ちょっ、お父さん、何もそんなに………」

「香弥子は黙ってなさい」

「………っ」

「聡太。お前は男なんだ。やられたらやり返せ。言われっぱなしにするな。やられっぱなしにするな。お前、やられっぱなしで悔しくないのか?」

「………」

聡太は、何も答えない。何も答えようとせず、ただ肩を震わせていた。

「もういい。さっさと部屋に戻れ。これ以上お前に何を言っても無駄だろう」

それだけ言って、お父さんは再び眼鏡をかけ直した。

「ねぇ、聡太」

「――――ああ、わかったよ。やっぱり父さんなんかと話したって、意味ない」

「聡太?」

「こんな気持ち悪いとこ、いてたまるか」

言うより早く、聡太は玄関に向かって駆け出した。

「聡太!!」




結局、私の叫びもむなしく、聡太は家を出ていってしまった。

「お父さん」

「何だ」

「確かに、聡太は昔苛められてて、その頃はわたしやお母さんに守られてばかりで、頼り甲斐も何もなかったよ?けどね、今は違う。あんまり聡太と会える時間がないから、お父さんには分からなかったかもしれないけど、あの子はちゃんと、強い子に育ってるよ」

「…………」

「それだけ。じゃあ、わたし聡太探してくるね」




外に出ると、真冬の叩きつけるような寒さが、わたしの頬を撫でた。見上げると、空は清々しいまでの寒空で、今にも雪が降りだしそうな有り様である。

「急がなきゃ」



それから程無くして、わたしは聡太を見つけることが出来た。実を言うと、家を出たときには、既に聡太がどこに行ったのか大体の察しはついていたのだ。

「やっぱり、ここにいた」

そこは、家から十分程歩いた場所にある、錆びれた公園だった。大した遊び道具もないのだが、小さな頃には、わたしはよく友達や聡太とここで遊んでいたものだ。

「何だよ」

公園の雰囲気そのままの、鎖が錆びきっているブランコに、聡太は乗っていた。

「何だよはないでしょ、お姉ちゃんにむかって」

言いながら、わたしは聡太に近づく。

「ブランコ、隣いい?」

「………ああ」




「………」

「………」

ぎい。ぎい。ぎい。

何を話すわけでもなく、わたしはただゆったりとブランコをゆらす。何となく、今はこの沈黙が大事な気がしたから。

「………ねぇ、聡太?」

「何だよ」

「腕相撲、しようか?」

「はぁ?」

大きく目を見開いて、聡太はすっとんきょうな声をあげる。うん、やっぱり君にはそんな表情こそ似合うよ、少年。

「だ・か・ら、腕相撲。ブランコに乗ったまま、空中で良いから」

「ったく、なに考えてんだか………」

「やらないの?」

「やらねぇよ」

「やりなさいよ、意気地なし。どうせ負けるのが怖いんでしょ?アンタ、一度だってわたしに力勝負で勝てたことないもんね?」

とか、わかりやすい憎まれ口を叩いてみると、これまた聡太の表情は面白いように変化した。少しはやる気になってくれたらしい。

「よし、やってやるよ」

「そうこなくっちゃ」



結果から言わせてもらうと、惨敗だった。圧倒的に負けたのだから、圧勝ならぬ圧敗とすら言えるかもしれない。とにかく、女の子らしく、普通に負けてしまった。

「結果なんか最初からわかってただろ?一度も勝ったためしがないって、それ、小学生の時の話だし」

「いたた、やっぱり強いね~……。ハハ、勝てないや」

「で?こんなことして、何か意味あったの?」

「あぁ~………うん、まぁね。ほら今のは一例なんだよ」

「一例?」

「そ、一例。聡太、間違いなく強くなってるよ。肉体的にも、精神的にもね。もちろん、小学生の頃よりもずーっと」

「………ったり前だ」

「さっきの腕相撲、聡太は肉体的に強くなったからわたしに勝てたわけだし、精神的に強くなったからわたしを痛めつけたりしないで、力加減をちゃんとして勝てたわけだし」

「何が言いたいんだよ、姉ちゃんは?」

「うん。…………聡太、別に今苛められたりしてないんでしょ?」

「…………。いつからわかってたの?」

「最初っから。あんたの様子おかしかったからね」

「そっか………」

「………」

「聞かないの?」

「何を?」

「俺がなんで怪我したか」

「気にはなるけど、聞きはしないよ。お父さんのアレの後にそれは、ちょっとうざったいしね」

「今でも十分うざいけどね」

「あ゛?」

「はは………。まぁ、うん。姉ちゃんになら、話しても良いかな」




それから、聡太は今回起きたことについて分かりやすく説明してくれた。まぁ、予想通りというかなんというか、聡太の顔の傷は、苛められてた自分の友達を守って、その時に出来たものらしかった。具体的に言うと、苛めの実行犯四人と喧嘩して、そして勝った時に出来た傷らしい(本人曰く、喧嘩ではなく決闘らしいけど)。

