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青山さん家

作者: 宇佐美 風音

既婚者は皆と言っては風評被害かも知れないけれど、それでも多くの人は口を揃えて言う。


「結婚なんてするもんじゃねぇ」、と。


それはきっと結婚してみて、本当の意味で一緒になってからじゃないと見えないその人という個人が見えて来ないからだろうと思っていた。恋は盲目という言葉がある通り、きっと彼氏彼女という間柄では絶対に見えて来ない世界というものがあるのだと、そう信じていた。


……そう、信じていたんだ。見えてなかっただけで、絶対にそうだと盲信していたんだ、俺は。


根拠なんてないくせに安易な妄想を連ねているから、こうしていざ結婚してみて絶望し驚愕し歴然とするのだ。


「ただいまー……」


そんな俺が、二人で働いて貯めた金で借りたマンションに帰宅した。少し買い物もしていたので遅くなったけれども。


急ぎ足……でもなければ普通に歩くようなスピードでもない、なんとも中途半端な速度で廊下からダイニングへの扉が開いて、そこに起立している姿を見て、まず一回目の嘆息。


小股でこちらに向かって来るそいつはやがて、俺の眼前まで辿り着き、鼻と鼻がマウストゥーマウスしちゃうんじゃねってくらいの距離まで顔を近づけて。


対して溜めることなく、それはもう淡々と言ってのけた。


……白いTシャツ一枚だけの姿で。


「おかえり」


「うんただいま、朝普通に服を着せたのに何故かTシャツ一枚で居る日和ひより


高校二年の時に告白し、それが成功して五年程の付き合いを経て、両親から暖かく見守られてめでたく結婚を果たした俺の嫁、旧姓は白鷺しらさぎ。名は日和。


今の籍は俺なので、現在は青山日和だ。


付き合い初めて二年ちょいでようやく知ったことなのだが、どうやら日和はクォーターなのだそうで、そのおかげなのか枝毛一つない綺麗な茶髪が印象的だ。目も丸く透き通っており、漫画なんかで良く使われる「人形みたいな顔立ち」を現界させたような、そんな容姿をしている。


おまけに大人しいというかどこか間の抜けたローテンションでいるから、より一層その顔立ちと髪が目立つのだ。


しかしこの日和さん、結婚してから知ったのだが、なんとも奇怪な「事情」を内に秘めているのである。


「とりあえず家に上がる前に聞こうか。どうしてTシャツ一枚なの?」


「……本当だ」


「いや無意識なのかよ」


そう、青山日和は、片付けられない女なのだ。


……いやまぁ、それだと語弊があるな。


まぁ言い方を変えれば、自分の片付けが下手なのである。


こと自分のことに対して無頓着というか、常に意識を向けていることが出来ず、こうしていつの間にか服が脱げてたり、着替えすらまともに出来ないし、挙句ピカイチのマイペースであるせいかいつも一緒に居ると迷子になっていたりするのだ。


「はぁ……」


二度目の溜息。とりあえず、家に上がることにする。今日は何気に忙しかったからな、早く上がってソファーに座りたい。おまけに何か食べたい。


「ご飯出来てる」


「お、ありがとう。今日は何?」


「ちくわ」


「んーもう一品!」


ちくわで食卓に迎え入れちゃう日和マジかっこいい。


ってそうでなく。


「大丈夫」


「いやな予感がしているけれども、何が?」


「今日は奮発して二本」


「数の問題ではないと思うんだ」


かといって少食であるこの子が質量の暴力に出ようものなら、武力介入も止むなし。


ちなみに日和は少食であるがためにあまりご飯を食べない、その余波がいつも俺に向かうのだ。


あらかじめ外で少し食べておいて良かったと思いながらダイニングへと向かい、テーブルに座る。


その隣に日和も座る。うんもうおかしい。


「日和、向かいに椅子あるよ」


「ここが良い」


向かい側に椅子がある意味がない。


「俺向かい合って食べたいなー」


「メリーズがない」


メリットと言いたいのだろう。


「日和の顔が見たい」


敢えてこちらが一歩引いてみる。


すると、無言で向かい側に座り出す。というかお前はその前に色々と足りてないものを補充してくるべきだと思うんだが。


「とりあえず俺待ってるから、日和は服を着て来ようか」


そう提案すると、日和の眉根が動く。


「良い」


「いや良くねぇよ」


「安心して」


何をだ。


「これしか着てないから」


「安心する要素がどこにも無かった」


尚更タチ悪いわ。


なんて茶番を繰り広げながら、俺は仕方なく服を着せてやる。本人の希望で俺のジャージを着せてやったが、その心は一体何ぞや。


やがてようやくお互い向かい合って椅子に座り、皿に鎮座したちくわ二本を眺めていると、日和がゆっくりと俺のジャージの匂いを嗅ぎ出す。おかしいな洗ってあるはずだが、臭ったのだろうか。


「グローバルな匂いがする」


それどちらかと言うとお前の匂いじゃね?


