6.宮廷のクエスト
「メミル。あんたなら、掏摸にでも転職すれば、お金なんかいくらでも稼げるのにね」
メミルにぴったりとくっついて歩いているジュラが、両手を上に向けた。
「あのなあ。おれは正義を重んじる究極の戦士を目指しているんだ。頼まれたって、こそ泥なんてするかよ!」
「なによ、究極の戦士って? 意味わかんなーい。
まあでも、メミルならそういうと思ったわ。だから、うちは、あんたのために、まっとうな儲け話を持ってきてあげたんよ」
「なんでしか、まっとうな儲け話って?」
メミルの背中に担がれて、ぐったりしていたマルスが、ぴくっと顔を上げた。
「あらら、マルスちゃん。くたばっていたんじゃなかったのねえ?」
「お金の話となれば、おちおちとへたれてはいられんでし」
ジュラは、周りの通行人に聞かれないように、声を抑えてしゃべり出した。
「宮廷のクエストを達成すれば、ちょっとしたお金になるんよ。なみの人間には、無理難題で終わっちゃうけど、メミルなら多分、簡単にできるわ」
「いったい、なにをすればいいんだ?」
「迷いの森に行って、金羚羊を捕まえるんよ」
「金羚羊?」
「黄金の角を持った羚羊――。
動きがとっても素早くて、頭もいいから、なかなか捕まえられないの。でもね、その角は珍重されていて、かなりの高値で取り引きされるらしいんよ」
「あのなあ。金持ちの道楽のために野生動物を殺すってのは、いわゆる正義のな……」
いい返そうとしたメミルの口もとを、手のひらでぐっと押さえつけて、ジュラは説明を続けた。
「報酬は三十クローネ――。あんたの取り分が二十で、うちが十。
どう? 悪い話じゃないでしょう?」
メミルは、少し考えてから、返答した。
「だったら、おれが十で、ジュラが十、そして、マルスが十だ。それならやってやるぜ」
ジュラは、メミルに背負われたマルスを、横目でちらっと見た。
「へー、この役立たずみたいなのも仲間に入れちゃうんだ。まあ、うちは、十クローネもらえれば、文句はないけどね」
「それじゃあ、決まりだ。いいな、マルス」
「了解でしー」
クエストに挑戦するための手続きを済ませるのに、宮廷のクエスト管理局の前で三日待たされて、旅の準備に一日を要した。噂によると、これからアナラビを出発して、迷いの森の入口までたどり着くのに、さらに丸一日がかかる、ということだ。
「ちょっと、聞いてよ。あのエロ役人、ほんと、あったまにきちゃう!
『クエストの許可が下りるには、普通はひと月くらい要するんだけどね。まあ、お姉ちゃんはわりと綺麗な女の子だから、特別な措置を考えてやらないこともないんだけどなあ……』、なんていいながら、うちの脚をいきなり触ってきたんよ」
「それで、お前はどうしたんだ?」
「にっこりと笑顔で、『許可していただき、どうもありがとうございました』って、さわやかにいってやったわ。
あー、いま思い出しても、鳥肌が立つ――。
あんな暇そうな役所で、どうやったら手続きにひと月かかるっていうのよ? 蹴りをぶちかまさなかったうちのこと、よっぽど褒めてやりたいわ!」
「そうでしな。直情突発型で、単純この上ないジュラさんにしては、極めて冷静沈着で、ナイスな応対でしたな」
「なによ、こいつ。褒められてるわりに、超むかつくんだけど……」
「そんなことよりよお。こいつのせいで、今月の給料はすっからかんだぜ」
メミルは、さりげなく話題をそらしながら、マルスをにらみつけた。
「なによ、そんなことよりって? あんた、そもそも女の子の気持ちをねえ……」
いらだっているジュラの横から、マルスが首を伸ばして、言い訳をした。
「仕方ないでし。世にも恐ろしい迷いの森を冒険するとなれば、それなりに装備を充実させねばならないでし。ことに、魔法の準備ってものには、なにかとお金がかさむものでし」
「それに、肝心の魔法使いさんが、一文無しときてるしねえ」とジュラが皮肉を付け足した。
「これから何日くらい、森の中を彷徨うことになるんだ?」
「さあね、金羚羊が見つかるまでよね」
突然、マルスが立ち止って、腕組みをした。
「ひょっとして、その金羚羊って神聖な動物じゃないでしか?
その……、ぼくの薔薇色に輝く栄光の将来をかんがみた時、こんなしょぼいことで呪われてしまうのは、なんというかでしな。ぼくとしては、まっぴらごめんでして……」
「まさか? むしろ害獣よ。容赦する必要なんかないわ」
「じゃあ、なんでわざわざクエストにしてるんだ。宮廷お墨付きの狩人たちに取ってこさせれば、それで簡単に手に入るだろうに」
「その狩人が捕まえられないから、クエストになってしまったんよ」
「はあ? そんな手ごわい動物だったら、なおさら、ど素人のおれたちに捕まえられるはずないだろう」
「ふふふっ。まあ、うちにまかしとき」