5.水の矢
ジュラは、ドワーフをちらっと一瞥する。
「あれねえ……。してあげられないことはないんだけど、あれすると、うちもすごく疲れちゃうんよね。それに、いくらくれるのかしら?」
「この前と同じ銀貨一枚で……、いや、今度は二枚出す!」
「そうねえ、考えとくわ。いま、うち、忙しいんよ」
「頼むよ。もう我慢ができないんだ。ジュラじゃなければ、おれのあそこは反応しないんだから」
後ろで会話を盗み聞きしていたメミルとマルスは、思わず顔を見合わせた。
「おい、あれって、なんだ?」
「あれっていったら、あれのことでないでしか?」
「その……、やつがいっていた、おれのあそこって、どこのことだ?」
「おれのあそこ、っていったら、おれのあそこのことではないでしか?」
「馬鹿ねえ。こんなところで、できるわけないでしょ」と、ジュラが軽く突っぱねた。
「それなら、黒猫亭にいこう。あそこなら、金さえ払えば、お前とたったの二人っきりになれるしな。ふふふっ。なあ、ジュラ、お願いだ!」
屈強なドワーフは、ジュラの細い肩を両手でムンズッとつかむと、彼女を持ち上げ、強引に身体を自分の方へと向けた。
「ちょっと、なにすんのよ?」
宙づりになったジュラが、驚いて声を発した。
「つれないぜ、なあ、ジュラ――。
ほうら、見てみろ。もうおれの立派なものは、お前に興奮しちまって、制御ができねえんだ」
股間を膨らませた男は、異様な目つきになって、はあはあと気味の悪い息遣いをしている。通行人はみな、彼に恐れをなして、みてみぬふりをしていた。その様子を見かねて、メミルがさっと飛び出した。
「おい、よせよ。嫌がっているじゃないか?」
「あら、メミル?」ジュラは、一瞬、驚きの表情を見せた。
「なんだあ、てめえは?」
男は、メミルをぐっとにらみつけたが、メミルの異様な迫力にたじろいだ様子で、ジュラをそっと手放した。
「けっ、ヒュームの分際で……。
じゃあな、ジュラ。今度会った時は、きっとだぜ」
ひとこと捨て台詞を残すと、男は、すごすごと逃げるように去っていった。
ジュラは、平然として、答えた。
「ちょうどよかった。うち、あんたを探していたんよ」
「お前、大丈夫か? かなり乱暴につかまれていたようだけど」
「えっ、ディロスちゃんのこと?
あはは、大丈夫よ。ああ見えて、蚤の心臓なんだから」
ジュラは、楽しそうに笑っている。
「あのげす野郎は、その――、お前になにを強要していたんだ?」
メミルは、下をうつむきながらも、思い切って訊ねてみた。
「なによ、気になるの? あらー、そうなんだ?」
ジュラはくすくすと笑いだした。
「話したくなければ、別にいいんだが……」
「ディロスちゃんが自慰行為するのを、逝っちゃうとこまで、じーっと眺めていてあげるのよ」
素っ気ない口調で、ジュラが答えた。メミルは目を丸くしていった。
「わけがわかんないな。そんなことしてもらって、その――、なにか嬉しいのか?」
「うちの場合は、普通の娘とは違って、リップサービス付きだからね。ふふっ、特別なんよ」
そういうと、ジュラはメミルの耳元に顔をふっと近づけてきた。彼女のかすかな息遣いが、可愛らしく膨らんだくちびるを通して、ゆっくりと鼓膜に伝わってくる。
「頃合いを見計らってねえ……、こういってあげるの。
『なに汚いものしごいて、喜んでやがるんだよ。このブタ野郎!』――ってね」
メミルは、しばらくの間、放心状態になっていた。
「ところで、メミル。あんたにピッタリのお仕事があるの。とにかく、ついて来て」
ジュラは、恋人のようにメミルの右腕を両手でつかむと、嬉しそうにメミルをひっぱっていこうとした。そこへマルスが、すーっとわり込んで来て、かぶっていたフードを取ると、両手を組み直して、頭をぺこりと下げた。
「これは、はじめましてでし」
「誰、こいつ?」
ジュラの眉が吊り上った。
「ああ、たったいま、知り合いになったばかりのマルスだ。どうやら、魔法使いの見習いらしい」
メミルが慌てて紹介をした。
「ふーん。魔法使いねえ。じゃあ、なんか魔法見せてよ」
「手品とは違うでしけどな。まあ、美人のお嬢さんのたっての願いとあらば……」
そういうと、マルスは、後ろに立っている小さなマロニエの木に向かって、指を差し向けた。
「ヴェロス・トウ・ネロウ!」
マルスの指先から勢いよく水が噴き出して、一番細い枝を、見事に射抜いた。落ちた枝を拾ったジュラが、目を丸くしてはしゃいでいる。
「うわあ、すごい、すごい。切れ目が、こんなにすべすべしてるよ。すごい威力の手品だね?」
「だから、手品じゃなくて、魔法でしって」
「ねね、もう一回やってよ。次はあの枝」
「ええ? あれでしか? ちょっと太過ぎやしないでしかね。あまりみせものじゃないでしが……」
「なによ。どうせ、さっきのはまぐれで当たっただけなんでしょ? うちの信頼を得るためには、もう一度、正確に枝を落としてもらわんとね」
「そうでしか? わかったでし。ならば、今度はフルパワーでいくでし――。
ヴェロス・トウ・ネロウ!」
今度は、先ほどとの比ではなかった。発射された棒のような水の固まりが、太い枝を見事に吹っ飛ばした。
「うわあ。面白ーい。あんた、なかなかやるじゃない。あら? マルス。どうしたの?」
気が付くと、マルスはうつぶせになって倒れていた。その身体からは憔悴しきったかのように、湯気が立ちのぼっていた。
「おい、大丈夫か?」
メミルが駆けつけて、抱き起すと、マルスは苦しそうにいった。
「いまので力尽きたでし。なにか食べ物、いただけないでしか?」