「良いから食べようぜ、腹減ったよ」


そう促すと、小首を傾げて聞く。


「お腹と背中が結婚しそう?」


思考回路が五年付き合ってるのに理解が追いつかない。


一体お前は俺の何歩先に居るのだ。


「うんそうだね」


「私たちと一緒だ」


そんなことをさらりと言って、両手を合わせる。俺も合わせる。


「いただき――――」


「ご結婚おめでとうござい――――」


「もうその話しは良いから!」


まだ引っ張ってたのかよ。お前の中では飯よりも腹と背中の内蔵結婚の方が大切なのかよ……。





そんなこんなで、俺たちは晩飯(ちくわ二本)を食べ終え、風呂を済ませる。もちろんバラバラに一人ずつだ。


当初は二人で入ろうなどと言っていた時期もまぁ確かにあった。


しかしコイツ自身が自分に対して無頓着なのを知ったのは、この風呂の時だったために、俺はそこから改善して行こうと決めて、風呂は一人で入るよう言っているのだ。


最初は小声で「ばか」「あほ」「なすび」「来世はなすび」「前世もなすび」と暴言を吐かれたりもしたが、それでも今は一人で風呂に入れるくらいにはようやく成長してくれたので、今となっては古き良き思い出だ。


そんな謎のなすび攻めをされた時は、シャンプーを体に塗りたくっていたり急に呼び出されてなんだろうと思い着いて行ってみると浴槽にシャンプーがぶちまけられ「泡風呂」などと淡々と口にしながらとんでもない行動をしていたり、エトセトラエトセトラ……。


それこそ風呂のように溢れんばかりに出て来るぞ、こいつの珍行動など。


……しかも。


「でた」


と、思いふけっていた俺の背後から声がして、一抹の不安が現実となる。


バスタオルで体を拭くこともなく一糸まとわずびしょびしょの姿でそこに立っていたのだ。


こうして本日三度目の溜息を吐きつつ、俺は小走りでバスタオルを持って行くついでに日和の手を掴んで連れて行く。


「風呂に入れるようになったから、次はちゃんと体を洗えるようになろうな」


しかし、一人で入ることすら絶望的だったこいつが今ではちゃんと頭も体も洗っているのだから、確実に着実にゆっくりと進歩はしている。


それが唯一の救いである。というかここまでしてなんの進歩もしていなかったらそれはそれで絶望するけれども。


「沈下」


いや沈んでどうする。


「そこは進化してくれよ」


「次からそうする」


今までの進歩はなんだったんだと思わせるような発言である。


あまり俺を驚かさないでくれ……。


そう思いながら羞恥心を持ちつつ体を拭いていく。あまり時間をかけて風邪を引いてほしくないのでなるべく早めにそれを切り上げ、今度は化粧台へと向かう。無論服を着せてだ。


「にしてもお前の髪長いよなー」


ドライヤーで髪を乾かしてやりながらそう呟く。


日和の綺麗な茶色に染まった髪は腰付近まである、一般的な思考で言えば長過ぎるとさえ言える長さだ。


「へあーえぼりゅうしょん」


「髪革命って何ぞや」


実はこの日和、出会った当初はびっくりするくらいの短髪だったのだ。本人は面倒くさがっていつも切らなかったためか、親が気を利かせていつも切ってやっていたのだ。


なので俺もそれを知ってからはその習慣に則って切ってやろうと考えたのだが、何故かそれだけは頑なにそれを嫌がるのだ。


まぁ確かに俺は素人だが、切ってやることくらいは出来るし、普通に理髪店に連れて行ってやれば良いってわけでもあるのに、日和はそれを強く拒絶している。


「――だから」


「ん?」


そんなことを思っていると、日和が何かを言っていた……のだが、あまりに声が小さくてドライヤーの音でかき消されてしまった。


「何か言ったか?」


「鳳仙花の花言葉は『私に触れないで』」


「へぇ」


「あげる」


おや、怒ってる?