「あんた、決闘の意味わかってる?」

「あん?」

「もういいや。……ってーかさぁ、あんた」

言いながらわたしはブランコから降り、聡太も降りるように指で合図した。遅れて、聡太もブランコから降りる。

「強くなりすぎじゃん♪」

「わふっ」

そして、わたしはそのまま聡太を抱き締めた。

「まるで、正義の味方みたいね」

「は、離せよ!」

おお、中学生は元気だねぇ。こんなに必至に抵抗して。

「やだ、離さない。こんなに良い子を、誰が離すもんですか」

「はな、せよ……」

「嫌。絶対離さない」

強く、強く、更に力をこめてわたしは聡太を抱き締める。今更だけどこいつ、わたしの伸長越してたんだなぁ。

「わたし、今回の件には絶対に口を挟まないし、お父さん達に教えてあげる気もないよ。だからさ、」

「何だよ」

「帰ろ………」




家に帰ると、相変わらずお母さんはまだ帰って来ておらず、お父さんだけがいた。お母さんはまだ買い物でもしているのかもしれない。

「ただいま」



それから暫く、わたしたちが言葉を交わすことはなかった。ずっと沈黙が続いており、聞こえるのはテレビの音と、こたつの上でみかんの皮を剥く音だけである。

「ねぇ、お父さん」

「何だ」

「聡太ね、やっぱり苛められてなんかなかったよ」

「ちょっ、姉ちゃん!?」

「ごめん、聡太。でもやっぱり、これだけは話しておかないと。………それでね、お父さん。聡太は、逆に昔の聡太みたいに苛められてた子を助けてただけらしいのよ。この傷は、その時に出来たものだ、って………」

「そうか」

「もしかしたら、嘘っぱちかもしれないけど」

「ちょっ……!?」

「でも、わたしは聡太の話、信じるわ。家族だもの」

「そうか」

「そ、もう聡太は昔の聡太じゃないし、ちゃんと強くなってるのよ。親の知らない間にたくましくなっちゃって、この子ったら………」

「そうか」

「そ、だから」

「聡太」

(この人は人の台詞を遮らないとしゃべれないのかしら)

「よくやった」

それだけ言って、お父さんはくしゃくしゃと聡太の頭を撫でた。そして、小さな声で、「すまなかった」と一言言い残し、そさくさとトイレに向かった。

「あはは、なんか、お父さんもちゃんと理解してくれたみたいだし………聡太!?」

「………っぐ………っ………!」

横を見ると、聡太はもごもごとみかんを食べながら、これ以上ないくらいに嬉しそうに泣いていた。

「えっ、ちょっ、そのみかんそんなうまいの!?」

「………っっ………ちがっ………!!」

今度は、聡太は笑いながら泣き出した。ころころ表情の変わるやつだ。

なんて、わたしたちがこたつでぬくぬくしてると、

「ただいまー」

いつもの調子で、お母さんが帰ってきた。遅れて、お父さんがトイレから出てくる。

「あら、帰ってたの?」

「ああ」

「早く御飯作らなきゃねっ」

結局その日、声を聞いているだけで急いでるのがよく分かるような、そんな調子でリビングのドアを開けたお母さんに「おかえり」を一番に言ったのは、わたしでなく聡太で、そして忘れもしない、その瞬間の聡太の笑顔は、小学生の頃と何一つ変わってなんかいない、無邪気な笑顔なのだった。そして久しぶりに四人揃って食べた晩御飯がいつも以上に美味しく、また家の中が自然と温かくなったこともわたしは忘れないだろう。

いやー、寒い日々が続いておりますね(笑)。ライダーには過ごしにくい毎日です。さて、今回は短編小説を、それも超短編小説を書かせていただいたわけですが、何故今回このような小説を書いたのかというと、まぁ、先に述べたように最近外が寒くなっているので、温かい話を書きたかったからです。あと、こんな姉がいたらなー、とか多少の欲望を撒き散らしながら。まぁ、そんな感じでこうして小説を書き終えてみると、書いて良かったなー、とか感じたりします。これだから執筆は止めれないんですよねwwwwさて、自分はもう勝手に満足したので、この辺で筆を置かせてもらおうかと思います。でわっ。

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