扱いというか、俺への態度があからさまに悪い。


「じゃあ俺風呂入るね」


と言うと、無言でこちらを見ないで俺の服の裾を掴む。表情は皆無だがとても分かり易い奴である。


敢えて俺の方を見ない所がミソだな。本当に微笑ましいなこいつは。


「どうしたの」


「いや。お前見てると飽きないなーって思って」


「私ガムになったら売れそうね」


「そして三割引くらいになってワゴンで売られるんだね」


無言でチョップされた。





はい翌日。


俺の本業は小説家の卵(というか成りたて)なので、昨日のようにバイトが無い日はもっぱらパソコンにかじりついて原稿を打ち上げている。


それが何を意味するか。


「ねぇ」


「んー?」


「遊ぼ」


「後でね」


「じゃあいつ遊ぶか」


「後でしょ」


無言で背中に頭突きされた。


とまぁこのように、暇な日和がこうして甘えて来るのだ。


ちなみに日和は看護学校に通い、現在はようやくナースとなっているが、シフト上今日は休みなのでこの有様なのである。


「ねぇ」


「今度は何だー?」


「私の腕がソクラテスに」


「なるほどそりゃ気になる」


日和を見ないで返事をしていると背中をつつかれた。


しかし悪いが原稿を進めなきゃ。締切はまだ先だが、後になって焦るのは嫌だしな。


今辛い思いをすれば後が楽になるし、その分遊んでやれるし、俺も遊べる。良い事尽くしじゃないか。


……まぁそんな俺の思いを知ってか知らずか、日和はこうして構ってちゃん光線を俺の背中に送り続けている。


仕方なく俺は日和の方を向いて話しかけてやる。


「あのね、俺は今小説を書いてるの、お仕事中なわけよ。終わったらちゃんと遊ぶから、少し待っててね」


「何時何分何票」


「少しって言ったら少しだよ。あと俺立候補してないから票は無いの」


「〇票なのね」


どうして物悲しい顔でそんなことを……。


「寂しい」


「俺も寂しいよ。でもこれ進めなきゃ締切が近くなったらたくさん遊べなくなっちゃうよ?」


「やだ」


首を振る。


「嫌でしょ? だから我慢して?」


「やだ」


嘆息。まいったなこりゃあ。


「……本当に駄目?」


「ごめんな」


そういうと逡巡。


「もういい」


そう言ってその場から離れて行ってしまう。


しかし俺は知っている。これは怒っていない。


本当に日和が怒ったらもう男の俺でさえ手がつけられない。癇癪を起こすわけでは無いのだが、あの無言で擦り寄って来る恐怖は味わった本人にしか分からない。


だからこそ身を持って分かることなのだが、これは怒ってはいない。恐らく別の方法を持ってして俺の興味を自分に引こうとしているのだろう。


伊達に長い事付き合ってはいないからな、日和の行動など筒抜けだ。などと勝手に勝ち誇っていると、噂をすればなんとやら。


背後から足音が聞こえる。


今に何かちょっかいを出して来るぞ。


「わっ」


「右っ!?」


後ろからゆっくりと近づかれていたはずなのに、いつの間にか右方面から驚かされてしまい、一瞬座っていた座椅子から浮き上がってしまう。


知らない間にこっちも進歩していたようだ……そりゃあそうかこいつはこいつで付き合いが長いのだから……。


「驚きシティー?」


「そんな街に居たら心臓がいくつあっても足りないよ……」


きっとその街の流行語大賞は「わっ」なのだろうな。


そんなくだらない妄言を心中でぼやいていると、日和が静かにそこから離れて行く。どうやら次の一手に手をかけようとしているようだ。


次は何だ……恐らく先ほどとは違う方法で来るはずだから、何かで俺を引き寄せようとするはずだ。


だが甘いぞ日和、物で釣られる程俺は安い男ではない!


「わっ」


「って左かよ!」


左右が違うだけで、先ほどと全く同じ手段だった。いやまぁ引っかかる俺も俺だけれども。


でも、二番煎じはいかんぜよ……。


「あーもー分かったよ……」


俺は手をあげる、お手上げだ。これ以上の構って光線に付き合っていたら仕事がいつまで経っても進まない。


俺が上げた手を掴んで何故か白味噌を掴ませている日和に味噌を返し、俺は向き直る。


「よし、じゃあ遊ぶか」


「何して遊ぶ? ズクダンズンブングンゲーム?」


また随分と久しぶりなネタを言い出すな。


「それは却下」


「じゃあ譲歩してゴセロ?」


「何故譲歩されたのかはさておき、それネタ知ってる人少ないから」


ちなみにゴセロとは、過去にぴぴるぴるぴるぴぴるぴーな小説内で行われていた、五つの色を使って織り成されるオセロのことである。


それを実際に続行している描写こそ無いけれど、色が多いからか凄い時間がかかりそう。


「わかった、じゃあカラオケで一〇〇点出すまで帰れまひゃく」


「語呂悪い語呂悪い」


さらにちなむと、日和はカラオケが大好きだ。歌うのはもっぱら演歌かアニソンだが。温度差があるのを突っ込んだ人はささくれが爆発します。


「じゃあ……」


「な、なぁ日和、普通に外に行かないか?」


これ以上突っ込み待ちなんじゃないかと思わせるようなネタを九〇マイルの直球で投げつけられる前に、俺の方から先手というか今となっては後手を打つ。


そうしたら。


「……ハン」


鼻で軽く笑って立ち上がり、寝室に消えて行く。どうやら着替えるご様子。


「え、というかどうして俺鼻で笑われたの?」





「ねぇ」


「ん?」


「モンゴル相撲しようよ」


「良いよ、日和観客ね」


「おら早く戦わんかいわれぇ」


「煽るな」


それも全く覇気の無い声音で言ったって多分届かないぞ。


……というわけで。


俺たちはなんだかんだ着替えてシティーに来ていた。


街は休日だからかいつも以上に人がごった返していたが、まぁ気にしなければどうということはないだろう。幸い俺たちはお互い人酔いするわけではないしな。


「うぷ……酔った……」


「お前って俺の心読めるの?」


わざとらしく口を抑えて俺の肩に手を置いて前傾姿勢になる日和に言う。


タイミングがばっちり過ぎるだろ。


「読めるよ」


さらっと復活し、俺の方から手を離して背筋を伸ばした。嘘だったんかい。


というか読めるのかよ。


「じゃあ読んでみてよ」


自分を指差す。


するとジッとこちらを見つめ出す日和。小声でむむむと唸っている。


いい加減人の目がこちらに集中し始めたのでどうしたものかと思っていると、唸り声が止む。


「私のことが好き」


「いやそもそも嫌いだったら結婚してないのだが」


なんなのその「パンはパンでも食べられないパンはフライパーン!」とか言ってしまったかのような読み。というかさらっと言ったが何気に恥ずかしい。


人の喧騒のある道の往来でこんな告白もどきをせにゃならんのだ……顔赤くなってないだろうな。


「うん、行こう」


「おい何顔赤くしてんだよそれ誤魔化そうとして先に進むな日和こら」


尚更恥ずかしいじゃねぇかよ。


というか先に進むな、ただでさえ一人で買い物すら出来ないんだから、迷子になられたらウォーリーを探せの一〇倍難解な捜索をしなくてはならなくなるんだぞ。


昔一緒に遊園地へ行った際に迷子になり、朝から行ったのに見つかったのが閉園一分前だったのはどこのどなただよ。


そんな懐かしい話しを掘り出しながらも何とか日和を見つけ出し、日和の要望で一時間だけカラオケに行くことになる。


棒読みでないにしろ、とにかく声が張られていない。のに、採点してみると九〇点後半の歌唱力なのだから毎回不思議に思わざるを得ない。


と思っていると、歌い終わった日和が無言でマイクを俺に押し付けて来る。


「俺が歌うの?」


頷かれる。


まいったな、俺そんなに音楽知らないぞ……。


「俺は良いよ、日和が歌ってるの聴いてた方が楽しいし」


今度は顔を赤くしながら胸にマイクを押し付けて来る。


照れてやんの。


「分かった分かった、歌うよ」


観念した俺はマイクを受け取る。


満足げに席に座り、曲を選択する。どうやら音楽を知らない俺のために知っていそうな曲を選んでくれている模様。


本当に、自分のこと以外になるとてきぱきこなすよな日和は……。


そうして選曲が終わったのか、機械をテーブルに置く。何を選んでくれたのだろうか。


折角日和がここまでしてくれたんだ、あんまり歌ったことないけど俺も全力で歌わせてもらうぜ!


さぁ、行くぞ――――!


「きーみーがーよーはー ちーよーにーやーちーよーにーって何で国歌ぁっ!?」


俺に背を向けて必死に笑いを堪えている日和の肩を思い切り揺らす。そんな中流れ続ける君が代。


「何故数ある曲から国歌をチョイスした、普通に中学とかで歌ったことのある合唱曲でも良かったじゃん!」


なおも笑いを堪える日和。


そんな日和を揺らし続ける俺。


バックで流れる君が代。


第三者が見たらどういう状況なのか頭を抱えそうな光景であった。





こうして俺たちはゲーセンに行ってレースゲームをしたり、本屋に行って雑誌を立ち読みしたり、ペットショップで猫や犬を見て和んだりと、濃密な時間を過ごしていた。


だからこそ、いつの間にか陽が暮れそうになっていたことに、ペットショップを出てから気づいたのだ。


「うわ、もうこんな時間か」


携帯を見ると、すでに一九時を回っていた。誰がどう見ても遊び過ぎた。


「今日はもう遅いし、外で食べて行こうか」


そう提案すると、何の抵抗もなく了承してくれたので、俺は日和を連れて近くの喫茶店に入店した。


店員の常套句を聞きつつ案内された席に座り、俺はメニューを手に取ろうとする日和を静止する。


「あ、待ってね。普通にご飯食べる前にやらなきゃならないことがあるからさ」


そう言うと、日和は小首を傾げて不思議そうな面持ちで俺を見つめ、「耳を少しの間塞いでてね」と忠告しつつ店員を呼び出すボタンを押す。


そうして俺の言うことを信じてくれた日和は耳を塞いでくれた。しかし、塞いでいる間暇だったのか、俺が注文をしている間中頭を振ってヒップホッパー並みのノリを見せていた。


注文を終えて、とりあえず他のお客さんの迷惑になるからやめなさいと忠告するがてら、もう良いよという意思表示を見せる。


塞ぐことを止めた日和は言う。


「どうしたの?」


「俺からしたらさっきの日和の行動こそどうしたのだよ」


突然ノリ出したから店員が俺と日和を交互に見て困惑してたじゃねぇかよ。


「いやまぁ、俺の方は来てからのお楽しみだよ」


そう言ってやると、尚更何が起きるのかわからなくなったのか、腕を組み出す。


「私のパパの真似」


「いや悩んでたんじゃないのかよ」


確かに数回会ったことのあるお前の父親は四六時中腕を組んでたけれども。時計を見る時でさえその体制を崩さなかったけれども。


やがて日和のいつものペースに乗っていると、俺が日和に聞かせていなかった注文が届いた。


その届いたものを見て、目を見開いて驚いている日和の目の前に置かれた時点で、俺の中にある気持ちの全てを、この言葉に乗せて言った。


「誕生日おめでとう、日和」


そう、ずっと俺は計画していたのだ、今日というこの日の動きを。


きっと自分のことに関心が無い日和なら、今日が誕生日であることは忘却しているだろうと。


だからこそ秘密裏に動けたのを利用して、入念に計画を立てて、昨日バイトの帰りに誕生日プレゼントも買っていた。


そして日和ならきっと休みである今日この日に、俺に構って光線を放出してくるだろうと、ある程度読んでいた。


あぁそうさ、これは所謂、サプライズだ。


青山日和を驚かすためのな。


「お前ケーキよりもパフェ好きだったろ? だからケーキよりもこっちの方が良いかなって思ってさ」


日和の眼前にあるパフェ。彼女の大好きな、チョコレートパフェ。


「んでまぁこれが、ささやかだけど誕生日プレゼント。小さいし安いけれども、きっとお前に似合うと思ってさ」


俺は言いながらポケットから小さめの茶色い袋を取り出し、パフェの隣に置く。


「本当にささやかで申し訳無いけれどもね……ってほあっ!?」


頭をかきながら言葉を発していると、突然の出来事に間抜けな声を上げてしまう。


目の前で、日和が、涙をこぼしていたからだ。


あれ、俺何か酷いことしたか?


もしかしてサプライズ失敗だったか?


「お、おい大丈夫か? 俺何かしちゃったか?」


恐る恐る聞いてみると、顔を覆って首を横に振る。


「……安心しちゃって……」


安心?


誕生日を覚えていたのだろうか……だとしたら誤算だったな……。


「私、髪が長い方が好きって言ってたから……ずっと伸ばして来て……昨日そのことも忘れちゃってるのかなって思って……」


その言葉で、俺はすぐに把握し、自己嫌悪した。


付き合っていた当初、日和はこんなことを俺に聞いていた。


髪は長い方が好きか、短い方が好きか、と。


俺は長い方が好き寄りだったからか、即答で前者を選んでいた。今思えば、あれからずっと長髪だったな。


それを、言った張本人が忘れていたのだから、嫌悪する他無いだろう。


そうか……日和は、少し焦っていたのか。俺の中で、日和との思い出が消えて行っているのではないかと、そう思っていたのかも知れない。


だから昨日怒っていたり、今日あんなにベタベタとしていたのか……。


だとすれば、今日カラオケで珍しく強情だったのにも頷ける。


「日和、大丈夫」


俺は身を多少乗り出して頭を撫でてやりながら、それに反応したことによって顔を見せてくれたので、紙ナプキンを使って涙を拭いてやる。こんなに目を赤くしちゃって……。


「忘れちゃっててごめんな、自分で言ったことなのに。でも、嬉しいよ。日和がずっと俺のために髪を伸ばしていてくれたの」


そう言うと、また泣き出しそうになったのでまた撫でてやる。


「もう泣かないの。今日はお前の折角の誕生日なんだ。それに、プロポーズした時言ったよな? もしお前が悲しくなったり、辛くなったりした時、俺が絶対傍にいて笑わせてやるって」


「……泣いた後は、笑う」


そう、泣いた後は笑うんだ。


どんなに辛くても、悲しくても、どうしようもなくても、笑って吹き飛ばしてやるんだ。


「……うん」


期せずして。


自分で涙を拭いて、無表情だった顔に、大輪の花が咲いた。


とても綺麗で、それでいて……俺が好きになった顔だった。


そうして、日和はゆっくりとパフェを食べて、軽くではあるが夜飯を済ませる。


店を出ると、もう外は真っ暗だった。店に入った時ほどの輝きは無いけれど、何故だか俺たちは晴れ晴れとしていた。


「次忘れたら水道管食べてもらう」


「お、おう」


すっかりいつもの調子に戻ったな、まぁ忘れやしないさ。水道管は食べたくないしな。


日和のテンションに合わせていると、その張本人は空を見上げていたので、俺も同じく仰ぎ見てみた。


悩みなんて彼方に消えてしまいそうな程暗闇。でもその中に一際輝く数多の星。


「夜ってさ、俺たちみたいだよね」


そう呟くと、目線だけを俺に向ける。


「こんなに広い中に、こんなに星がある。それなのにお互いのことを知らないんだからさ」


ただそこにあるだけの存在。でも、それだけでは足りないと思ってしまったのは人と星との相違なのだろうと思う。


やがて人は寄り添い、支え合い、その命が尽きるまで傍に居続ける。


そういう存在を見つけられただけでも奇跡なのだ、俺たちはこの幸せを噛み締めなければならないのだろう。


当たり前にあると、思ってはならないのだろう。


だけど、俺は信じてる。


プロポーズした時に言った、もう一つの言葉。


愛って言うのは、永遠に続くから愛なんだ。


俺たちは生きて、示して行こうと決めた。結婚して、その言葉を信じ、そして証明していこうと。


「――ねぇ」


「ん?」


いつの間にか俺から空へ視線を投げていた日和を見ながら、俺は返す。


「帰ろ」


「……あぁ」


帰ろう。俺たちの家に。


二人の世界に。


プレゼントである髪ゴムで髪を結いた日和の手を握り、俺たちは帰る。今日も帰る。あの場所へ。


色んな思いの詰まった――――青山家に、帰ろう。

どうも、宇佐美風音です。

色んなところに小説を出したり書いたりしてる間の時間を使って気分で短編を書くことが多々あるのですが、この度はその一端を垣間見る感じで投稿してみました。

今回は始めて結婚生活ってやつを物語の題材にして書いてみました、未開拓地だったのでドキドキでしたが外はサクサク中はふんわりとメロンパンみたいな小説を目指して書きました。

恋を中心にした小説は多いので、ここらで斜め下から攻めるように結婚、なんて言うむず痒い、それでいて人生の墓場だったりゴールだったり夢だったりするこの単語で広げて行くのはすごく楽しかったです、なんて言う月並みな感想を言ってみます。

それではここまで読書、または読了ありがとうございました。

またどこかでお会い出来たらお会いしましょう、それでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] 会話の流れがすごい面白くて、ついつい読みふけてしまいました。 温かい恋の話で、胸がほんわかしました。 いい作品を読めて、良かったと思えました。
2013/11/27 22:08 退会済み
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